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第79回 混沌
しおりを挟む「「――っ!?」」
背後のほうから地響きのような音がしたので、俺と野球帽がはっとした顔で振り返ると、後ろにあった扉がなくなり壁だけになっていた。
二階の窓から見下ろされる構造の手術室――病院ダンジョンのボス部屋――は、これで完全な密室状態となったわけだ。
ボスのミュータントを倒さない限り、もうここからは絶対に出られないと思うと途端に緊張感が増幅してくる。
わかってはいたが、異次元の力を持つ異名持ちが二人もいて、さらに館野っていう強敵がいるカオスな状況なだけに心臓に悪い。
「フンッ、いよいよ始まったようだなぁ。さて、私は高見の見物をさせてもらうぞ、ネクロフィリアの佐嶋ぁ……」
虐殺者の羽田がお得意の念力によって浮遊し、悠然と二階へ上昇していく。
それにしてもあいつ、そろそろ俺のことをネクロフィリアって呼ぶのやめてくんないかな。確かにそれで助かってる面もあるが、なんか俺自身慣れてきちゃってるし、周りも普通に信じ込んでそうだ。
「佐嶋康介、それに藤賀真優ちゃん、あたしもあんたらの戦い、上からたっぷり見させてもらうぜっ!」
黒坂が俺たちに向かって、笑顔で手を振りつつ意気揚々と階段を上がっていく。あいつ、羽田がバックにいることをいいことに図に乗りすぎだ。
「このっ――!」
予想通り野球帽が前に出かかったので、それを制止するのも忘れない。
「――なあ、野球帽、興奮しすぎだから、いい加減冷静になれって……」
「……わ、悪かったよ、さじ……工事帽……」
「…………」
野球帽が素直に謝るなんて珍しい。それだけ感情的になってるってことか。前回俺が怒った影響もあるのか、今回はすぐに引き下がってくれた。
「では、佐嶋君、藤賀君、患者は君たちに任せるから、お手並み拝見といこうか……ほら、君たちも来たまえ」
「「「「「はいっ、杜崎教授っ……!」」」」」
絶対者の杜崎教授を筆頭に、医師団がぞろぞろと二階へ上がっていく。さすがに医者というだけあって、彼らは手術室にいるとサマになるなあ。
っていうか、教授に任されるなんてまるで自分たちが医者になったみたいな感じだ。いくら患者みたいにベッドに横たわっているとはいえ、ボスの手術なんかしたくないが……。
「……佐嶋、それに藤賀。勝負はしばらくお預けにさせてもらうよ。さあお前たち、来るんだ」
「「「「「了解っ! ボスッ!」」」」」
館野たちもそれに続いた格好だが、弓を持った男の目の奥は怪しく光っていた。
虐殺者の羽田に脅されたから仕方なく勝負をやめたものの、俺たちとの決着をつけることを決してあきらめてはいない感じだ。一見冴えない中年の男に見えるが、あの男もまったく油断できないな……。
とにかく、今はあいつらのことを気にしている余裕なんてない。まずは目の前のボスをなんとかしないと、警戒する以前に自分たちが死んでしまうだけだからだ。
それでも、手術室中央のベッドに横たわる巨大な繭は、思わず現実逃避したくなるほどの不気味さで溢れ返っていた。レベル99という事実もそうだが、今までのボスよりずっと強烈な威圧感のようなものを放っているんだ。
「「――あっ……」」
俺と野球帽の上擦った声が被る。繭がピクリと蠢いたかと思うと、亀裂が入ってからまもなく真ん中に大穴が開いたのだ。
繭の中から一体どんなものが飛び出すのかと思いきや、何も見えない。
だが、俺の視点ではあと三十秒後にボスが攻撃してくるのがわかった。カウントダウンに加え、視界全体にウォーニングゾーンが表示されていたからだ。
おそらく、透明な何かが孵化したのだと思うが、このままじゃ死ぬのを待つだけだ。
ちらっと二階にいる羽田のほうを見ると、その周囲はやつが念力で結界を張っているためか、あるいはそもそもそこはボスの攻撃範囲外なのかセーフゾーンだったが、やつは待ってましたとばかりニヤリと笑いやがった。クソがクソがクソが。
「ククッ……佐嶋ぁ、わかっているとは思うが、もし二階へ来た場合は、戦闘放棄と見なしてまずお前の仲間を殺す。それを忘れるなぁ……」
「行くわけないだろ? わかりきったことを言うなよ、羽田……」
「フンッ……」
やつは熟知しているといわんばかりだ。俺の負けず嫌いの性格を。絶対に野球帽を犠牲にはできないってことを。
既に、ボスの攻撃を知らせるカウントダウンは残り二十秒を切ったところだった……。
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