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第81回 無邪気

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 姿が見えない透明なボス――ミュータント――は、風を切るような音を出しながら宙を泳ぐように移動していた。

 主に、赤黒い肉の塊の周辺をウロウロしている様子。やはり、獲物を食べようと口を開く瞬間だけ体が光っているようだ。

 つまり、そのときにタイミングよくボスに攻撃すれば、確実にダメージを与えられるということだ。

「「……」」

 とはいえ、まだ相手の攻撃パターンがわかってないうちに迂闊に反撃するのは危険だし、そもそも俺と野球帽は遠距離の攻撃手段がないので、しばらく繭の中でじっとしていることに。

「――聞こえなくなったな……」

「……だ、だね……」

 肉塊が跡形もなくボスに食われてからしばらくして、例の音が聞こえなくなった。

 ということは、いよいよ次の形態に移行するつもりなのか……。まもなく、予想通り次の攻撃のカウントダウンが始まった。なんと、今度は攻撃が来るまで残り一分も猶予がある。

「「なっ……」」

 俺たちの驚嘆の声が被るのも当然で、手術室の一階には、一人のの姿があったのだ。まさか、二階にいる誰かが羽田に獲物にされてしまったのかと思ったが、どうもそうじゃないみたいだ。

 座り込んでいる彼女は、怯えた仕草を一切していなかったからだ。それどころか、まぶしいくらい無邪気な表情で周りをキョロキョロと見渡している。

 このことは、ミュータントの次の形態であることの何よりの証だった。

「あれがボスだ……」

「う、嘘だろ。だってあいつ、ちゃんと服も着てるし、どっからどう見ても、人間にしか見えない……」

 野球帽が疑うのもよくわかるが、既に周辺がウォーニングゾーンで染まっていて、なおかつカウントダウンが進んでいることからも、これからあの子がなんらかの攻撃を開始するのは間違いなかった。

 というか、繭の中も全体が赤いので、ここにいたら死んでしまうから出るしかない。

「行くぞ、野球帽」

「え、なんでここから出るんだ……!?」

 野球帽が今まで見せたことのないような怯えた顔を向けてくる。あの残虐ショーを見せ付けられたばかりだからしょうがないとはいえ、ここにいたら死ぬだけなので俺は無理やり彼女の手を引っ張って繭から脱出した。

「この中にいるのはもうダメだ。いいから行くぞ」

「ちょっ……!」

 すると、例の少女が目を輝かせて立ち上がり、俺たちの前まで歩み寄ってきた。もう、手を伸ばせば触れられるくらい近い距離だ。

「…………」

 彼女はとても興味深そうな顔をしていたが何も言わず、舐めるようにじっくりと俺たちの体を見つめてきた。

「ひっ……」

「大丈夫だ、野球帽。こいつはボスだが、まだ何もしてこない」

「……ほ、本当なのか? こんなに間近にいるのに……」

「俺の勘の鋭さは知ってるだろ?」

「……わ、わかった……」

 俺は震える野球帽の手を強く握り締める。

「俺よりレベルが高いんだからしっかりしろって」

「こ、怖いもんは怖いんだからしょうがないだろ!」

「よしよし、その調子だ」

「なんだよ、そのキモい言い方。チッ……!」

 いいぞ、舌打ちまで飛び出して野球帽らしくなってきた。

「…………」

 俺たちのそんなやり取りを見て、ミュータント少女が何を思ったのか、俺と野球帽を交互に見上げてニコッと笑ってみせた。

 それがなんとも純粋な感じだから、不気味さをより増長させる。とてもじゃないがボスがやることだとは到底思えないが、もうすぐミュータントの攻撃が来るのは確かで、あと30秒ほどだ。

 しかし、一体手術室のどこにセーフゾーンがあるというのか。ベッド上の繭もダメ。その下も当然ダメ。羽田たちがいる2階へ行けば野球帽が殺される。さらにここから出ることもできない。

 今度こそ、隠れる場所なんて見当たらないぞ。もう終わりなのか……? いや、そんなわけがない。考えるんだ。だが、そう思えば思うほど、焦燥感が膨らんで胸が痛くなってくる。

「…………」

 焦ってもいいことがないし、ボスを見習うわけじゃないが、子供のようにこの状況を楽しむんだ。必ずどこかに攻略の糸口が秘められているはず。さあ、答えを見つけてやろうじゃないか。
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