やつはとんでもないものを盗んでいきました。それは相手の一番大事なものです。

名無し

文字の大きさ
上 下
16 / 52

第十六話 努力なんかしなくてもすぐできるようになるのが才能

しおりを挟む

 さあ次は剣術を盗みに行くか。

 体術は防御と攻撃の両方を兼ね備えている上、身体的な向上にも影響するが剣術の爆発力には及ばない。

「――……?」

 まただ。あの突き刺さるような視線を感じて振り返ったが誰もいなかった。もしかしたら本当に刺客でもいるのかもしれないな。元イケメンの不良か、それともブサイク師範の関係者か。あるいはこの手袋を狙っているやつか……。

 なあに、俺には究極の体術《浮雲》もあるんだ。そこまで警戒する必要もないだろう。容易に奪えると思ったら大間違いだ。勝手についてくればいい。襲ってきたら逆にお宝を奪ってやる。

 しばらく歩くと剣術の道場が見えてきた。外観はこじんまりとしてるがすぐにそれとわかる屋敷風の造りだ。

 中に入るとやはり嫌なものが目に入ってきた。白崎同様に水谷の写真が誇らしげに飾られてある。ここでも看板扱いらしい。英雄だから当然なんだが俺としては不快感ばかりで、それに加えて違和感もあった。

 確かにあいつらはそこそこ強かったが、英雄になれるほどだったのかは疑問なんだ。嫉妬とかじゃない。この5年で一体何があったのか……。俺にはどうしても、あいつらの背後に何か強大なものがいるようにしか思えなかった。敵は強いはず。だからこそ俺はもっと貪欲にいかないと。食わず嫌いせずになんでも盗んでいかねば。

「おお……君が新入りの子かね」

 白髪頭の男が出迎えてきた。小柄な老人だが、すぐに達人だとわかる。物腰が穏やかなのに隙がまったく見られないんだ。

「はい、真壁といいます」

「そうか、わしがここの師範だ」

「よろしくお願いします」

「うむ。よろしく」

 笑顔で握手を交わしたが、もちろん最初は様子見で左手だ。周囲にいる門下生たちも一様に歓迎ムードだった。なんか、みんないい人っぽいな。これじゃ盗みにくい。あの顔も性格もブサイクな体術師範のようなやつなら躊躇しないんだが……。ただ、これで退くつもりはない。盗む価値があるなら盗むだけの話。恨むなら水谷を恨んでくれ。

「まずは体験からお願いします」

「うむ。でも君ならわしの道場でやっていけると確信しとるぞ。体格もさることながら、まず目が違う。ギラギラしとる。あの水谷皇樹君以来だ」

「は、はあ……。光栄です」

 笑顔が引き攣りそうになった。急に汚物の名前を出すから。

 道場内に熱気が籠もり始めるが、尋常じゃない空気だ。おいおい……練習から真剣を使うのか。そのせいか誰もが緊張した面持ちになっている。

「手を抜けば死ぬ! 練習からそれを意識せい!」

 師範の怒号が重く響いてきた。一歩間違えれば死ぬから門下生たちも必死になるだろう。

「そこ、剣で斬るな、体で斬れ! 躊躇せずに踏み込むのだ!」

 片腕だけのやつとかも普通にいる。なんていうか、壮絶だな。みんな手を抜いてない。これじゃ練習でも普通に死人が出るはず。確かに色々鍛えられそうだ。でもこんなところでちょっとしたミスで命を捨てるなんてことになったら馬鹿らしい。この手袋を使えばいいだけのこと。

 師範と門下生の打ち合いに目が向かう。師範だけは真剣じゃなかったんだが、相手をしている門下生の目は尋常じゃなかった。汗ダラダラで目が逝ってしまってる。

「さあ、遠慮なく斬り込め。さもなくばお前が大怪我するぞ」

「――やああああああっ!」

 自分の目を疑ってしまう光景だった。門下生が斬り込んでいったと思ったら倒れていた。師範は何もしてないようにすら見えた。

「あれこそ《枯葉》……。美しい」

 そんな感嘆の声が門下生から漏れる。

「あの、海田先輩、すみません、ちょっといいですか」

 道着の名札に海田と記してある男に思い切って聞いていることにした。額に切り傷があるいかにも強そうな男だ。

「お、新参か。どうした?」

「《枯葉》って、どんな剣術なんですか?」

「あの水谷先輩でさえ習得できなかった究極の剣術だよ」

「な、なるほど……」

「師範は何もしてないように見えるけどね……ああ見えて色々やってるんだ」

「え?」

 何もしてなかったように見えたが……。

「相手と接近したタイミングで膝を上下させると同時に手首を素早く何度も返すんだ。それによってまるで刀が硬度を持たない枯葉のような動きをする。だから見えない。強靭な足腰とリストがないとできないけど、それ以上に相手との間合いを読む経験と器用さが求められる」

「へえ……」

 それだけ凄い剣術なら師範の一番大事なお宝であってもおかしくはないな。よし、盗ませてもらおう。

「欲しいですね」

「ははっ。そりゃ僕も欲しいさ。でも、あれだけは何年かかっても厳しいよ。君に才能がいくらあったとしてもね」

「……」

 努力なんかしなくてもすぐできるようになるのが才能っていうものなんだよ。

「ちょっといいですか!」

 この言葉を発したのは俺じゃなかった。なんだ? 女の子がいるのか。ポニーテールで気が強そうな子だ。さっきまではいなかったようだが……。

「おお、よく来た!」

 師範が喜んで出迎えてる。なんだ、娘か? なんか師範に耳打ちしてるな。何故か二人ともこっちを見てる。

「真壁君! 来なさい!」

「え……」

「うちの一番弟子の廻神流華えがみるかだ。君を鍛えたいと言ってる」

「な、なんで俺が……」

「君を気に入ってるそうだよ。憎いな!」

「は、はあ……」

 今はマスクしてるが、どこかで顔を見られたんだろうか。面倒くさいな……。この子、あんまり強そうには見えないが一番弟子なら強いんだろう。適当に相手して終わらせるか。

「当然攻魔術は禁止だが、それ以外は使っていい。存分に力を発揮してみなさい」

「……わかりました」

 攻魔術を使うなっていうのは、こういうところだと暗黙のルールだからな。俺はまだ覚えてないから使いたくても使えないが。

 正直、俺としてはそこまでやる気はないんだが、周りは盛り上がってる様子だし仕方ない。

 とはいえ、いきなりは酷ということで真剣ではなかった。師範が離れ、俺は中央で少女と向かい合ったわけだが笑顔で会釈された。俺がイケメンだからって、いきなり愛の告白でもする気か?

「あなたを……」

「……え……?」

 ど、どういうことだ……?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。 蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。 呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。 泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。 ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。 おっさん若返り異世界ファンタジーです。

処理中です...