道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。

名無し

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四話 道具屋のおっさん、自慢される。

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 口内には鉄の味が、掌中には恨みが充満する中、俺は雪の降る町をよたよたと歩いていた。

 ボロ雑巾と化した俺に飽きたのか、勇者パーティーからはようやく解放されたわけだが、集まっていた野次馬から罵声や石や雪玉を投げられて心身ともに痛い。

 寝床も兼ねていた道具屋を失った俺の目的地は、向こうのほうに見える長い橋を越えて二十軒ほど左に進んだところにある質屋だ。

 安物だが、自分の着ているコートをそこで売れば少しは金になるはずだと思った。そしたらどこかの宿に泊まるとしよう。野宿する羽目になる前に換金しないといけない。もう夕方だし、急がなければ……。

「――おい、見ろよあいつだ、道具屋のオヤジ!」

「あれが勇者パーティーの僧侶に手を出したんだって!?」

「死ね罰当たりが!」

「糞道具屋!」

「……」

 例の噂がここまで広まってるのか、馬車や徒歩で通り過ぎる者、みんな俺を罵倒し、蔑んだ視線をぶつけてきた。その中にはよく道具屋に来ていた常連の客もいた。

「……うぅ」

 なんて惨めなんだ……。俺の味方なんて誰一人いやしなかった。このまま生きててなんの意味があるのかとすら思えてくる。人に尽くすことこそが生きる意味だと信じてきたのに……。

 赤みを帯びた灰色の空が恨めしい。神よ……答えてくれ、俺が何をしたというのだ……。何故ここまでされなくてはいけない……。今自分の体が震えているのは寒いからじゃなかった。それまで自分が正しいと思っていたことがすべて嘘だとわかり、怒っているからだ……。

 ……勇者クリス、戦士ライラ、僧侶ミヤレスカ、魔術師アルタス……。

 皮肉にも、現実を教えてくれたのがあの忌まわしい勇者パーティーの面々だった。見た目、能力、権力、金……目に見えるもの、実際に発揮できるものこそがすべてなんだ。それらを持たない者にとって現世は綺麗事の皮を被った生き地獄でしかないのだ……。

「――お、モルネト君じゃないか?」

「あ……」

 橋の上を歩く途中だった。久しぶりに自分の名前を聞いた気がする。しかも、この声は……。

「……やっぱりそうだ」

 振り返ると、そこには幼馴染のオルグがいた。

 鬼畜勇者クリスほどじゃないがハンサムな男だ。怪我してることを知ってるのか、俺の痛ましい姿に怯みもせず笑いかけてきた。

 向かいの武器屋の息子で、売れなかった頃は仲が良かったやつだが繁盛してから急に態度が偉そうになり、疎遠になったことを覚えている。五歳も俺のほうが年上だから余計惨めに感じたもんだ。面倒なのに絡まれたな……。

「いやー、久々だねえ。噂で聞いたよ。勇者パーティーの僧侶に手を出して制裁されたんだってね。あんなに大人しかった君が……」

「……」

 こりゃまた随分上等そうな毛皮のコートを纏っているな。自慢されて不快な思いをする前にとっととずらかろう。

「おいおい、なんで無視するんだよ。待ちなよ」

 どうせ真実を話したって誰も信じてくれない。そう考えて俺は歩き始めたわけだが、オルグは並ぶようにしてしつこくついてくる。なんなんだこの男は……。

「お前とは随分前に疎遠になったはずだ」

「いやいや、離れたのは君のほうだろ? 僕は君が年上とはいえ友人だとばかり思っていたのに……」

「今日いくら儲かったとか、何々を買ったとか自慢ばかりするからだろう。お前も、お前のおふくろも……」

 思えば家族ぐるみの付き合いだった。こいつとその母親が自慢話をしてくるので、うちの母さんが随分腹を立てていたのを覚えている。

「えええっ? モルネト君、もしかしてそんなことくらいで傷ついていたのかい? 意外だなあ……」

「べ、別に……」

 この男の得意顔を見るのは吐き気がする。こういうしんどい状況だと尚更。さっさと離れよう……。

「待ちなって。その様子だと泊まるところもないんだろう?」

「う……」

 図星を突かれて立ち止まってしまった。もしかして泊めてくれるんだろうか。金持ちになっても一切おごってくれることもなかったケチな男なんだが……。

「……残念だが、今は金がない」

「お金? いらないって。大丈夫だから心配すんなっ」

「……タダってこと?」

「もちろんだともっ」

 好意に甘えるべきなんだろうか。本当に嫌いなやつだが、あれから少しは成長したのかもしれない。こんなどうしようもない俺なんかを泊めてくれるんだし、過去のことは水に流して頼ってみるか……。



 俺は馬車の中で揺られていた。

 オルグの話だと、王都で大きな商談を成立させてこの町に帰る途中、俺の道具屋のある方角から煙が上がっているのがわかり、心配になって向かったとのこと。そこで集まっていた人たちから話を聞いて自宅に戻る途中、俺を見つけたってわけだ。

 こいつはまだ30歳なのに出世してて、しかも嫁までいるらしくて俺は大いに凹んだ。嫁に関してはこの歳なんだからいるのは当たり前といえばそうなんだが、俺は産まれてから今まで、女の子の手すら握ったこともないんだ……。

「モルネトくーん、僕のお嫁さんの年齢、幾つか知ってるかあい?」

「……」

 知るかよそんなの、と言いたいところだが我慢する。

「ここだけの話なんだけどね……なんと……まだ13歳なんだ……」

「えっ……」

 羨ましいと思ってしまった自分に心底嫌気がさす。15歳から結婚できるようになるとはいえ、それじゃ半分成金に買われた奴隷みたいなもんだろうと……。

「こ、これはここだけの話にしてくれ、頼む、モルネト君……」

「……言わないよ」

「そうか、よかった……。まさか、彼女が13歳だとは夢にも思わなくてね……本当にドキドキしながら話したんだ。母さんも僕を14歳のときに産んだらしいけど、ばれたら一応罰金ものだからね……」

 ……白々しいやつだ。罰金というが、この男くらい金持ちだと蚊に刺された程度の痛みだろうに。何がここだけの話だ。これぞ究極の自虐風自慢だろう。こいつの自慢癖はまったく変わってないどころか前より悪質化してるな。

「なにせ、大恋愛の末に結ばれた二人だから、罰金なんかで気まずくならないとは思うけどね……まだ13歳だということを彼女が少しでも気にしていたらと思うと……切なくて……うっ……」

「ぐ、ぐぬぅ……」

 今俺が吐きそうになっているのは、久々の馬車に酔ったことだけが原因じゃなかった。この男の酔った得意顔にゲロでもぶちまけてやりたいが、我慢だ……。
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