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第四三話 暗中模索
しおりを挟む教皇ユミルと枢機卿シュラークの二人が長い階段をおもむろに下りていく。その際、シュラークの足元からポタポタと血が滴り落ちていた。
『ウオォォォォンッ……』
悲しくも恐ろし気な咆哮が響き渡る中、薄暗い通路を歩いていた二人が突き当りにある真っ赤な鉄格子の前で立ち止まる。
「――さあ、あなたの好物ですよ。食べるのです」
『……』
鉄格子の扉の鍵を開け、信徒の遺体をもっと暗い空間に放り込むシュラーク。すると怯えたように片隅でうずくまっていた何かがムクリと起き上がり、信徒の遺体に飛び掛かると同時に凄まじい勢いで貪り始めた。
「まあっ、なんて素晴らしい食欲なのかしらっ……」
「……」
楽し気な表情を浮かべるユミルとは対照的に、眉間にしわを寄せて厳しい顔つきで鉄格子の向こうを見やるシュラーク。
「シュラークさん、何か考え事ですかあ?」
「……あ、失礼を、ユミル様……」
少し間を置いて反応したシュラークに対し、ユミルがはっとした顔になる。
「ま、まさか……シュラークさん、この子がコアだと考えているのではあ?」
「いや……この子はコアではないでしょう」
「あら、どうしてそう言い切れるのです……?」
「確かに見た目は怖いかもしれませんが、コアは最も暗い心を媒体とするとのことです。この子は敵に対してはともかく、私たちに対してはとても従順でいい子なので……」
「なるほどぉ。それなら大丈夫そうですねっ」
「はい――ゴホッ、ゴホッ……グフッ、グハアァッ……!」
そのとき、シュラークがこの上なく激しく咳き込み始めた。それは夢中で遺体を貪っていた何かが動きを止めるほどの迫力だったが、ユミルの表情は少し怪訝なものに変わる程度であった。
「あらあら……シュラークさん、大丈夫ですかあ?」
「だ、大丈夫です……。ユミル様、もしものときはこの子を解放し、不届き者に天誅を与えましょう」
「ふふ……久々にこの子を解放するのですね。相手が敵さんならしょうがないですけど、一体何人の方々が犠牲になってしまうのか想像もできません」
「これも全ては教皇様のためですから」
「そうですねえ。どうなるかはわかりませんけど、とりあえず存分に暴れ回ってもらいましょうっ」
ユミルの無邪気な笑顔に見守られながら、鉄格子の向こうではまたクチャクチャと遺体を貪る音がし始めるのだった……。
◆ ◆ ◆
「――ここが神殿で最も聖なる場所です、ハワード様」
「ここが……」
シェリーに案内され、俺たちはユミルの神殿の奥に位置するという至聖所までやってきていた。大きな金色の箱が中央に置いてあるのが目立つだけで、それ以外は特に何も見当たらない殺風景な部屋だ。
「うが……なんだか窮屈すぎて頭が痛くなるような場所です……」
「ひぐ……無味無臭っていうか、色んな匂いを何かに丸ごと封じられてるような感じがするのお」
「……」
ハスナとシルルの鋭い感覚までも狂ってしまってるようだ。それほどここが神聖なもの以外を許さないような荘厳な空気に満ち溢れてるってことなんだろう。
それにしても……ここまで来て妙だと思ったのが、確かに出てくるモンスターは人間の信徒たちに似ていてややこしいとはいえ凄く弱くて、『+256』もあった難易度からは想像できないくらいスムーズにここまで辿り着いたということだ。
ってことは、今までくみし易かった分、コアが相当手強いってことなんだろうか……? というか、本当に何もないような場所だな。謎の咆哮がした方角といい、神殿の最も聖なる場所といい、ここに教皇や枢機卿がいてもいいはずなんだが。
まさか、あの箱の中に隠れてるとか? いや、それはいくらなんでも安直な考えすぎる……ん、今なんか物音がしたような――
「「「「「――そこまでだっ!」」」」」
「「「「はっ……」」」」
大箱が開いたかと思うと、そこから武装した信徒たちが次々と飛び出してきた。全部で十人くらいだ。
「お、おい待て! 俺たちは敵じゃない――」
「――黙れっ、もう騙されんぞ!」
「そうだそうだ! それに俺は知ってるぞ、こいつはハワードといって勇者パーティーの一人だった男じゃねえか!」
「ハワードだと!? 鬼畜外道の勇者パーティーの言う事など誰が聞き入れるものかっ!」
「恥を知れっ! 祟りを恐れぬ外道どもめっ!」
「……」
ダメだ、取りつく島もない。困ったな……。ダンジョンをいち早く攻略することでコアの本体が死なないようにするために彼らの相手をしてる暇なんてないし、ここで気絶させたらこれだけの数の信徒をモンスターや勇者パーティーから守るために神精錬を施す必要が出てくる。
その上、戦えば心象をさらに悪くしてしまうというおまけつき。一刻の猶予もないっていうのに、俺たちはこの状況をどうやって乗り越えればいいというのか……。
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