やつはとんでもないものを盗んでいきました。それは相手の一番大事なものです。

名無し

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第二十二話 真面目に頑張るやつほどバカを見る

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「はあぁっ!」

 氷の神殿85階層で俺の足元に首が転がってきた。首といってもモンスター、スノーマンの毛むくじゃらな白い首だが……。

 俺の目前で剣を振り回すこのムゲンとかいう少女、かなり強い。

 圧倒的というわけじゃないが、とにかくバランスがいいんだ。防魔術、攻魔術、体術、剣術を巧みに使い分けている。そのほとんどがAランクだ。こういうのをオールラウンダーっていうんだろうか。この年齢でよくここまで到達したものだ。

 あれかな、ちっちゃいときから何年もかけて汗水たらして習得したのかな。俺なら、この無敵の手袋を使って一日で奪取――習得――可能だが……。この子はダンジョンが友達みたいな雰囲気すらある。そのせいでこんなに不愛想なのかな。だとしたら可哀想な子なのかもしれない。

 ……って、いやいや、騙されるな俺。女も男もない。同じ人間、動物だ。こいつはただ単に愛想笑いが苦手なだけのだろう。

「……」

 ムゲンが振り返って不満そうに俺を見てくる。

「ウォールさんは戦わないの?」

「今、調子が悪くて……」

「……はあ……」

 あんたの考えはわかってるんだ。俺が戦ってるところで、隙を見てこの手袋を盗むつもりだろう。じゃなきゃとっくにパーティーを離れているはずだ。あんたの側にいる俺、すなわちウォールさんはとんでもないやつだからな。

 マスク姿でブサイクを自称していて、性格も悪くて戦闘にすらまともに参加しない。こんなやつにブチギレもせず戦っているのはあまりにも不自然じゃないか。俺から手袋を盗むために我慢しているのは丸わかりだ。

 なのに真面目に戦闘なんかやるつもりはない。俺が雑魚モンスター相手に《浮雲》だの《枯葉》だのSランクの術を使えば警戒どころか逃げられてしまうだろう。

「お、おで……実は弱くて……自信もなくて……」

 さらにイラつかせようと、ちょっとした芝居をすることにした。さあ早くぼろを出せ。俺を脅せ、みくびれ。そしたら一番盗まれたくないものを奪ってやる。楽しみだ……。

「……ウォールさんって弱そうには見えなかったけど……」

「……」

 結構鋭いな。まあ筋肉マンなのに気弱キャラじゃいかにも不自然か。最初に土下座を強要しただけに、余計に。なら行動で実際に示してやろう。

「――ヒイィッ!」

 フリーズスケルトンが出てきたところで、俺はムゲンの後ろに隠れた。急に飛び出してきたモンスター相手の反応だからさほどわざとらしくはないはずだ。

「そんなに怖がらなくても大丈夫、こんなの……」

 少女ムゲンは驚いた様子もなく、スケルトンの攻撃を受け流し、鋭く懐に踏み込んだかと思うとあっさり粉砕してしまった。飛び散った骨が青白い壁に当たる音を呆然と聞く。

「あ、危ない!」

 ムゲンの頭上にアイシクルバットが二匹急降下してきたが、彼女が即座に発動させた攻魔術の《風刃》によってバラバラになった。どこに目がついてるんだってくらい反応が速い……。

 一歩間違えば大惨事なのにまったく顔色を変えてない。死をまったく恐れてないみたいだ。

 しかし俺みたいな筋肉マンがこんな華奢な少女に守られるなんてな。演技とはいえ、普通は立場が逆だろう。この子の背中で揺れる、つぎはぎだらけの兎のリュックが恨めしそうに俺を見ている気がした。ん、誰か来た。

「おいおい、マジかよ。今の動き見たか? すげえなあの子」

 通りすがりのパーティーだ。ムゲンの活躍に驚いたらしい。

「うちの役立たずと交換できねーかなあ」

「あははー!」

「まったくだ」

 パーティーカーストという嫌な言葉を如実に表現した会話だ。俺もかつてはその下のほうのポジションだった。とはいえ、あの中じゃ役立たずどころか働き者だったと思うがな。真面目に頑張るやつほどバカを見るとはこのことだ。

「なあ、お嬢さん、そんな図体だけの役立たずなんか置いといて俺たちと一緒に行こうぜ」

「うちなら待遇よくするのー!」

「うむ」

「……」

 やつらのお誘いに対し、ムゲンが怖い顔で返している。それで肝を冷やしたらしく青い顔で足早に立ち去っていった。

「……ムゲン、行かなくていいのか? 俺なんかと一緒にいるよりはいいだろ」

「……嫌」

 ムゲンはプイッと俺から顔を背けたあと、首を横に振った。やっぱり手袋目的なんだな。そりゃそうか。こんな手袋があったらもうほかに何もいらないっていうレベルだもんなあ。

 というか、なんで涙声だったんだろう。俺を油断させるためってところかな。この子にとってはその路線で行くつもりらしい。不愛想だけど実は素直で良い子って見せかけて、そのギャップで男心に訴えているわけだ。アホらしい。誰がその手に乗るか。そっちがその気ならこっちにも考えがある。

「――わわっ!」

 通路の奥からモンスターが顔を出したところで、ムゲンの背後に隠れる振りをしてスカートの中に頭を突っ込んでやった。これにはいくらなんでもドン引きするはず。

「……ウォールさん、は隠れられる場所じゃないんだけど……」

 ムゲンは怖いくらいに寛容だった。こんな子いるか? スカートの中で、しかも白いパンツに顔を埋めているっていうのに。鈍いだけかもしれないが、やはり不自然すぎる……。
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