19 / 52
第十九話 なんで自分がこうも平然としていられるのかわからなかった
しおりを挟む「残念だ。お前には素質があったのに……」
師範の目から零れ落ちた大粒の涙が海田先輩の青白い頬に当たっている。もう息をしてない。般木の予言が当たってしまった。
みんな悲鳴を上げながら逃げ出してしまった。もうこの道場は終わりだ。
「……真壁君……お主は逃げなくていいのか……」
「……師範……」
「君の素質は惜しいが……我欲で新入りまで殺すことはさすがにためらう」
あまりにも哀れだが、今の光景を見てさらに欲しくなった。この老人はただの臆病者ではない。一つの剣技をあれほどまでに極めた探究者だ。
「俺が技を継ぎます」
「……なんと……」
虚ろだった師範の目に、ほのかに光が宿るのがわかった。
「……面白い。だがもう、わしには気力がない……」
師範は弟子を失った痛みのほうが大きそうだ。廻神流華、それに海田先輩……手塩にかけて育てた期待の弟子を二人も死なせてしまったわけだからな。それでも、このまま帰るわけにはいかない。この手袋で師範の体に触れるだけでいいんだ……。
「……」
ダメだ。さすがというべきか、この状態であっても師範にはまったく隙がなかった。迂闊に近付けないのだ。それでも、このチャンスを逃すと自害でもしかねない空気がある……。
「真壁君……もしかしてわしと戦いたいのか……」
「……」
いや、盗みたいだけなんだけどな。嫌な空気だ。剣術のド素人である俺が、その分野の達人と真剣で戦えというのか。それはさすがに無謀とかいうレベルを遥かに超えている。
「もしかしたら君が道場破りかもしれないという思いはどこかにあった。目が違ったからな……」
「……」
師範からしてみたら、俺は素直に学びに来たっていう感じじゃなかったのかもしれない。確かに俺のやろうとしていたことは道場破りに限りなく近いしな。だから般木にもスルーされたっぽいし……。そういえばあいつ、俺の顔を見ようともしなかった。お互いに本気で戦ったらまずいと無意識に思ったのかもしれない。
「図星、か……。君には般木道真と似たようなものを感じるが、今のわしに死は怖くもない。受けて立つぞ」
「……」
やっぱりこうなるのか。でも、体に触れる機会があるとしたらこれがラストなような気もする。やるしかないか。ただ、どう考えたって最高クラスの剣術師範に正面から立ち向かうのだけは避けるべきだ。
「はああッ!」
自身に《加速》を掛け、勢いよく師範に向かっていく素振りを見せる……が、ダメだ。さすがは達人、フェイントを見破っている。
《枯葉》はおそらく全身全霊の力を一瞬に込める剣技。だからそれを使うタイミングを間違えると直後に隙が出来てしまう。それゆえに師範は間合いを読む力に長けているんだ。こうなればある程度のリスクは承知で突っ込むしかなさそうだ。
「うおぉっ!」
迷わず飛び上がっていた。天井に届きそうな高さから、師範の頭上目がけて垂直に剣を落とす。
「――っ!」
そのタイミングで《枯葉》が来るのはわかっていた。巻き込まれてズタズタになるところだったが、それは剣だけだった。
即座に手放していたからだ。剣が転がる中、俺の体は師範の後方に着地していた。……よし、肩を指先でタッチした感覚があった。その瞬間、《枯葉》は俺のものになったはずだ。
「……つ、使えない、だと……」
やはりそうだ。もし盗んでいなかったら、次に生じた《枯葉》によって俺の腕は細切れにされていたはず。
「《枯葉》は俺が継承しました。師匠」
「……うぬぅ……。奇妙なものを使う化け物がもう一匹いたか……」
色々察したらしい。穏やかに笑いかけてきたかと思ったら、次の瞬間には自分の腹を十文字にかっさばいていた。
「……師範……?」
「ぐぐ……。真壁君……《枯葉》で……介錯を……」
「……はい」
《枯葉》を使い、師範の首を刎ね飛ばしてやった。手足もバラバラだ。
というか、介錯とはいえ初めての殺人だというのに、なんで自分がこうも平然としていられるのかわからなかった。まるで自分を遠くから俯瞰している感覚。あの理沙っていう鑑定士の言う通り、この手袋が呪われたアイテムだからなんだろうか?
「……」
棘のある視線を感じて振り返ったが誰もいなかった。……あれ? 廻神流華ってやつの死体がなくなってる。誰か片付けたんだろうか……。
1
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる