道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。

名無し

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十三話 道具屋のおっさん、キレる。

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「――ということで、もしよろしければご協力いただけないかと」
「篠原さんって意外と小悪魔さんだったんだね」

 見た目はイケメン、中身はそこそこ乙女の美術部部長が、意外そうにコメントした。

 本人の説明によると、身体は男、心は女の方がやや強いとか。どちらかというと男が好きだけど、凛々しい人だったら女もいけるかもという、何とも自由な恋愛観を持つ御方だ。

 現在は大学生の彼氏がおり、青春を謳歌している真っ最中だ。えっちゃんあたりが食いつきそうなネタだといつも思っているけど、残念ながら部長とえっちゃんには接点がない。

 ちなみに「あんたみたいなこけしは食指が動かないから安心して」とも言われている。見た目はいいけど、口は大分悪い。

 身だしなみにとても気を付けており、時折私を見ては、可哀想な子を憐れむような溜息を吐くこともあった。

「にしても、怖いねその人」
「ですよね?」

 部長の長い指が、後ろでひとつにまとめられた黒髪のしっぽをクルクルと弄る。

 部長は髪も気遣っていて、光り輝くキューティクルが半端ない。私よりも女子力の全てが上をいっているのは、さすがだった。

 ぷるぷるの唇をアヒル口にして、小悪魔的微笑を浮かべる。

「でも、後輩の頼みだし、僕一応男だし、じゃあ部活の日は僕が駅まで送ってあげるよ」
「ありがとうございます!」

 私がこれまで部活で一度も見せたことがない熱量で九十度のお辞儀をしてみせると、部長は何か言いたそうに溜息を吐いた。

 だけど、この選択は失敗だった。



 えっちゃんも、連日気を張り続けるのは大変だったんだろう。

 部活の日は部長に協力してもらえることになったと伝えると、ほっとした顔をした後、慌てて「ごめん」と謝ってきた。えっちゃんが謝ることなんてひとつもないのに。

 やっぱり私の親友は最高に優しい。

 伊達眼鏡の外は、不安そうな濃紺と、心配そうないつもの淡い黄色が入り混じっている。ほっとしたことに罪悪感を覚えてしまったんだと思うと、申し訳なくなってしまった。

 それだけ私のことを考えてくれているのが分かる。決していい状況とは言えないのに、つい嬉しくなってしまった。

 感極まって、えっちゃんの腕にしがみつく。

「いつもありがと、えっちゃん」
「よしよし、小春はえらいぞ」

 えっちゃんはポンポンと私のおかっぱの頭頂を撫でてくれた。

 しばし親友の柔らかさを堪能した後、顔を上げてニパッと笑う。

「ということで、今日は大丈夫! また明日はお願いすると思うけど」
「了解。一応さ、帰ったら連絡して。やっぱり心配だから」
「承知しました!」

 敬礼のポーズを取ると、笑顔になったえっちゃんのオーラが、柔らかい暖色が入り混じったものに変わる。やっと安心してくれたみたいだ。

 えっちゃんとはここで別れ、部室へと向かった。

 少し気楽になり周りを見る余裕ができた私は、グラウンドを走っている野球部員の姿を「元気だなあ」と眺める。

 わざわざ坊主頭にしてモテ要素を自ら減らしてまで打ち込みたいものが、そこにあるのだ。純粋に羨ましいと思う。

 私は頭がそこまでよくもなければ、運動神経も抜群じゃない。むしろ運動音痴と言ってもいい。だから余計に、自ら進んで運動をしようとする人を尊敬していた。私には無理だ。

 それにしても、と絵に描いたような青い空と白い雲を見上げながら、考える。

 オーラって結局なんなんだろうと。

 私の役に立ってくれているけど、時に私の判断を狂わせることもある不思議な色。

 やっぱりこれは霊的なものじゃなくて、その人の今の感情なんじゃないかな。最近はそんな風に考えるようになっていた。

 えっちゃんのそれはもうコロコロとよく変わるオーラの色を見てきたから、あながち間違いじゃないんじゃないかと思っている。

 春彦にも、オーラについて相談したことはあった。むしろ、これまでは春彦にしか相談できなかったから、私の次にオーラについて詳しいと言っても過言じゃない。

 私が適当に捉えている色の意味を、春彦は調べて考えてくれた。私が現在行なっている解釈の大半は、春彦がああでもないこうでもないと悩んで考えてくれたものだ。

 春彦は、私が堪え性がなくて飽きっぽい性格なことを熟知している。

 だけど、何で春彦のだけ視えないんだろうと聞くと、春彦はいつも話題を逸らした。それでも、時折確かめるように「まだ視えているのか」と尋ねてくる。

 それがどういう意味なのか気になったけど、あいつは実は結構な頑固者だ。言いたくないことは絶対に口を割らない。

 人のことは根掘り葉掘り聞いてくる癖に、そんなだから基本ぼっちなんじゃないかと睨んでいた。

 部室のドアを、勢いよく開く。びっくり顔で私を見ているのは、手前に座っていた部長だ。

「こんにちは!」
「……篠原さん、今日も無駄に元気だね」

 部室では、部員が好きな席に座り、好き勝手に好きな絵を描いていた。顧問は殆ど顔を見せないけど、代わりに大体部長がいる。あれをやれこれをやれもあまり言われなくて、全体的にかなり自由度が高い部活は居心地がいい。

 そんな中、私は公募向けのポスターを描いているところだった。勿論、賞金目当てだ。

 部長は何とかコンクール向けの何かをテーマにした大作を描いているけど、あまりにも抽象的でそれが何なのかが私には判別つかない。互いに理解し合えない人間はいるもんだと、恐らく両者が思っていることだろう。

 今年の梅雨はあまり雨が降らず、明けたのか明けてないのかよく分からない天気が続いている。それでも、湿気だけは空気中に多量に含まれていて、ずっしりと重かった。油絵の具を使用しているので、換気の為に窓を開けているせいもあるかもしれない。

 額や首に貼り付く髪の毛のせいで、あっという間に集中が切れる。

 窓枠に肘をつきながらぼーっと外を眺めていると、部長が隣に来て同じように肘をついた。風になびく後れ毛は色気たっぷりだ。女の私にそれはない。

「その元彼って、結構なイケメンじゃなかった? いつも校門で待ってた子でしょ?」

 どうやら龍は大分有名になっていたらしい。考えてみればそりゃそうか、と納得もする。ひと月もの間、他校のイケメンが毎日校門の前に立ち、爽やかな佇まいで読書を続けていたんだから。

 イケメンであることは間違いない。通り名が王子なだけあって、少なくとも外見は王子だった。中身は――相変わらず不明のままだ。

「そうですね。顔は良かったです」
「それがどうしてこんなこけしを好きになったんだか」

 部長が口の端を上げると、形のいいぷっくりとした唇が日光を反射する。

 龍に買ってもらった眼鏡の奥から、冗談めかして部長を軽く睨んだ。

「それ、本人に聞きます?」
「だってさ、すっごい不思議なんだもん」
「私も同じこと思ってました」
「だめじゃん」

 あははと笑い合うと、改めて龍がいない校門を眺める。結局、最後まで分からなかった。何で龍がああも私に拘ったのかは。

 笑い終わった部長が、私の顔を上から覗き込む。龍と部長は身長が同じくらいだけど、部長はちっとも怖くなかった。狙われない自信があるからかもしれない。

 部長の目が、面白そうに弧を描く。

「ちょっと眼鏡取ってみてよ」

 部長は笑いながら、私の伊達眼鏡をぱっと取ってしまった。

「あ、ちょっと!」

 途端、虹色が視界に広がる。

 芸術肌の人のオーラは、そうでない人よりも全体的に色鮮やかだ。部長のは、例えるならば孔雀の羽根。自分に自信があって、口は悪いけど案外優しい。

 全体的に深い落ち着いた緑色から、部長が私を後輩として可愛がってくれていることが分かった。

「んー、まあ磨けばいける感じかな」

 そして勝手に人の顔の批評を始める。

「きちんとすれば和風美人になりそう。一歩間違うとモンペ履いてる戦時中の子だけど」

 言いたい放題だけど、あながち間違いじゃない。じと、と軽く睨みつけると、答えた。

「善処します」
「それがいいと思うよ」

 ふふ、と部長が可笑しそうに笑う。私のおかっぱ頭を撫でてから、眼鏡を返してくれた。

 ――龍とも、こういう風に過ごせたらよかったのにな。

 今更な想いが、私の心をチクリと突いた。
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