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第44回 連想
しおりを挟む壊れた仮面の向こうに現れたデスマスクの顔は、無色で空が透けて見えるくらい透明感があり、なんともいえないほどに安らいだ表情をしていた。
いや、なんだよこれ……俺にしてみたら、ある意味一番衝撃的な顔だった。
喜怒哀楽の三つが既に揃ってたわけで、次に楽が来るのはわかっていたが、仏様でもここまでリラックスした表情は作れないんじゃないか?
見ていてあまりにも和むため、果たしてこれが本当にボスなのかと、一瞬疑ってしまうレベルのものだ。そのことが却って、言いしれようのない恐ろしさを漂わせていた。
「……さ、佐嶋よ、この顔、見てると段々眠くならんか……?」
「……た、確かに……」
今までの心身の疲労感も手伝ったためか、風間の言う通り、俺もやたらと眠くなっている。最後にこの顔を持ってくるデスマスクは本当にいやらしいとボスだと思えた。自分の中から警戒心を無理矢理引き摺り出さなければ、生ぬるいお湯で気が付けば茹でられていた蛙みたいにされそうな感じだ。
しかも、いつものように相手の攻撃が来るまでのカウントダウンが表示されたんだが、残り60秒だった。
おいおい、油断させるつもりなのか……? 楽なだけに今までで最高に猶予があるな。ただ、周囲は空中も含めて全て赤く染まっていることから、なんとか時間内に答えを導かないと大変なことになるのは明白であり、ゆっくりしてる暇なんてあるはずもない。
「…………」
そんなわけで俺は早速、楽の顔がどういう攻撃をしてくるかということや、その対処法を考え始めたんだが、あれこれと脳みそを振り絞るように熟慮してみても、まったく思いつかなかった。
怒りの拳、哀しみの涙、喜びの声ときて、楽はなんだ……?
楽っていうくらいだから何もしないなんていう答えがまず脳裏に浮かんだが、それだと攻撃にはならないし、全体がウォーニングゾーンになるわけがないしな……。
しっかりしろ、俺。60秒なんてすぐに過ぎてしまうんだから。実際、もう50秒を切ろうとしている。
「さ、佐嶋よ、も、もうすぐボスの攻撃が来るんじゃないのか……?」
「…………」
「さ、佐嶋? 聞いておるんか――?」
「――風間さん、攻撃が来る前にちゃんと教えますので、今はお願いですから黙っててください……」
「な、なんか怖いぞ、佐嶋よ……」
「そりゃ、俺はネクロフィリアですから」
「ひいっ!?」
風間を黙らせるにはこの嘘が一番いいと気付いた……って、それどころじゃない。こんなときに俺は何をやっているんだ。もうあと残り35秒だっていうのに……。
「…………」
ちょっと待てよ? 今、なんかひらめきそうになったぞ。ネクロフィリアって俺は言ったよな。つまり、死体が関係するってことだ。もちろん例外もあるが、死人は安らかな顔つきをしている。ボスも同じような表情だ。どっちも楽の状態であることに違いはないわけだが、ボスにしかできないことはなんだ――?
「――あっ……」
「さ、佐嶋よ、なんかわかったのか……?」
「はい、風間さん、見えてきました……」
「おおっ、さすが、勘の鋭さに定評のある佐嶋だのう……」
俺が出した結論――それはすなわち、呼吸だ。安息なんていう言葉もある。つまり、やつはブレスによる攻撃を繰り出すつもりじゃないか? そうなると、考えられるのは炎の息吹だ。普通、火は苦痛を連想させるものだが、苦痛さえ感じさせないほどの強烈な炎で火葬するつもりだと考えると合点が行く。
デスマスクの攻撃が始まるまで残り20秒になろうとしているものの、俺が確信できたのはやつが何をするかだけで、まだ肝心の炎のブレスへの対処法が判明していない。
カウントダウンが終わる前にそれを見つけられなかった場合、俺たちはわけがわからないまま燃やされて昇天することになるわけだ。そもそも、こっちはまだ死体でもないのに火葬してやろうっていうボスの傲慢さが垣間見えて腹立たしくなってくる。
「…………」
いや、待つんだ。ここで怒りに燃えたところでなんの役にも立たない。デスマスクのなんとも安らかな表情は、あたかも俺の心の内を見透かして嘲笑っているかのようだった。
こういうときだからこそ、なるべく怒りを鎮めて冷静に物事を見つめる必要があるんじゃないか? そう考えることで、俺の気持ちは一気に楽になるとともに、何故だかもうすぐ答えが見つかるような気がした……。
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