上 下
34 / 47

第三十四話 極めて重大な事態だ

しおりを挟む
 エドガータワー、8階層の洞窟を、僕らは奥へ奥へと進んでいく。

 この階層の特徴の一つがトラップだけど、もう一つある。

 それがモンスターの岩人間で、奥に近づくにつれてエンカウント率が上昇してきた。

 岩人間は遠くからだと人間とまったく見分けがつかないみたいで、それが出現するたび、索敵した盗賊ロランが『だ、誰か来やすぜ!』と泳いだ目で叫んでいた。

 それでも、攻撃することに躊躇する必要はない。何故なら、回復術師の僕がいるから。

「ふむ。ゆけ……!」

 魔術師ジェシカの氷魔法が炸裂し、やつらが飛び掛かってきたときにはもう氷の彫像を披露していた。

 僕がアドバイスがした影響も少しはあるのか、大分焦りが消えて詠唱がスピーディーになった気がする。

 気持ちの部分っていうのは魔術師にとっては思いのほか重要で、精神に問題があると詠唱速度だけでなく威力にも影響してくるので注意が必要なんだ。

 実際、【超越者たち】時代の話だけど、魔術師リシャがカリカリしてるときは顕著にその傾向が出ていた。

 モンスターの群れを氷化させるのが遅れた結果、戦士クラフトがその分ダメージを受けて割を食ってたし、威力も落ちてモンスターが残ることも多かったんだ。

 そういうこともあって、岩人間が現れても僕たちは慌てることなく冷静に対処することができていた。

「そこへは行かせません……!」

 剣士レビテも、あっちこっち動きすぎずに僕ら後衛に近づいてくるモンスターを切り伏せてくれるので助かる。

【超越者たち】時代、同じく剣士のディランは効率重視で前を走りすぎて、それで他のメンバーが追いつけないなんてことも多かった。

「――ふう。色んな意味で疲れたけど、いい感じだな」

 ベホムが心地よさそうに汗を拭う。それは他のみんなも同じようで、僕を含めて頷いていた。

「気力が消耗したなら、ピッケル様のエネルギーを減らさないためにも、わたくしのポーションがありますのよ、オホホッ! あ、その場合でもピッケル様が優先されますわ!」

 マリベルも自然と気が利くようになった。以前だと頼まれてから用意する感じだったのに。

 そうそう、いい感じだ。これでいいんだ。

 体だけでなく、心も動かす。慣れすぎず、緊張しすぎず。程よい緊張感と慣れが融合してこそ、パーティーの連携は上手くいくものなんだ。

 っと、そろそろボスルームが近づいてきたみたいだね。

 なんでそんなことがわかったかっていうと、奥に見える空間の天井に、魔法の鏡がついてるのがわかったからだ。

 その下には魔法陣があり、誰かがそこに乗ることでボスが登場してくるんだ。

 ってことは、いよいよ王様の天覧される時間が迫ってきたってことだ。ボスが登場するのも相俟って、さすがに緊張するなあ。

「「「「「……」」」」」

 それはみんなも同じみたいで、口数も大分減ってきた。

 ちなみに、ボスに関してはもう説明済みだし、どうやって戦うのかもあらかじめシミュレーションしてある。

 もちろん、実際に戦わないとわからないこともあるので、口頭でちょっと伝える程度なんだけど。

 それでもウルスリは7階までクリアした熟練したパーティーなので、そこまで心配はいらないはずだ。

「――き、来やすぜえええぇ!」

 僕らが魔法陣に立ってまもなく、ロランが興奮した様子で叫んだ。

「……ゴゴゴッ……」

 岩が動く音……いや、ボスの声が耳に届く。姿は見えないが、既に近くにいて僕たちを見ている。

 巨大な二つの眼球――双眸が、壁から覗いていたのだ。

 これぞ、エドガータワー8階のボス、ロックフェイスだ。

 壁の一部が見る見る変形して大きな拳の形に変わったかと思うと、こっちへ向かってきた。

「なんのっ……! ぐぐっ……⁉」

 拳を戦士ベホムが受け止めるが、壁際まで追い込まれて苦しそうだ。

 それもそのはずで、ターゲットが熟練の戦士じゃなければ容易く圧し潰せるくらいの圧力はある。

 ベホムが耐えてる間に魔術師ジェシカが火球を浴びせ、剣士レビテが怒涛の一撃を見せる。

「まだまだ、これも行きますわよ!」

 マリベルのアシッドボトル連打のおまけつきだ。この調子ならすぐ倒せそうな感じがする。

 僕はというと、臨機応変にベホムの体力や受けた傷を時間を戻す回復術で回復したり、ジェシカの気力を回復したりとやることも多い。

 壁にはボスの監視する目や攻撃するための巨大な拳、または息を吹きかけてバランスを崩すための大口が現れるが、遅延やリスタートの回復術等、事前に対策はできていたので楽に対処できた。

 ボスが後衛を狙いすまして攻撃してくるも、それはタンク役のベホムでしたってオチだ。

「――はっ……! な、なんかいやがります!」

「「「「「っ……⁉」」」」」

 ロランが発言した直後だった。

「うっ……⁉」

 その発言からまもなく、どこからともなく鋭い岩の塊が飛んできて、ジェシカのマントに命中したんだ。その途端岩が消えたことから、地の魔法であることがわかる。

「ジェ、ジェシカ、大丈夫か……⁉」

 これはまずい。ベホムがジェシカを庇おうと大きく動いてしまった結果、現れたボスの拳がベホムではなく、マリベルのほうに牙を剥いた。

「ひっ……⁉」

 拳が迫ってきて、怯えた様子で硬直するマリベル。彼女が拳を食らえばひとたまりもない。

 死んでもすぐに生き返らせることはできるとはいえ、押しつぶされた状態が続くとなれば話は別だ。

 復活させようとしてもエネルギーを無駄に消耗するだけになり、最悪マリベルが死んでエネルギーも使い果たした、なんてことになりかねない。これは途轍もなく重大な事態だ。

 こうなったら仕方がない。僕はスローモーションの回復術を使い、飛び込んで押し出す格好で彼女を救い出すと、そこから一秒も経たずにボスの拳が壁を殴った。

 スローモーションの回復術は、エネルギーを消耗するだけじゃない。しばらく休まないと回復しないほど、本当の意味で疲労してしまう。

 なので特製ポーションを飲んでも無駄ということでもあり、僕らは回復術に頼らずに戦わざるを得なくなった。

「――ゴオオオオォォッ……!」

「「「「「……」」」」」

 不利な状況を立て直そうと無我夢中で戦った結果、ボスの断末魔の悲鳴がこだまし、僕たちは安堵した顔を見合わせる。

 それにしても、一体誰がジェシカに地の魔法を?

 岩人間が攻撃してきた可能性もあるけど、何か妙だ。あまりにもタイミングが悪すぎる……。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

処理中です...