ダンジョン菌にまみれた、様々なクエストが提示されるこの現実世界で、【クエスト簡略化】スキルを手にした俺は最強のスレイヤーを目指す

名無し

文字の大きさ
上 下
52 / 91

第52回 無機質

しおりを挟む

 もうすぐ、俺たちは学校ダンジョンをクリアできる。それまで、あとほんの僅か数秒だ――

「――よくもやってくれたなぁ、佐嶋ぁ……」

「えっ……?」

 の弾んだ声が耳朶を撫でるように伝わってきて、俺は全身の毛が逆立つような感覚を味わうことになった。

「…………」

 もう、その声の持ち主のほうを見なくても誰なのかはわかりきっていた。

 なのに、俺は引き寄せられるように見てしまった。

 シャツか何かを包帯代わりにしたのか、白い布で顔をグルグル巻きにした男――虐殺者の羽田京志郎――が宙に浮かんでいたのだ……。

 やはり、俺の思っていた通りだった。あんな人間離れした化け物があっさり火葬されて昇天するわけがないんだ。

 ボスが炎の息吹を仕掛けてくるまであと23秒。それさえも、今では永劫のときのように感じられた。

 だが、まだ望みを捨てるのは早い。やつの念力がこっちに届くまで、ほんの少しだけだが猶予がある。それまでにボスを倒せばいい。この場面だったら羽田も迂闊に手を出せまい。なんせ、楽の顔の対処法を知っているのは俺たちだけなのだから……。

「……簡単には殺さんぞ、佐嶋ぁ……」

 やつの口から飛び出したその嬉しそうな台詞は、俺たちにとっては絶望でもあり、希望でもあった。騙した俺をなるべく苦しめて殺すつもりだろうが、まだ生きていられる分チャンスがあるからだ。

「は……羽田京志郎っ! やるなら佐嶋ではなく、わしのほうから殺せえぇっ!」

「か、風間さん……」

 羽田の登場によって風間は震え上がっているかと思いきや、真逆の自己犠牲的な発言をした。そういえば、彼は慎重かつ臆病に見えて、やるときはやる人だったな。本性を現した黒坂に反抗して最初に殴られたのは彼だったし……。

「フンッ、雑魚で時間稼ぎをしようという腹積もりだろうが、そうはいかん。私が今のところ興味があるのは佐嶋、お前だけだぁ……」

「……き、気色の悪いストーカー、だな……」

 俺はなんとか声を絞り出そうとしたものの、ほとんど声が出せなかった。

 羽田の放つ殺気が噎せ返るように物凄くて、内心恐怖のあまり吐きそうだったんだ。だからこそ、風間がどれだけ勇気のある発言をしたかがわかる。

 それに比べて俺はなんだ……。偉そうに羽田に対して怒りがどうの言っていたが、実際に命の危機に直面すればこんなものだ。実力の違いすぎる相手に対して子犬のように吠えるくらいなら、もっと別のところに矛先を向けるべきだ。自分のどうしようもない弱さに対して……。

「風間さん、ボスの攻撃が来ますっ!」

「なぬっ!?」

「…………」

 驚きによるものか、包帯から覗く羽田の充血した目が少し大きくなるのが見える。

 実際は炎のブレスが来るまであと7秒あるんだが、すぐに来ると言ったのはやつを足止めするための虚言だった。一度あの苦痛を経験したことがあるなら、ボスの攻撃が来ると知って尚更迂闊には動けないだろう。

 どうやら俺の作戦は上手くいったらしく、羽田が何かしてくる気配は今のところなかった。よし、そろそろカウントダウンの数字が0になりそうだ。

「風間さん、あとのことはよろしくお願いします……」

「さ、佐嶋よ、どうするつもりだっ!?」

「風間さんは何も考えず、ここで無になっていてください」

「お、お前さん、まさか、死ぬ気なのか……」

「…………」

 俺は何も答えなかったが、死を覚悟するべきだとは考えていた。本来なら、この場面では無の境地になる必要があるわけで、じっとしているのが賢明だ。それでも、こうして虐殺者の羽田が来てしまった以上、ここで何もしないなんていう悠長な考えは捨てるべきだと思うんだ。

「――フシュウウウゥゥッ……」

 ボスの吐いた息とともに、俺は薄目で無を意識しながら高く跳び上がった。

 頼む、これが最後のチャンスなんだ。そう思うだけで全身が焼け付くように熱くなってしまう。

 無、虚ろ、空っぽ……。ここからはもう、ひたすら何もない世界をイメージするしかない。数秒後には自分がただのロボットになっていることをイメージしていたこともあって、今の俺は、ボスが迫ったら何も考えずにただ規則的に手を出してやろうと思っているだけの状態なんだ。

「…………」

 まもなく炎の中で信じられないような激痛が走り、両腕の前腕部分がねじ切られたのがわかるが、何かを意識するだけで体が熱くなることもあって、なるべく考えないようにする。

 というか、想像を絶する痛みと吐き気が襲ってきて、頭の中が真っ白になりそうなのが逆に幸いした。

 それに、俺にはまだ足があるし、炎の息吹の影響か羽田の攻撃も止まったから問題ない。

 これは想定内だった。やつはすぐに殺すとは言ってなかったから、ボスに攻撃しようとしたら絶対にそれを阻止してくると思っていた。俺はデスマスク直前でクルッと体を半回転させると、ランニングの如く交互に足を動かした。

 たとえ無になりきれなくても、漠然としたイメージだけは保つ。それでも息苦しいほどの熱を感じたが、俺は足元にある仮面をただひたすら蹴り続けていた。

 ん、今一層大きな悲鳴がこだましたような……? まもなく、大型のウィンドウが表示される。

 何々……おめでとうございます、あなたは学校ダンジョンを見事クリアし、報酬のレア武器である死神の大鎌――デスサイズ――を獲得しました、だって……。

「っ……!?」

 俺は無に近い状態から我に返った。死ぬ間際に見る幻かとも思ったが、足の爪先から頭の天辺までヒリヒリするし、これは紛れもなく現実のようだ。そうか、本当に攻略できたんだな……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貴族に転生してユニークスキル【迷宮】を獲得した俺は、次の人生こそ誰よりも幸せになることを目指す

名無し
ファンタジー
両親に愛されなかったことの不満を抱えながら交通事故で亡くなった主人公。気が付いたとき、彼は貴族の長男ルーフ・ベルシュタインとして転生しており、家族から愛されて育っていた。ルーフはこの幸せを手放したくなくて、前世で両親を憎んで自堕落な生き方をしてきたことを悔い改め、この異世界では後悔しないように高みを目指して生きようと誓うのだった。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)

IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。 世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。 不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。 そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。 諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる…… 人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。 夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ? 絶望に、立ち向かえ。

異世界デスゲーム? 優勝は俺で決まりだな……と思ったらクラス単位のチーム戦なのかよ! ぼっちの俺には辛すぎるんですけど!

真名川正志
ファンタジー
高校の入学式当日、烏丸九郎(からすまくろう)はクラス全員の集団異世界転移に巻き込まれてしまった。ザイリック239番と名乗る魔法生命体により、異世界のチームとのデスゲームを強要されてしまう。対戦相手のチームに負けたら、その時点でクラス全員が死亡する。優勝したら、1人につき26億円分の黄金のインゴットがもらえる。そんなルールだった。時間がない中、呑気に自己紹介なんか始めたクラスメート達に、「お前ら正気か。このままだと、俺達全員死ぬぞ」と烏丸は言い放った――。その後、なぜか烏丸は異世界でアイドルのプロデューサーになったり、Sランク冒険者を目指したりすることに……?(旧タイトル『クラス全員が異世界に召喚されてデスゲームに巻き込まれたけど、俺は俺の道を行く』を改題しました)

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。

阿吽
ファンタジー
 クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった! ※カクヨムにて先行投稿中

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...