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第82回 進化
しおりを挟む「――はっ……」
「こっ、工事帽、どうした……?」
「対処法がわかった……」
「ど、どうやるんだ!?」
痛いほどの視線を野球帽から感じる。もちろん、二階のほうからも。
見なくてもわかる。虐殺者の羽田、絶対者の杜崎教授、それに館野とかいう弓の達人が、俺たちの一挙一動に注目しているってことは。
やつらの目の前で超レアスキルの【クエスト簡略化】の力を使うのは不本意だが、今は出し惜しみなんてしているような場合じゃない。
「野球帽、この子に……ボスに抱きついてくれ」
「えっ……?」
野球帽がいかにも信じられないといった顔を見せてくるが、おそらく俺たちが助かる道はもうこれしかない。灯台下暗しというやつで、この手術室一階で彼女の足元のみが赤く染まっていないのはそういうことだ。
「そしたら、今度はお前に抱きつくから」
「え、ええぇっ!? そ、そんなぁ……」
なんだよ野球帽のやつ、急に可愛い声なんか出しやがって。
「い、いいから早くするんだっ!」
「チッ……わ、わかったよ……!」
「っ……」
野球帽に抱きしめられたボスが、びっくりしたような顔を見せる。こういうところ、本当に人間みたいだ……って、感心している場合じゃなかった。カウントダウンは既に残り10秒を切ってしまっている。
「絶対に放すなっ!」
「う、うんっ……!」
俺は野球帽の背中を抱きしめながらそう叫ぶと、やつは素直に応じてきた。なんだよ、可愛いところもあるじゃないか……って、俺はこんなときに何言ってんだか。
「ふわあ……」
「「……」」
まもなく、ミュータント少女が欠伸するように大きく口を開いたかと思うと、俺たちの体は宙に浮き上がった。こ、これは……大きなシャボン玉のようなもので、その中にボスと一緒にいるんだ。
ボスが攻撃を開始するまで、残り5秒まで迫ったわけだが、ここから一体どうするつもりなんだ――?
「――うぐっ……お……おごぉっ……!」
「「っ!?」」
ミュータント少女がうずくまり、苦しげな表情になったかと思うと何やら吐き出した。
あ、あれは……皮膚が透明なためか、内臓が丸見えになった、巨大な芋虫のようなもので、信じられないほど素早く周囲を這いずり回っていた。人間離れしたスレイヤーの視力でなければ動きを捉えることさえもできないだろう。
あの芋虫を吐き出したミュータント少女は、もう微動だにしなくなっていた。どうやら既に抜け殻になってしまっていて、今はあの芋虫こそが本体みたいだ。これが変異体の生き様、すなわち進化というものなのか……。
というかだ、この展開は、まさか――
「――うわあぁああぁっ!」
「「っ……」」
やはり、誰かが二階のほうから突き落とされた。今度は館野たちのうちの誰かで、立ち上がって逃げようとしたもののすぐに芋虫に捕食されてしまった。
「い、嫌だああぁっ! 俺はまだ死にたくないっ! ボスウウゥゥッ、お願いだから助けてくれええぇぇぇええええっ! ぎぎっ……!」
「「……」」
俺たちは思わず顔を背けてしまった。大きな芋虫に飲み込まれた男が、生きたまま溶かされていたからだ。それも、芋虫の皮膚が透明だから溶かされる様子まではっきりと見えてしまうんだ。
「うぐっ……」
俺はそのとき、杜崎教授の自分語りを思い出して吐き気を催した。オオトカゲに生きたまま食われて溶かされるネズミのようなものか。いくらなんでも残酷すぎる……。
だが、こういうときこそ見なきゃいけない。あいつの死を無駄にしないためにも。そうだ、そもそも俺はネクロフィリアっていう設定なんだし、目を背けてる場合じゃないだろうってことで、真顔でやつの溶ける様子を観察する。
「ぎぎっ……いでえよおぉ……ひゅー、ひゅぅう……ば、ばだっ、じにだぐねえよぉぉ……ま、ままぁ……」
「…………」
芋虫は獲物をじっくり消化している間も、ナメクジのような突起した目をキョロキョロさせ、邪魔するものがいないか周囲を監視している様子。
「野球帽、大丈夫か? あんたは見なくていいから……」
「お、お前のほうこそっ……」
「ぎ……ぎぃやああぁぁああああああぁっ――!」
「「――っ!?」」
獲物が一層大きな苦痛の声を上げた瞬間だけ、芋虫の体が怪しく光り、どう見てももう助からない状態の獲物を吐き出してみせた。
その瞬間、二階から矢が放たれて男の顔面に命中し、絶命したのがわかった。館野の仕業か。あいつ、いいところもあるんだな……。
ってことは、大きな音を出すとボスにダメージを与えられるチャンスが生まれるってことだ。それどころか、獲物を吐き出したわけだしかなり嫌がっていたな。これは今後のヒントになるような気がする。
死ぬまでさぞかし苦しかっただろうが、お前の死は絶対に無駄にはしない……。
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