やつはとんでもないものを盗んでいきました。それは相手の一番大事なものです。

名無し

文字の大きさ
上 下
5 / 52

第五話 ずっと逃げ続けていたような気がする

しおりを挟む

「才能って……あんたは自殺しようとしてたこの惨めな姿を見てもそう思うのか?」

「そうだけど?」

「……冗談はやめてくれ。俺にそんな才能があったら、ホームレスにならずにとっくに芽が出てるさ」

「それでも結果的にこうして私と会った。その時点で才能だと思うわ」

「運も実力の内ってか……? あんた神様かなんか?」

「違うけど、近いかもしれないわね。あなたにとっては……」

「……う……?」

 妙だ。今、心臓を握られるかのような感覚がした。この女、絶対ただものじゃない……。幾重にも裏がありそうなそんな怪しい女だ。

「そんなに緊張しないで。私ね、あなたの家族と知り合いなのよ」

「え……」

「話が長くなるから簡略化するけど……あなたの父がかつてダンジョンで手に入れたアイテムはそりゃもう凄いものでね。S級アイテムよ」

「え、えすきゅう……?」

 S級アイテムって……う、嘘だろ……。不老不死の薬クラスのものじゃないか、それって……。というか、初めからそんなものは存在するはずもなく、伝説上のアイテムとばかり思っていた。

 なんせ、S級アイテムはダンジョンの300階層以降のボスが極稀にドロップするものらしく、一般的な探求者からしたら100年に一度ゲットできるかどうかのレベルみたいだしな……。

「災厄の元だからってあなたの父から預かってる。ここまで言えばわかるかしら」

「まさか、それを俺に……?」

「もちろんよ」

「何故、このタイミングで……」

 まさかそんな凄いものを持っていたなんて思わなかった。どうして早く言ってくれなかったんだよ。

「最後の手段だったのよ」

「最後の手段?」

「ええ。こんなアイテムをできれば使ってほしくないと言ってたわ。平穏な人生を歩んでほしいって。でも、もし路頭に迷うようであれば息子に渡してほしいって頼まれてたの」

「……」

 そういえば、俺がホームレスになったのはつい最近、一月ほど前のことだ。ってことは、監視されていたのか……。

「あなたさえ死ねばこれは私のものになったのに……残念ね」

「……」

「あはは、冗談よ、冗談」

「悪いが俺、冗談は嫌いなんだ」

 本当に欲しいならわざわざ持ってくる必要もないし冗談なのはわかるが、どうしても冗談と聞くと水谷のやつを思い出して胸糞悪い。

「そんな顔してるわ。冗談が通じそうにない、生真面目そうな雰囲気だもの。好きよ、純粋な子は」

「……」

「だから睨まないでよ。今のは冗談じゃないのよ。例のものを渡すわね。これ……」

 女が渡してきたのはボロボロの手袋だった。こ、これがS級アイテムだと……? いかにもゴミ箱に捨ててありそうなガラクタに見えるが……。

「その手袋の効果、教えてあげるわね」

「う……?」

 顔を近付けてきた女の息吹が耳朶に当たる。

「対象にとって最も大切なお宝を盗むことができるのよ」

「え……?」

 最も大切なお宝……?

「そうよ。しかも、物だけに限らないわ。現時点で一番のお宝なら、お金、恋人、命、能力、名誉、美貌、若さ……あらゆるものがノーリスクで手に入るわ。その手袋をつけて相手に触れるだけで……」

「ば、バカな……」

 そんな都合のいいことなんて……。

「ふふふ……疑うならここで試せばいいじゃない? まず私から奪ってみる?」

「い、いや、それは……」

「あらあら。怯んじゃった? まあそう言うと思ってたわ」

 この女の一番大事なお宝ってなんだろう。気になるけど……さすがに怖い。というか、盗むなんてそんな大それたこと……。

「俺、盗みとかはちょっと……」

「あら。どうして? これで人生逆転できるかもしれないのよ?」

「なんか……卑怯だ……」

「プッ……卑怯? 何が?」

 失笑されてしまった。俺がずれてるのか、それともこの女がずれてるのか……。

「だって……こんなの泥棒と一緒だろ……。俺、ズルは嫌いだから……」

「なるほど、盗むのが嫌なのね。でもちょっと考えてみて」

「え?」

「あなたは誰かに大切なものを盗まれたことがないの?」

「……」

「あなたは電車に飛び込もうとしていた。それは何かを盗られたからじゃないのかなあ?」

「――っ!」

 電撃が走るとはこのことか。少しの間、頭が真っ白になった感覚があった。

「きっと色々と辛い思いをしてきたんでしょ。あなたが味わうはずだった幸福を誰かに盗られちゃったんじゃないの? 結局、人生なんて椅子取りゲームなのよ」

「……ち、違う。俺は逃げたんだ。確かにあいつらも悪いけど、俺も悪い……」

「何か悪いことしたの?」

「逃げた、から……」

「逃げることは悪いことなの? あなたは辛いから逃げたんでしょ。その辛さの原因はどこにあるの? 誰があなたをそこまで傷つけたの……?」

「……」

 反論できなかった。そうだ、俺は盗まれたに等しいんだ。やつらに、人生を……。熱いものがこみあげてくるのがわかる。これほど心を衝き動かされたのは何年振りだろう。

 今思えば……あの日から俺はずっと逃げ続けていたような気がする。あれ以上傷つきたくないからとずっと心を奥のほうに閉じ込めてきた。戦うことから目を背けてきた卑怯な自分が盗むことにはためらうなんて都合がよすぎるかもしれない。

 落ちるところまで落ちたんだ。汚れた体にこの手袋はよく馴染むような気がする。毒を食らわば皿までっていうしな。卑劣な人間らしく、貪欲に生きてやろうじゃないか。

「覚えがあるはずよ。悔しいならそれで奪い返しなさい。あなたの得るはずだった一番大切な宝物を……」

 一番大切な宝物……。お、俺は、俺は……。

「――あ……」

 いつの間にか、女はいなくなっていた。まるで夢のようだと思ったが、あのボロボロの手袋は確かに俺の手元に残っていた。まだ、温かい……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...