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第九話 一匹の人間がそんなに珍しいのか
しおりを挟む「キャアアアアア! 素敵いいいい!」
未だにこれが現実なのかと疑ってしまう。
つい先日まで誰にも相手にされないホームレスだった俺が、今じゃ黄色い悲鳴を上げられて女の子たちに追いかけられてるなんて……。
ただ、モテることが目的ではないので壁と壁の間の狭いスペースに潜り込んだわけだが。
こんなことはフィクションの中の話だとばかり思っていた。だが、この手袋によって盗んだ美貌や強靭な体をミラーモードで改めて確認し、現実だと痛感する。あれだけ走ったのに息切れ一つないのも納得だ。お、グレーカードのFランクだったのが、マッチョになった影響かCまで上がっていた。
「う……」
やつらの殺気立った声が迫ってきて緊張する。ある意味モンスターより怖いな……。
「――どこに隠れたのかしら!?」
「あれは絶対お忍びよ!」
「私の貴公子!」
「「「うおお!」」」
そっと壁から顔を出すと、血眼になった女子たちが獲物を探しているのがわかる。上手く撒いたはずなのに……イケメンを探す嗅覚は並じゃないな。どうやら俺が有名人かなんかだと間違えている様子。まあそれくらい美男子になったしな。
そうだ、あの猿からマスクも奪ってたんだった。……よし、これなら大丈夫だろう。別人を装うためにさらに前髪も下ろし、上着を一枚脱いで肩にかけた。
さて、これでいいか……って、なんだこの歓声は。
まさか、ここに隠れてるのがバレた……?
恐る恐る壁から顔だけ出して様子を見てみると、女の子たちの関心は別のほうに移っている様子だった。なんだ? こっちに歩いてくる一人の男に向かって周囲の視線が吸い寄せられていく。大してイケメンでもないようだが……って、あれは……。
「「「きゃーっ!」」」
「水谷様あああ!」
「素敵いいぃぃ!」
「こっち向いてえええぇぇっ!」
なんで水谷の野郎がこんなところに……。駅前ダンジョンとは逆方向だしこの辺は商店街の隅のほう、すなわちシャッター通りだぞ。
あれか? 下界でちやほやされにきた神様のような感覚か? たまには人間たちにもこの高貴な顔を拝ませてやろうってか。あー、吐き気がする。実際喉まで胃液が駆けあがった。
男は尊敬や畏怖の眼差しでひざまずき、女は一様にうっとりした顔を水谷に向けていた。はあ……こいつらは単純な脳みそしかないNPCかなんかか? 一匹の人間がそんなに珍しいのか?
っと、いかんいかん。このままだとなんの準備もなしにやつに殴りかかってしまいかねない。俺がそうであるように今のやつもパワーアップしてるのは間違いない。
というか、やつだけの力じゃないとはいえ1000階層まで行った英雄の一人なんだし、ここで襲い掛かるのはダメだ。奪う前に返り討ちに遭う可能性もあるし、このままじゃ完全にこっちが悪役だからな。
「サインください!」
白紙とペンを抱えた女児が水谷に駆け寄っていく。
「うんうん。君のお名前はなんていうのー?」
「まな!」
「まなちゃんか。大人になったら、俺たちみたいな英雄になれるといいねぇ」
「うん! サインありがと!」
女児がサインを大事そうに抱きかかえて親元に帰っていった。何故か拍手が起こっている。俺だったらやつの目の前で破り捨ててやるのに。
「君たちに言いたいことがある……。悪い大人にだけはなったらダメだよ……」
はあ? お前のことか、水谷皇樹。
「あまり言いたくないが……俺は昔よくある男にいじめられたんだ……」
「「「えええ!?」」」
水谷が悲し気に項垂れて悲鳴が上がる。おいおい、初耳だぞ。
「真壁庸人っていう男でね……」
……は? は?
「いつも彼に理不尽に扱われ、悪口を言われて……それでも我慢してきた。その我慢が今に繋がったと俺は思うんだ……」
「そいつはどうなったの!?」
誰かがわざとらしく声を上げる。きっとサクラだ。これは演出に違いない。やつの好感度を上げるための……。
「さあね、俺は知らない。風の噂では、ホームレスになったとか……。餓死して今はあの世かもしれない……」
「「「ざまーみろ!」」」
「いい気味ね!」
「まったくだ!」
「……」
なるほど、情報は入っていたようだな。それで俺を笑いの種にしていたってわけか……。ただ、手袋のことだけは知らないようだが。知ってたら怖くてこんなこと言えないよなあ。
「みんな、気持ちはわかるがやめてほしい……。俺は、恨んではいないんだ、彼のことは……」
「「「えええ!?」」」
「むしろ感謝さえしているんだ……。彼がいてこそ、今の俺があると……」
「さすが水谷様、器が大きい!」
「「「わー!」」」
耳を塞ぎたくなるほどの拍手と歓声が巻き起こる。本当に臭いやつだ。臭すぎる。
今に見ていろ水谷皇樹、お前にはあのブサイク老人以上の惨めさをたっぷりとくれてやるからな……。
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