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第三十話 扉

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「おおっ……」

 思わず声が出てしまった。

 みんなと一階のリビングで夕飯を食べたあと、二階の自室に入ったわけだが、驚嘆するほど俺の部屋は綺麗になっていた。

 最初に見たときは埃の絨毯が敷かれてて、即座に扉を閉めて【転送】で逃げ出したくなるくらい酷かったからな。これもミケやエリンが掃除してくれたおかげだ。

「いい気分だ……」

 ベランダに出ると、少々冷たいものの風が心地よかった。ここから夜の王都も見渡せる。いよいよこれから俺たちの本当の戦いが始まるというわけだ。シルウ、首を洗って待ってろよ……。

 っと、そうだ。最強の剣士と謳われたファルナスのマイページをこの際だからちょっと確認してみるか。タブレットは……あった。一応洗ったがまだカビ臭いローブの内ポケットに。タブレットも変色しててかなり傷んでるがまだ使えそうだ。早速マイページにアクセスする。

 名前:ファルナス=メギル

 年齢:22

 性別:男

 異名:剣聖の修道士 シスコン

 住所:王都グラステリア中央区十丁目2番9号

 連絡先:293-6981

 所持スキル:【一閃】【転送】

 習得技術:剣術鍛錬10 体術鍛錬5 古代語検定5

 パーティー:無し

 ギルド:無し

 申し込み件数:23445件

 評判:☆☆☆☆

 名声ポイント:0

 なるほどなるほど……。22歳か、若いなあ。異名が剣聖の修道士ってのは、それっぽいローブの上にスケープラ―を着てるからなんとなくわかるが、シスコンって……それくらい妹を溺愛してたんだな。そうだ、所持スキルの【一閃】についてちょっと見てみようか。

 スキルの名称【一閃】

 種類:物理攻撃系

 精神力の消費:小

 効果:魂を込めた神速の一太刀により、正対する敵に甚大な被害を齎す。

 評価:Sランク

 こりゃ凄い。これだけ強力な効果なのに消費が少ないというのが高評価につながってるんだろう。まるで剣士のためにあるようなスキルだな。推測だが、ファルナスがこういうスキルを貰えたのも才能があったうえで子供の頃から剣術を磨き上げた結果だと思う。

 もしこれが才能のないやつだったら、【渾身斬り】とかいう攻撃力はかなり上がるが命中率はゼロに近い有名な外れスキルを貰ってそうだ。あれって溜めが必要だから、使ってる間に逃げられるか反撃されるに決まってるんだよな。さて、次はっと……。

 ……剣術鍛錬10だと? う、嘘だろ……。師範レベルでも7から8、剣聖でも9が限界だと聞いたことがある。10なんて聞いたこともない。ここまで規格外だとスキル無しでも天下を取れそうだ。

 それに加えて体術、古代語ともに5か。見事に上書きされちゃったな。まあでも【転送】というスキルは紛れもなく俺のものだし、ファルナスの体も俺のものになる運命だったのだと思う。ファルナス、お前は俺のためによく頑張ったよ。ありがとう。

 ……って、おいおい。申込件数23445……? 格が違うとしか言いようがないな。これだけ評判が良いのもうなずける。ファルナスを敬愛するカトリーヌが孤児だというし、多分普段から孤児院とか回って寄進してたんだろうな。

 あれ……? 意外なのは名声ポイントがまったくないことだったが、よく考えたらギルドを解散した時点で0になる仕組みだったんだ。まあいい。カトリーヌがスキルを貰う日が来たら、ついでにボス討伐によって名声ポイントを稼ぎ、新たなギルドを結成するとしよう。

 トン、トン、トン。お……扉を叩く音だ。誰かな? 結構淡白な叩き方だった。シルウが凄くリズミカルだったことを思い出す。

「あ……」
「よろしいですか?」
「あ、ああ」

 誰かと思ったらカトリーヌだった。そういや、話をする約束だったんだ。自分のマイページを見たことで舞い上がっててすっかり忘れてた……。

「話というのは、予想されていたかもしれませんが『サンクチュアリ』についてです」
「……やっぱりか。俺もそうだと思ってたよ」

 シルウに対するカトリーヌの怒りを和らげるためにも、嘘でも良いところを挙げてみるかな。瀕死の子犬を助けた、とか……。

「リンチされてしまったケイスさんの怒りはわかりますし、私もすぐにでも復讐したいんですけど、今動くのは時期尚早だと思います。もしかしたら気持ちが逸っているかもしれないと思い、それを伝えに来ました」
「……え?」
「どうかされましたか……?」
「あ、いや……うん、なんでもない」

 意外だった……。てか、彼女からしてみたら俺が死体を奪うほど必死、すなわち復讐しようと急いでるように見えたのかもな。確かに急いではいたが、それはやつらにバレないようにするためだし、こういう理想的な体を得たのだからどっしり構えるつもりだ。

「それに、今のメンバーでは『サンクチュアリ』に到底かなわないでしょう。全員殺されると思います」
「……そんなに力の差があるっていうのか? こっちには俺だけじゃなく、カトリーヌもいるのに」
「もしケイスさんがファルナス様の体を完璧に扱えるなら、一人で『サンクチュアリ』を壊滅させることができるでしょう。ですが、おそらくそれまでに1年はかかると思います」
「……そ、そんなにか?」
「はい。ですが、半分でも力を扱える状態になれば、みんなと力を合わせることで互角以上に戦えると思います」
「……半分か。そこまでなるにはどれくらいかかるんだ?」
「私と猛特訓して、一月ほどです」
「一月……」
「シルウに対する怒りを堪えるのは苦しいでしょうけど、どうか我慢してください。私も、それくらいなら待てますから……」
「……あ、ああ」
「……それでは、失礼します。あ、あの……」
「ん?」
「お、おお、おやすみなさいませっ」
「……」

 頬に何か柔らかいものが当たったと思ったら……まさか、カトリーヌにキスされるとは……。よっぽど恥ずかしかったのか猛然と走り去ってしまった。シャイかと思えば大胆。女の子ってよくわからんな。……しかしファルナスってモテるんだな。まさか自分に嫉妬することになるとは思わなかった。

 ――ドン、ドンドンドンッ。

「……」

 またか……今度は誰だ?

「よう、ケイス」
「……なんだ、ルザークか。何か用か?」
「ちょっと頼みがあるんだけどよ」
「ああ」
「俺と付き合ってくれないか」
「……ん? どこに行くんだ?」
「いや、そういう意味じゃねえ。恋人同士になろうってことよ」
「……そうかそうか」

 笑って扉を閉めたがすぐ開けられてしまった。ルザークのやつ、なんか凄く真面目な顔しちゃってるし、冗談にしては結構きついな。

「冗談だと思ってるんだろ? 本気なんだ……」
「……ルザーク、酔っぱらってるのか?」
「いや、酒は飲んでない」
「……」

 ぞわっと来た。こいつ、別の意味でも両刀使いだったのか……。

「……す、すまん。俺は男に興味はない」
「俺だって興味ねえよ」
「はあ?」
「とにかく聞いてくれ。俺はな、昔から男みたいな女が好きなんだ」
「……アザレアってのがいるだろ」
「……あいつは勝気なほうだが、結局は女なんだよ。俺の理想はなあ、体は完全な女だが、心は完全な男。それを唯一かなえてくれるのはお前だけなんだよ」
「そ、それはそうかもしれんが……」
「ミケちゃんでもエリンでもいい。どっちかに意識を送って俺の恋人になってくれ! なんなら夜だけの関係でも構わねえからよ!」
「お、お前なあ……そんなの嫌に決まってるだろ!」
「……そうか、わかった」

 なんだ、あっさり引き下がった。わかってくれたならいいが……。

「今回は引き下がるが、俺は絶対に諦めないぜ」
「……え……」
「お前が女どもに意識を【転送】することがこれから先もあるかもしれねえだろ。そのときに俺のテクニックで口説き落として――」
「……」

 ルザークが話し終わる前に扉を閉めて施錠した。なんか余計な心配が増えちゃったな……。
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