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六十二話 道具屋のおっさん、元に戻る。
しおりを挟む「……あ……」
気が付くと俺はカウンターの前に立っていた。いつもの青いエプロンを着て……。
スタンドミラーに映った俺は呆然とした顔をしている。
「まさか、俺……」
そうだ。俺はとんでもない夢を見ていたんだ。勇者パーティーからリンチされた挙句、神様からカードを貰って悪人になり、はちゃめちゃなことをしでかす夢……。
広げた手は汗でじゅっくりと濡れていた。夢の中とはいえ、俺にあんなことができるなんて信じられない……。
でも、妙に生々しい夢だったような。まさか、現実……?
はっとなって寝室に走り、安物のコートやズボンのポケットを確認したが、カードはなかった。神様に全部返却したからかと思ったが、最後に引いたはずのカードもない。
ってことはやっぱり夢だったんだろう。何より今の俺が悪人でないことがいい証拠だ。
……ん、なんか外が騒がしいな。店のほうに戻って窓の外を見やったわけだが、俺は衝撃的な光景によろけてしまった。
勇者パーティーだ……。
ってことは、あれは夢じゃなくて、俺はまたループしたってことか。子供が転んで、僧侶ミヤレスカがヒールしているところまで完全に一致している。
何故だ? 現実だとして、無限のカードは返却したはず……。
……最後のカードが怪しいな。あれはなんだったんだ。まさか、リセットされた? 俺の記憶だけが維持された状態で……。
神様が引いてはいけないといっていたのは、こういうことか。神様のような力をカードが発揮して、全部元に戻る、と……。つまり、ゴッドカードが世界を覆してしまったわけだ。
って、まずい。早く道具屋から逃げなくては……。
「――あ……」
遅かった。俺が道具屋から出ようとしたときには、既に勇者クリスが店の中に入ってきたところだった……。
「……ど、どうも……」
「……」
クリスは俺が目の前にいるにもかかわらず、店内をきょろきょろと見回したかと思うと、黄ポーションに手を伸ばした。相変わらずだな……。
「あ、あの、黄ポーション一つ……」
俺はそこで言葉を切った。このままじゃ前と同じようにリンチされてしまうと思ったからだ。
幸いにも悪人としての記憶は残っている。やつの力を借りるのは癪だが、ジーク・モルネトと自称していたやつと俺が協力し合えば、店を燃やされることなく話術で乗り切れるはずだ……。
「ふう……」
クリスが飲み終わったところで、俺は拍手してみせた。
「……あ? なんだお前」
睨みつけてきたが、気にしない。逆にあくどい笑顔で対応してやる。こんな感じだったか……。
「いい飲みっぷりだな。さすがは、まあ勇者ってところか」
「おい、底辺道具屋、お前偉そうだな」
「おう、偉そうなのだけが取り柄なんでな。底辺でも心は錦ってやつよ。かっかっか!」
「……へえ。ポーションの味も大したことねえししけた道具屋だと思ってたけど、お前なかなかおもしれえじゃねえか。名前はなんていうんだ?」
お、名前を聞かれた。以前はめっちゃ見下されてる感じで、人間としてすら見られてなかったのに。いいぞ、この調子だ……。
「おっす……オラはモルネトっていうんだ。よろしくな!」
「……よ、よろしくな。モルネト。俺はクリスだ。まー知ってるだろうけどな」
右の口角を吊り上げて苦笑いしてるが、明らかにクリスの態度が軟化している。
「これやるよ」
お、勇者がポケットをまさぐっている。俺に金を払うみたいだ。マジかよ……。って、あくまでも俺はジーク・モルネトだ。動揺せず、やつを演じろ……。
「あ……別にいらねえのによ」
「はした金だし貰っとけ」
「お、おう……」
勇者から1000ゴールド――金貨一枚――貰ってしまった。なんてこった。
っと、今度は戦士ライラの登場だ。やつに鼻っ柱を殴られたことを思い出して足が震えそうになるが、我慢我慢……。
「うっす、いらっしゃい!」
「……」
やつは店に入ってくるなり、無造作に白ポーションを手に取って飲み始めた。
「ブエッ! 不味っ!」
盛大に中身を吐かれる。まずいな、このままじゃ暴れそうな気配だ……。
「あっはっは!」
俺は逆に笑ってみせた。悪人モルネトならこうするはずだからだ。
「なんだいこいつ! 店主かい!?」
「まあ、待てってライラ。こいつおもしれえんだよ」
「クリス、何が面白いのさ。ポーションは糞不味いし、あたいを笑いやがるし……」
「ああ、お客さん。マジ、糞不味いよなあ。チキショウ……失敗しちまったぜ! クソッタレがあぁっ!」
俺は戸棚にあるポーションを幾つも掴んで壁に投げつけてみせた。
「な、なんだい、こいつ……」
「な? おもしれーだろライラ。こんな道具屋、初めて見たぜ。モルネトっていうんだってよ」
「気に入らないからって、自分の商品を客の前で叩き壊すなんて、変わってるねえ……。クレイジーすぎだよあんた……」
さっきまで顔を赤くしていつ暴れてもおかしくないライラだったが、今じゃ呆然と俺を見ている。いいぞ、この程度の損失で済むならラッキーだ……。
「おいおい、また一般人を泣かせているのかね、クリス……」
来た来た。勇者の血を持つ魔術師アルタスだ。こいつともうすぐ来るであろう僧侶ミヤレスカに対する対応さえしっかりできれば、道具屋を燃やされることもなく済みそうだ……。
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