4 / 66
四話 道具屋のおっさん、自慢される。
しおりを挟む口内には鉄の味が、掌中には恨みが充満する中、俺は雪の降る町をよたよたと歩いていた。
ボロ雑巾と化した俺に飽きたのか、勇者パーティーからはようやく解放されたわけだが、集まっていた野次馬から罵声や石や雪玉を投げられて心身ともに痛い。
寝床も兼ねていた道具屋を失った俺の目的地は、向こうのほうに見える長い橋を越えて二十軒ほど左に進んだところにある質屋だ。
安物だが、自分の着ているコートをそこで売れば少しは金になるはずだと思った。そしたらどこかの宿に泊まるとしよう。野宿する羽目になる前に換金しないといけない。もう夕方だし、急がなければ……。
「――おい、見ろよあいつだ、道具屋のオヤジ!」
「あれが勇者パーティーの僧侶に手を出したんだって!?」
「死ね罰当たりが!」
「糞道具屋!」
「……」
例の噂がここまで広まってるのか、馬車や徒歩で通り過ぎる者、みんな俺を罵倒し、蔑んだ視線をぶつけてきた。その中にはよく道具屋に来ていた常連の客もいた。
「……うぅ」
なんて惨めなんだ……。俺の味方なんて誰一人いやしなかった。このまま生きててなんの意味があるのかとすら思えてくる。人に尽くすことこそが生きる意味だと信じてきたのに……。
赤みを帯びた灰色の空が恨めしい。神よ……答えてくれ、俺が何をしたというのだ……。何故ここまでされなくてはいけない……。今自分の体が震えているのは寒いからじゃなかった。それまで自分が正しいと思っていたことがすべて嘘だとわかり、怒っているからだ……。
……勇者クリス、戦士ライラ、僧侶ミヤレスカ、魔術師アルタス……。
皮肉にも、現実を教えてくれたのがあの忌まわしい勇者パーティーの面々だった。見た目、能力、権力、金……目に見えるもの、実際に発揮できるものこそがすべてなんだ。それらを持たない者にとって現世は綺麗事の皮を被った生き地獄でしかないのだ……。
「――お、モルネト君じゃないか?」
「あ……」
橋の上を歩く途中だった。久しぶりに自分の名前を聞いた気がする。しかも、この声は……。
「……やっぱりそうだ」
振り返ると、そこには幼馴染のオルグがいた。
鬼畜勇者クリスほどじゃないがハンサムな男だ。怪我してることを知ってるのか、俺の痛ましい姿に怯みもせず笑いかけてきた。
向かいの武器屋の息子で、売れなかった頃は仲が良かったやつだが繁盛してから急に態度が偉そうになり、疎遠になったことを覚えている。五歳も俺のほうが年上だから余計惨めに感じたもんだ。面倒なのに絡まれたな……。
「いやー、久々だねえ。噂で聞いたよ。勇者パーティーの僧侶に手を出して制裁されたんだってね。あんなに大人しかった君が……」
「……」
こりゃまた随分上等そうな毛皮のコートを纏っているな。自慢されて不快な思いをする前にとっととずらかろう。
「おいおい、なんで無視するんだよ。待ちなよ」
どうせ真実を話したって誰も信じてくれない。そう考えて俺は歩き始めたわけだが、オルグは並ぶようにしてしつこくついてくる。なんなんだこの男は……。
「お前とは随分前に疎遠になったはずだ」
「いやいや、離れたのは君のほうだろ? 僕は君が年上とはいえ友人だとばかり思っていたのに……」
「今日いくら儲かったとか、何々を買ったとか自慢ばかりするからだろう。お前も、お前のおふくろも……」
思えば家族ぐるみの付き合いだった。こいつとその母親が自慢話をしてくるので、うちの母さんが随分腹を立てていたのを覚えている。
「えええっ? モルネト君、もしかしてそんなことくらいで傷ついていたのかい? 意外だなあ……」
「べ、別に……」
この男の得意顔を見るのは吐き気がする。こういうしんどい状況だと尚更。さっさと離れよう……。
「待ちなって。その様子だと泊まるところもないんだろう?」
「う……」
図星を突かれて立ち止まってしまった。もしかして泊めてくれるんだろうか。金持ちになっても一切おごってくれることもなかったケチな男なんだが……。
「……残念だが、今は金がない」
「お金? いらないって。大丈夫だから心配すんなっ」
「……タダってこと?」
「もちろんだともっ」
好意に甘えるべきなんだろうか。本当に嫌いなやつだが、あれから少しは成長したのかもしれない。こんなどうしようもない俺なんかを泊めてくれるんだし、過去のことは水に流して頼ってみるか……。
俺は馬車の中で揺られていた。
オルグの話だと、王都で大きな商談を成立させてこの町に帰る途中、俺の道具屋のある方角から煙が上がっているのがわかり、心配になって向かったとのこと。そこで集まっていた人たちから話を聞いて自宅に戻る途中、俺を見つけたってわけだ。
こいつはまだ30歳なのに出世してて、しかも嫁までいるらしくて俺は大いに凹んだ。嫁に関してはこの歳なんだからいるのは当たり前といえばそうなんだが、俺は産まれてから今まで、女の子の手すら握ったこともないんだ……。
「モルネトくーん、僕のお嫁さんの年齢、幾つか知ってるかあい?」
「……」
知るかよそんなの、と言いたいところだが我慢する。
「ここだけの話なんだけどね……なんと……まだ13歳なんだ……」
「えっ……」
羨ましいと思ってしまった自分に心底嫌気がさす。15歳から結婚できるようになるとはいえ、それじゃ半分成金に買われた奴隷みたいなもんだろうと……。
「こ、これはここだけの話にしてくれ、頼む、モルネト君……」
「……言わないよ」
「そうか、よかった……。まさか、彼女が13歳だとは夢にも思わなくてね……本当にドキドキしながら話したんだ。母さんも僕を14歳のときに産んだらしいけど、ばれたら一応罰金ものだからね……」
……白々しいやつだ。罰金というが、この男くらい金持ちだと蚊に刺された程度の痛みだろうに。何がここだけの話だ。これぞ究極の自虐風自慢だろう。こいつの自慢癖はまったく変わってないどころか前より悪質化してるな。
「なにせ、大恋愛の末に結ばれた二人だから、罰金なんかで気まずくならないとは思うけどね……まだ13歳だということを彼女が少しでも気にしていたらと思うと……切なくて……うっ……」
「ぐ、ぐぬぅ……」
今俺が吐きそうになっているのは、久々の馬車に酔ったことだけが原因じゃなかった。この男の酔った得意顔にゲロでもぶちまけてやりたいが、我慢だ……。
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
固有スキルが【空欄】の不遇ソーサラー、死後に発覚した最強スキル【転生】で生まれ変わった分だけ強くなる
名無し
ファンタジー
相方を補佐するためにソーサラーになったクアゼル。
冒険者なら誰にでも一つだけあるはずの強力な固有スキルが唯一《空欄》の男だった。
味方に裏切られて死ぬも復活し、最強の固有スキル【転生】を持っていたことを知る。
死ぬたびにダンジョンで亡くなった者として転生し、一つしか持てないはずの固有スキルをどんどん追加しながら、ソーサラーのクアゼルは最強になり、自分を裏切った者達に復讐していく。
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
救助者ギルドから追放された俺は、ハズレだと思われていたスキル【思念収集】でやり返す
名無し
ファンタジー
アセンドラの都で暮らす少年テッドは救助者ギルドに在籍しており、【思念収集】というスキルによって、ダンジョンで亡くなった冒険者の最期の思いを遺族に伝える仕事をしていた。
だが、ある日思わぬ冤罪をかけられ、幼馴染で親友だったはずのギルド長ライルによって除名を言い渡された挙句、最凶最悪と言われる異次元の監獄へと送り込まれてしまう。
それでも、幼馴染の少女シェリアとの面会をきっかけに、ハズレ認定されていた【思念収集】のスキルが本領を発揮する。喧嘩で最も強い者がここから出られることを知ったテッドは、最強の囚人王を目指すとともに、自分を陥れた者たちへの復讐を誓うのであった……。
ゴミスキル【スコップ】が本当はチート級でした~無能だからと生き埋めにされたけど、どんな物でも発掘できる力でカフェを経営しながら敵を撃退する~
名無し
ファンタジー
鉱山で大きな宝石を掘り当てた主人公のセインは、仲間たちから用済みにされた挙句、生き埋めにされてしまう。なんとか脱出したところでモンスターに襲われて死にかけるが、隠居していた司祭様に助けられ、外れだと思われていたスキル【スコップ】にどんな物でも発掘できる効果があると知る。それから様々なものを発掘するうちにカフェを経営することになり、スキルで掘り出した個性的な仲間たちとともに、店を潰そうとしてくる元仲間たちを撃退していく。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
勇者パーティーを追放された召喚術師、美少女揃いのパーティーに拾われて鬼神の如く崇められる。
名無し
ファンタジー
ある日、勇者パーティーを追放された召喚術師ディル。
彼の召喚術は途轍もなく強いが一風変わっていた。何が飛び出すかは蓋を開けてみないとわからないというガチャ的なもので、思わず脱力してしまうほど変なものを召喚することもあるため、仲間から舐められていたのである。
ディルは居場所を失っただけでなく、性格が狂暴だから追放されたことを記す貼り紙を勇者パーティーに公開されて苦境に立たされるが、とある底辺パーティーに拾われる。
そこは横暴なリーダーに捨てられたばかりのパーティーで、どんな仕打ちにも耐えられる自信があるという。ディルは自身が凶悪な人物だと勘違いされているのを上手く利用し、底辺パーティーとともに成り上がっていく。
無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった
さくらはい
ファンタジー
主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ――
【不定期更新】
1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。
性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。
良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。
A級パーティーを追放された黒魔導士、拾ってくれた低級パーティーを成功へと導く~この男、魔力は極小だが戦闘勘が異次元の鋭さだった~
名無し
ファンタジー
「モンド、ここから消えろ。てめえはもうパーティーに必要ねえ!」
「……え? ゴート、理由だけでも聴かせてくれ」
「黒魔導士のくせに魔力がゴミクズだからだ!」
「確かに俺の魔力はゴミ同然だが、その分を戦闘勘の鋭さで補ってきたつもりだ。それで何度も助けてやったことを忘れたのか……?」
「うるせえ、とっとと消えろ! あと、お前について悪い噂も流しておいてやったからな。役立たずの寄生虫ってよ!」
「くっ……」
問答無用でA級パーティーを追放されてしまったモンド。
彼は極小の魔力しか持たない黒魔導士だったが、持ち前の戦闘勘によってパーティーを支えてきた。しかし、地味であるがゆえに貢献を認められることは最後までなかった。
さらに悪い噂を流されたことで、冒険者としての道を諦めかけたモンドだったが、悪評高い最下級パーティーに拾われ、彼らを成功に導くことで自分の居場所や高い名声を得るようになっていく。
「魔力は低かったが、あの動きは只者ではなかった! 寄生虫なんて呼ばれてたのが信じられん……」
「地味に見えるけど、やってることはどう考えても尋常じゃなかった。こんな達人を追放するとかありえねえだろ……」
「方向性は意外ですが、これほどまでに優れた黒魔導士がいるとは……」
拾われたパーティーでその高い能力を絶賛されるモンド。
これは、様々な事情を抱える低級パーティーを、最高の戦闘勘を持つモンドが成功に導いていく物語である……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる