やつはとんでもないものを盗んでいきました。それは相手の一番大事なものです。

名無し

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第十八話 まるでまだ生きてるかのようだった

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「いっくぜええええ!」

 般木の太い腕がブンブン唸るが、少女に軽くかわされていて当たりそうにない。

 それでも当たったら即死する勢いだ。そういや、やつは剣を持たないんだな。あれだけの体格があれば素手でも立派な凶器か。

「はぁっ!」

 逆に少女の攻撃はよく当たっているんだが、掠り傷程度で済んでいた。それだけ丈夫だしよく動いている。

「へへっ……」

 あの男、攻撃するだけでノーガードに見えるが、致命的になりそうな相手の攻撃はちゃんとかわしているのがわかる。まるで剣を恐れてないどころか喜んで向かっていってる感じさえあった。

 ――って……よく見ると少女のほうが追い詰められているな。じわじわと隅に追いやられているし焦りの色が顔に滲み出ている。

「――あっ……」

「捕まえたあああ!」

 まずい。般木に剣を片手で掴まれたかと思うと、そのままへし折られた。なんてやつだ……。

「それええええぇぇ!」

 男がもう片方の腕を横に振ったかと思うと、少女の首が宙を舞っていた。

 ……お、おいおい、嘘だろ……。

「ふー……。知ってるか? この切れ味鋭い刀、手刀っていうんだぜ! ってもう聞こえてねえか。かっかっか!」

 恨めしそうに転がる少女の生首は、まるでまだ生きてるかのようだった。ん? ……気のせいか。

 あいつの名前、確か廻神流華だったか……俺になんの恨みがあって近付いてきたのか、それを知る術はもうなくなってしまった。

 血の匂いで充満した道場内は静まり返り、一部の門下生が真剣を捨てて逃げ出す始末。

「一番弟子とやらをぶっ殺してやったぞ! さあ、次は誰が俺に挑戦するんだあー?」

 道場破りの般木道真が発する陽気な声が恐ろしさを助長したのか、さらに逃げ出すやつらが出てきた。

 もうここに残ってるのは俺を含めて十人もいない。残った門下生たちも青ざめてるやつらばかりだったが、中には悔しそうに歯軋りする男もいた。額に傷のある海田先輩だ。

 あいつはまだ戦う意志を失ってない。なのに、師範は何をやってるんだ。目の前で道場破りに一番弟子を殺されたっていうのに……。

「師範! 仇を討ちましょう! このまま見過ごすおつもりですか!」

「……」

 海田先輩の声に対し、師範は黙って首を横に振るだけだった。そんな様子を前に般木がニタリと笑う。

「なんだよ、根性なしばっかりじゃねーか。《枯葉》ってすげー剣術使えるやつがいるって聞いたから楽しみにしてきたのによ? あーあ、剣術って大したことないなあ、子供のお遊びだな、ホント!」

「く……言わせておけば、貴様あああぁぁ!」

「よ、よせ、海田!」

「――なっ……」

 師範に止められるも、般木の背中に斬りかかった海田先輩の目が驚きで見開かれている。

 ……無理もない。分厚い背筋で受け止められている。なんてやつだ。背中に目でもついてるのか。それ以上に真剣を背中で白羽取りするやつなんて見たことがない。

「おっ、元気いいのがいたなあ。お前、名前はなんていうんだー?」

「……か、海田だ……」

 声にならないくらいか細い声だったが、何故かはっきりと聞こえた。

「喜べ海田。特別に生かしてやる。でもお前、死相が出てるぜ。もうすぐ死ぬんじゃねえのかあ? 俺さあ、殺しまくったせいか人が死ぬ前の顔ってなんとなくわかるんだよ」

「え……」

 ポンポンと海田先輩の肩を叩いたあと、般木は高笑いを響かせながら道場から姿を消した。

「……何故……」

 海田先輩がわなわなと拳を震わせる。

「あそこまで言われておきながら何故師範は戦おうとしなかったのだ!」

 怒りは師範のほうに向いてるようだ。それに引きずられたのかみんな師範のほうに目をやっているが、いずれも好意的でないのがわかる。

「勝てるならとっくにやっている……」

 師範がようやく口を開く。それまでずっと思案顔だったがようやく覚悟を決めたようなすっきりした顔になっていた。

「やつは鬼の腕輪をつけている。あれは鬼のような膂力を得られるS級アイテムだ。そんなものを身に着けた化け物を相手にすればわしとて命が危ない……」

「師範は……プライドより命のほうが大事だと仰られるのか!」

「海田……口を慎め。わしとて断腸の思いでやつを見逃したのだ。これもすべて、《枯葉》をいつか誰かに受け継がせるため。ここでわしが死ぬようなことになればその望みも絶たれる」

「最早、師範が何を仰ろうと言い訳にしか感じません……。何故やつと率先して戦わなかったのか、残念でならない。このような腰抜けの奥義を学びたいと誰が思うものか!」

 海田先輩が道着を脱ぎ捨てると床に叩きつけた。

「か、海田……お前……まさか辞めるつもりか……」

 師範の狼狽振りは恐怖さえ感じるレベルだった。体中を震わせて、飛び出さんばかりに目をこじ開けている。

「残念ながら……」

 次々と門下生たちが道着を脱ぎ捨て始めた。師範の夢がまさに《枯葉》のように散る瞬間に見えた。

「ならん……ならんぞ……」

「……ぐぉっ……?」

「……」

 一度のまばたきを終えたときには、既に海田先輩の首や手足が周囲に散らばっていた。《枯葉》だ。見えなかった……。
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