ダンジョン菌にまみれた、様々なクエストが提示されるこの現実世界で、【クエスト簡略化】スキルを手にした俺は最強のスレイヤーを目指す

名無し

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第54回 場違い

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「…………」

 カーテン越しの月光をぼんやりと眺めながら、俺は徐々に目を覚ましていった。

 目を凝らして壁にかかった時計を見てみると、午前3時を回ったところだ。ちなみに、母さんと妹はベッドに突っ伏する格好で寝ていた。

 大丈夫だから帰っていいって何度も言ったのに、頑として帰宅しなかったんだ。その一方で、風間は二人の凄まじい世話焼きっぷりにビビッてどこかへ逃げてしまったが。

 ん、近くにマーカーが表示されていると思って、風間がいつの間にか戻ってきてたのかと思ったら、全然動いてないしおそらく違う。

 ってことは……そうか、野球帽のやつか。あいつもこの病院に運ばれたんだな。マーカーがあるってことは無事だったってことだ。

 よーし、明日になったら風間と二人で見舞いに行ってやるか。妨害電波のあるダンジョン内じゃないからパーティー通信でそれを事前に伝えようかと思ったが、今はさすがに寝てるだろうしな。

 それにしても、なんとも中途半端な時間帯に目覚めてしまったものだ。その分、変な夢を見なくてよかったが。そういうのは眠りが浅いときに見るっていうし、時間は短いもののそれだけ熟睡できたってことだろう。悪夢も母さんと妹にはかなわずに逃亡したってことにしておこう。

 さて……一日無駄にしてしまったが、そろそろレベル上げの時間だ。両腕がない不便な状態をいつまでも維持するわけにはいかないからな。

 風間にはどうやってレベルを上げるのかと訊かれたが、そもそもレベリングには二通りのやり方があるんだから問題ない。

 俺はまず、強くなることを意識する。

 クエスト【レベルアップ】が解放されました。

 クエストランク:F

 クリア条件:腕立て伏せ4回 腹筋4回 4メートルランニング OR 4文字読む 瞑想4秒

 制限時間:一週間

 成功報酬:全回復 レベルアップ

 注意事項:失敗した場合、回数は全てリセットされ、最初からやり直しとなります。

 早速クエスト用のウィンドウが表示された。こうして改めて見てみると、腕があっても後者の文字を読む+瞑想のほうがやりやすいように感じる。

 というわけで、俺は近くの壁にかかったカレンダーに書かれた文字を四つ読み、すぐ終わったので瞑想を4秒間行った。

「おぉっ!」

 両腕が一瞬で元に戻ったので声が出てしまい、俺はヤバいと思いつつ口元を押さえながら母さんと妹のほうを見たが、まだ起きてはいないようだ。よかった……。

 これでレベル4→5だ。ステータスポイントを何に振るか迷ったが、初志貫徹で速度に振ることにして合計で29となった。

 デスマスクとの戦いではやむを得ず腕力に回したが、ここは絶対に変えちゃいけない部分だし、この先それを痛感するときが必ず来るような、そんな予感がするんだ……って、そうだ。を忘れてた。

 全回復したことで眠気もすっかり治まった影響か、俺は風間との戦いを制してゲットしたレア武器――デスサイズ――のことを思い出した。

 それを意識したためか、新たなウィンドウが視界に現れる。そこに、デスサイズという名称やその効果等が大きな鎌のグラフィックとともに提示された。

 へえ、見た目はどことなくツルハシに似てるし、俺の使用武器としてはピッタリな気がするな。

 しかもこの武器、驚くべきことに即死効果が付与されるらしい。といっても1レベルごとに0.1%なので、俺はレベル5だから0.5%ってことか。レベルを上げていけば化けそうな武器だな。

 でも、どうせ風間の大剣みたいに重くて持てないんだろうな……って、え? 重量0だって? こりゃいいな。まさに、スピード重視の俺のためにあるような武器だ。しかも絶対に壊れないらしい。おいおい、最高だな。

 手元に出しますか? と表示されたので、よしそれなら出してやろうと思ったものの、さすがに深夜の病院で大鎌を持った患者がいたらやばいだろうと思い直し、やめることにした。

「――はっ……」

 足音がして、俺は我に返る。しかもこっちへ近づいてきていた。一体誰だ……?

 もしや風間かと思ったが、違う。パーティー用のウィンドウには、動かない野球帽のマーカーしかない。

 ということは、まさか……。俺は布団に潜りつつ外の様子を窺う。

 頼む、羽田や黒坂が奇襲を仕掛けてくるなんていう展開だけはやめてくれ。こっちには母さんと妹がいるんだ。

 それでも、覚悟だけはしておいたほうがいい。俺はデスサイズを出す準備をしつつ、その瞬間を待った。一体誰だ、誰がこっちへ来るっていうんだ……。

「…………」

 この上なく唇が干からびる中、まもなく俺のベッドを囲むカーテンレールが揺れ、隙間から手が伸びてくるのがわかった。

 ん、あのごつごつした大きな手は……あれは、そうだ、玄さんのものだ。

 なんだ……俺のことを見舞いにきてくれたんだな。でも、なんでこんな時間に……? 病院は開いてないだろうし、既にここにいたってことなんだろうか。体のどこかが悪いなんて聞いたこともなかったが。

「あんちゃん、思ったより元気そうでよかったなあ。実は、昼頃こっちに来てたんだが、どうにもだめだ。家族がいない俺には、華やかなところは眩しすぎて合ってねえから、こういうやり方しかできねえんだ」

「…………」

 玄さんは独り言のように呟くと、俺が現場でよく飲んでいた缶コーヒーをテーブル上に置いて姿を消してしまった。

 そうか、病院には来てたけど、母さんや妹がいたからか、場違いな気がして来られなかったのか。玄さんらしいっちゃらしいんだけど、あまりにも不器用すぎてグッときてしまった……。
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