ダンジョン菌にまみれた、様々なクエストが提示されるこの現実世界で、【クエスト簡略化】スキルを手にした俺は最強のスレイヤーを目指す

名無し

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第76回 歪

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「――さぁ、どうする? あと10秒ほどしかないぞ……」

「「「「「とっととボスに従えっ!」」」」」

「くっ……」

「チッ……」

 俺たちは館野とかいう中年のスレイヤーを前にして、蛇に睨まれた蛙状態になっていた。

 悔しいがやつの言う通りで、もう残りあと数秒しか猶予がない。【クエスト簡略化】スキルが通用しない分、羽田や杜崎教授のような異名持ちやボスよりも厄介といえる。

 一体どうすりゃいいんだ……。このままじゃ二本の矢を放たれて俺たちは終わりだ。

 一か八か、矢が外れることを期待して先制攻撃を試みるか? それとも、手を上げて武器を手放すことで、ここは一旦やつらと合流してから離れる機会を待つか?

 どちらの選択肢もそれなりにリスクがあるが、もう考えている時間はほとんどないし、たった数秒じゃデスサイズの即死効果にも期待できない。早くどちらにするか決めなければ……。

「…………」

 よし、腹は決まった。前者のやり方でいこう。急所さえ外れればチャンスがある。おそらく、藤賀も俺をチキン扱いしてきたし同じ考えのはずだ。こいつは慎重な面もあるものの、俺が考えているよりガッツがある。

「3,2,1――」

「――面白そうなことをやっているなぁ……」

「「「「「っ!?」」」」」

 突如、周囲に響き渡ったによって、俺たちは全ての計画を中断せざるを得なくなった。それもそのはずだろう。

 その声の持ち主というのが、あのスーツ姿の忌まわしい虐殺者だったからだ……。

 やつは宙に浮いた状態で、後ろに黒坂優菜を従えてこちらへやってきた。

 そういえば学校ダンジョンでもそうだったが、例の虐殺者クエストが表示されないのはもう攻略したからなんだろう。それゆえ、相手に俺たちを殺す気があるかどうかすら読めないという、なんとも不気味な空気が蔓延していた。

 今までのことを考えたら俺なんてすぐ殺されてもおかしくないが、なんせ相手は芸術家肌の死体クリエイター。常識が通用するような相手じゃない。

「久し振りだなあ、ネクロフィリアの佐嶋ぁ……」

「あぁ、羽田、久し振りだな、元気にしてたか?」

「見ればわかるだろう、阿呆……」

「阿呆だって? 俺に騙されてボスに笑われたバカに言われたくないな」

「フンッ、相変わらず口の減らない男だ……」

 すっかり火傷も治っていて耳も聞こえるようだし、どうやらレベルを上げて全回復してしまった様子。

 それにしても、普通に会話している俺たちがいかにその場から浮いているかは、周りを見れば一目瞭然だった。弓を構えている館野の表情は一層険しくなり、その取り巻きたちの顔が一様に死体の如く青ざめていたからだ。

「黒坂ぁ、お前も佐嶋に挨拶してやれ。久々の再会だろう」

「あ、お、おう、佐嶋、元気にしてたかよ?」

「ん、ああ、お前も元気にしてたか? 裏切り者の黒坂」

「裏切り者って、まーだそんなこと言ってんのかよ、みみっちいぜ……って、野球帽もいるじゃん。元気だったか?」

「チッ……こいつ、裏切って佐嶋を植物状態にした上に俺を拷問しておいて、よくそんなことが言えるなぁっ……!」

「お、おいやめろ、野球帽!」

 俺は寸前のところで野球帽を制止してみせたが、危うく黒坂に殴りかかるところだった。

「フンッ、つまらん争いはそこまでにしておけぇ。そこの、弓を構えた男にも言っていることだぁ」

「……は、羽田京志郎、これは俺たちの争いであって、あなたは関係ないのでは……」

「何ぃ……?」

 後ろにいる連中が声も出せずに置物化している中、館野がああして堂々と自分の考えを主張しているのを見ればわかるが、相当な胆力を持っていることが窺える。

「お前の名前はなんだ」

「……あ、これは失敬。俺は館野良治っていう名前でね。できたら、この二人と決着をつけさせてほしいなあって……」

「館野か。よく聞け。もし今矢を放てば、その時点でお前とその仲間たちの内臓を全て抉り出し、剥製に変えてやる……」

「…………」

「「「「「ひっ……」」」」」

 館野は口元を僅かに引き攣らせるだけだったが、その仲間たちの中には、具合が悪くなった様子で座り込んだりガクガクと震えたりする者が続出した。それだけ目も眩むような物凄い殺気を羽田が放っているから仕方ない。

「佐嶋を死体に変える権利があるのは、この私だけだぁ。それに相応しい時と場所は私が決める……」

「……ハハッ。こりゃ、引くしかないみたいだねぇ」

 館野は苦笑いを浮かべながら弓を下ろしたが、耳まで赤くなっていた。どうやら結構な負けず嫌いらしい。

「さあ、佐嶋ぁ、病院ダンジョンのボスがどこにいるのか、お前ならわかるだろうから、早速案内してもらうぞぉ……」

「…………」

 羽田の台詞によって、全員の視線が自分に集まってくるのがわかる。なるほど、さすがは勘のいい虐殺者。学校ダンジョンの屋上でやってきたような例の質問もしてこないし、もう俺の持っているスキルについて察しがついているってわけか……。
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