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第十一話 一方的な暴力大会が催された
しおりを挟む「なっ……」
ブサイク師範に触れようとするが、ことごとく投げられてしまう。気が付いたときには横たわっていた。信じられない。
暴漢から盗んだ筋力があるし、いくら投げられても大したダメージはないとはいえ、少ないダメージだろうと積もっていけばバカにならない。
「どうした! 来い!」
「ぐっ……」
むきになって触ろうとするがダメだ。そのたびに投げられて痛い思いをする。防魔術《治癒》によって溜まった疲労や痛みを回復して凌ぐが、それにも限度がある。《安息》で精神力を向上させても焼け石に水状態だ。このままじゃあと1分も持たない。
「あれほど投げられても目が死んでないか。根性だけはあるようだが……」
やつはまったく息を切らしてなかった。こっちの打撃をかわしまくってる上に、投げる際に体術を駆使してるはずなんだが……。なるほど、白崎の師範なだけある。
「どうした? 来ないのか?」
うるさいやつだ。ここは一旦手を休めるか。押してダメなら引いてみろっていうしな。
「来ないならこっちから行くぞ!」
やつは体術の師範らしく俊敏に攻撃してきたが当たる気はしない。そうだ、最初からこうすりゃよかったんだ。手袋で触れることばかり考えていた。殺し屋から奪ったこの体なら容易に避けられる。《加速》すら必要ない。やつの尋常じゃない体力と妙な体術だけが厄介でそれ以外は大したことがない。
「かかってこい! 女か!? 貴様は女か!? あ!? 逃げるだけか!?」
焦ってるな。ようし……。
「師範は女に逃げられたんですよね。俺が女になった気分でそれを表現してみました」
「ぬぁっ……!?」
師範、殴られたみたいな反応してたな。俺の言葉で、次々と噴き出す門下生たち。
「後悔するなよ……貴様……。絶対に、生かしてここからは出さんからな……」
元々そのつもりだっただろうに。やつは俺の挑発が相当効いたのか休む間もなく荒々しい攻撃を繰り返してきた。
認めたくないが……これが体術の凄さの一つなんだろうな。今思えば白崎も体術にのめり込むようになって、ダンジョンでの戦闘中は息を切らすことがなくなった。俺の支援さえいらないんじゃないかと思うこともあった。その上、硬いんだ。避ける上に硬いんだからそりゃ自信もつくはずだ。
ただし、あいつは痩せてただけで元々恵まれた体格があったのも大きい。こいつの練習に耐えうるだけの資質はあったわけだ。
「舐めるなクソガキッッ!」
っと、攻撃が荒れたせいかますます当たらなくなってしまった。クソガキって聞くと自分が若返ったことを実感するな。とにかくこのままじゃ埒が明かない。とっとと終わらせよう。
「ぐおっ!」
わざとやつの打撃を胸で食らった瞬間、その腕に俺の手袋を添えてやった。これでやつの一番大事な宝を奪ったというわけだ。しかし今の一撃、予想以上に重くてこの体でも結構効いたな……。呼吸が一瞬苦しかった。こりゃ門下生クラスのガタイじゃ死ぬはずだ。それ以上、貰うつもりはないが。
「すばしっこいと思ったが、この程度か!」
このブサイク師範、勝利を確信したらしい。さて、俺はこいつから何を奪ったんだろう?
「――お?」
いつも通り、避ける動作をしたわけだがそれに呼応するように師範の体が飛んでいた。
そうか……やつの持っている究極の体術を奪ったわけだ。門下生たちから歓声が上がっている。どんだけ嫌われてんだ。
あ、ってことは俺の攻撃も当たるってことだよな。
「ごっ……?」
実際、やつを軽く殴ってみたら自分の赤くなった頬を触ってきょとんとしやがった。
「……ま、待ってくれ! 今日は調子が悪い! 練習は中止だ!」
こいつ、さすがに色々察したらしいが、本気で殺そうとしておいて何が練習だ。俺は無理矢理さわやかな笑顔を作ってみせた。
「師範、もう少しだけ付き合ってください! 俺まだやれます! 押忍!」
「ひ……」
まさしく四面楚歌。門下生の拍手と口笛の中、師範相手に俺の一方的な暴力大会が催された。
「おい、ごめんなさいは?」
「ぐ……ぐめんにしゃい……」
喋りにくそうだ。顔を整形してやったからな。失敗しちゃって、前歯が一本しかないし目が線みたいになってもっとブサイクになったが仕方ない。失敗は成功の母というしな。
「命があるだけありがたく思え。今日からお前はただの椅子だ。全部脱いでうずくまれ」
「ひゃい……」
笑い声が上がる中、ブサイク師範の背中に座りパーソナルカードを見ると、《浮雲》というS級の体術を習得しているのがわかった。こりゃ凄いな……まさに免許皆伝だ。
探求者としてのランクもグレーカードのCからAまで一気に上がった。ランクっていうのは上に行けば行くほど上がりにくくなるわけで、CからAなんていうのは普通じゃ考えられないことなんだ。それもグレーカードだからな……。
術の説明では、危険が身近に迫っていた場合、自身が攻撃動作中でない限り、どんなに隙だらけであっても相手の力の流れを読み、そこに自分の気を送り込むことで一切触れずに投げられるとある。そのため、若干気も消費するようだ。
気というのは多分、体術の世界での呼び方であって、防魔術や攻魔術で使う精神とほぼ同義だろうな。さすがにそれらに比べると使用率は低そうだが、こういった精神系の技術も体術を極めようと思ったら組み込まないといけないわけだ。体術っていうくらいだし、体力や筋力だけで完結しているものとばかり思っていたからこれは目から鱗だった。
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