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109.完璧の反対
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「ふんふんふん♪」
「「……」」
俺とバニルは、スピカの楽しそうな様子にいつしか視線を引っ張られていた。それもそのはずだろう。大ボスのファーストガーディアンと戦ってるのに鼻歌まで歌い始めたし……。
病み上がりとは到底思えない動きだ。バニルを凌駕するステップの巧みさ、一つ一つの動きが伏線のように回収されていく見事なカウンターアタック……。見ていて安心感すら覚えるほど、スピカは強者のオーラを放っていた。
あれだ。敵と戦っているというより、どちらかというと掃除をしているような感覚に近いんじゃないか? 相手が大ボスであることさえも忘却症で頭から消えていそうだと思えるほど、重圧というものを一切感じさせないのだ。これだけのスピードで攻めてくる相手にこれは凄すぎる。
「スピカが頑張ってる間に、バニル……」
急かすつもりはなかったが、どうしても聞きたかった。もちろん俺のエゴでもある。けど、たまにはこうした強引さも必要なときは絶対あると思うんだ。
「うん……。私ね、空洞症なんだ……」
「……く、空洞症?」
正直意外だった。俺はてっきり……。
「セクト、そんな意外そうな顔しちゃって……どんな病気だと思ったの?」
「か、完璧じゃないと気が済まなくなる感じの、完璧症とか? 潔癖症的な……。《補正》はあるけど、ミスを重ねて完璧さを損なうと発症して、時々力が入らなくなるとか」
「ププッ……」
「……」
「ごめん、笑っちゃって。そんな余裕ないはずなのに……」
「いや、全然いいよ、それくらい。そう気負うなって。今の俺たちには待つことしかできないだろ。こんな状況で突っ込めばスピカの負担になるだけだし……」
「うん。完璧症って思われるのは、多分私の能力のせいだね。実は逆なの。私、必要以上に頑張れない病気なんだ……」
「必要以上に頑張れない病気……か」
確かに思い当たる節は幾つかある。時々、明らかに手を抜いてるかのような動きをするときがあった。翳りのある表情とともに。あれは、空洞症っていう病気によるものだったのか……。
「ほら、ルシアが私について、熟練度をほとんど上げてないのにって言ってたでしょ?」
「……あ……」
そういやそんなこと言ってたな。てっきり忙しいからそっちに手が回らなかったんだと勝手に思ってたが。
「頑張れば頑張るほど発症する確率が上がって、実際に空洞症になると努力した分反動で動けなくなる時間が多くなるから、時々手を抜くとかして気を付ける必要があったの」
「なるほど……」
そういうからくりだったんだな……。
「だから、幼い頃に姉に鍛えられた頃の下地と、固有能力だけで持ってる感じ」
「なんでそんな病気に?」
核心に触れる部分だと感じたが、それでもここを乗り越えないと俺たちは前に進まない、そんな気がした。辛抱強く、うつむき加減のバニルの口から続きが語られるのを待つ。そこに強引さはいらない。ただ自然の流れに身を任せるだけだ。
「私ね、まだ小さかった頃、人を殺しちゃったの」
「……」
「それも、仲が良かった子を、この手で……」
彼女が見つめる手の平は、小さく震えていた。
「バニル、ゆっくりでいいから……」
「うん、ありがと……。でも大丈夫。私ね、あの狼峠からずっと北のほう、王都への玄関口って呼ばれてる商業都市ジュノンで私は生まれ育ったんだ。……小さいときからいつも転んでばかりでドジだったせいか、姉に剣術をやっておきなさいって言われて渋々教わってはいたけど、どっちかっていえば勉強のほうが好きで、冒険者になろうとかは思ってなかった」
「確かに、バニルは学者とかも向いてそうだな」
「それこそ向いてないよ。そこまで頭は良くなかったから……。私は病気がちだったお父さんのあとを継いで、錬金術師として生きるために薬学とかそっちのほうを勉強したかったの。お母さんが亡くなってずっと苦労してたから、支えてあげたくて……」
「そっか……」
確かにバニルには錬金術師が似合いそうだ。そういう雰囲気を持ってるし、固有能力【鑑定眼】もそれっぽい。
「ある日ね、仲の良い同級生の女の子に、剣の試合を申し込まれたの。姉がその筋では有名な人だったから、弟子の私と是非手合わせしてみたいって……。それで私は負けちゃったんだけど、相手にはそれが気に入らなかったらしくて……」
「どういうこと? 本気を出してなかったから、とか?」
「相手にはそう見えたみたい。私だってそういうつもりはなかったけど、普段仲の良い子のプライドを傷つけたくないからって、どこかで手加減してて、それが見抜かれちゃったのかもね。そのことで、あとで校舎の裏に呼び出されて言われたんだ。あたしには剣しか取り柄なんてないからってわざと負けたんでしょう。あなたはなんでもできるものね。でもあたしにはこれしかないしって。それで、本気にしてあげるって言われて、今度は殺す気でいくからって……」
バニルの表情に力がなくなっていくのがわかる。
「あなたもあたしを止めたいなら殺す気で来なさいって……凄い迫力で、逃げてもかわしても向かってきて……私、怖くて、夢中で戦って……気が付いたら……周りに人がいっぱい集まってて……血もいっぱいで……」
「バニル……」
バニルはそれ以上喋らなかったが、彼女が悪くないってことはよくわかった。その罪悪感から、空洞症にかかってしまったということも。
「「……」」
俺とバニルは、スピカの楽しそうな様子にいつしか視線を引っ張られていた。それもそのはずだろう。大ボスのファーストガーディアンと戦ってるのに鼻歌まで歌い始めたし……。
病み上がりとは到底思えない動きだ。バニルを凌駕するステップの巧みさ、一つ一つの動きが伏線のように回収されていく見事なカウンターアタック……。見ていて安心感すら覚えるほど、スピカは強者のオーラを放っていた。
あれだ。敵と戦っているというより、どちらかというと掃除をしているような感覚に近いんじゃないか? 相手が大ボスであることさえも忘却症で頭から消えていそうだと思えるほど、重圧というものを一切感じさせないのだ。これだけのスピードで攻めてくる相手にこれは凄すぎる。
「スピカが頑張ってる間に、バニル……」
急かすつもりはなかったが、どうしても聞きたかった。もちろん俺のエゴでもある。けど、たまにはこうした強引さも必要なときは絶対あると思うんだ。
「うん……。私ね、空洞症なんだ……」
「……く、空洞症?」
正直意外だった。俺はてっきり……。
「セクト、そんな意外そうな顔しちゃって……どんな病気だと思ったの?」
「か、完璧じゃないと気が済まなくなる感じの、完璧症とか? 潔癖症的な……。《補正》はあるけど、ミスを重ねて完璧さを損なうと発症して、時々力が入らなくなるとか」
「ププッ……」
「……」
「ごめん、笑っちゃって。そんな余裕ないはずなのに……」
「いや、全然いいよ、それくらい。そう気負うなって。今の俺たちには待つことしかできないだろ。こんな状況で突っ込めばスピカの負担になるだけだし……」
「うん。完璧症って思われるのは、多分私の能力のせいだね。実は逆なの。私、必要以上に頑張れない病気なんだ……」
「必要以上に頑張れない病気……か」
確かに思い当たる節は幾つかある。時々、明らかに手を抜いてるかのような動きをするときがあった。翳りのある表情とともに。あれは、空洞症っていう病気によるものだったのか……。
「ほら、ルシアが私について、熟練度をほとんど上げてないのにって言ってたでしょ?」
「……あ……」
そういやそんなこと言ってたな。てっきり忙しいからそっちに手が回らなかったんだと勝手に思ってたが。
「頑張れば頑張るほど発症する確率が上がって、実際に空洞症になると努力した分反動で動けなくなる時間が多くなるから、時々手を抜くとかして気を付ける必要があったの」
「なるほど……」
そういうからくりだったんだな……。
「だから、幼い頃に姉に鍛えられた頃の下地と、固有能力だけで持ってる感じ」
「なんでそんな病気に?」
核心に触れる部分だと感じたが、それでもここを乗り越えないと俺たちは前に進まない、そんな気がした。辛抱強く、うつむき加減のバニルの口から続きが語られるのを待つ。そこに強引さはいらない。ただ自然の流れに身を任せるだけだ。
「私ね、まだ小さかった頃、人を殺しちゃったの」
「……」
「それも、仲が良かった子を、この手で……」
彼女が見つめる手の平は、小さく震えていた。
「バニル、ゆっくりでいいから……」
「うん、ありがと……。でも大丈夫。私ね、あの狼峠からずっと北のほう、王都への玄関口って呼ばれてる商業都市ジュノンで私は生まれ育ったんだ。……小さいときからいつも転んでばかりでドジだったせいか、姉に剣術をやっておきなさいって言われて渋々教わってはいたけど、どっちかっていえば勉強のほうが好きで、冒険者になろうとかは思ってなかった」
「確かに、バニルは学者とかも向いてそうだな」
「それこそ向いてないよ。そこまで頭は良くなかったから……。私は病気がちだったお父さんのあとを継いで、錬金術師として生きるために薬学とかそっちのほうを勉強したかったの。お母さんが亡くなってずっと苦労してたから、支えてあげたくて……」
「そっか……」
確かにバニルには錬金術師が似合いそうだ。そういう雰囲気を持ってるし、固有能力【鑑定眼】もそれっぽい。
「ある日ね、仲の良い同級生の女の子に、剣の試合を申し込まれたの。姉がその筋では有名な人だったから、弟子の私と是非手合わせしてみたいって……。それで私は負けちゃったんだけど、相手にはそれが気に入らなかったらしくて……」
「どういうこと? 本気を出してなかったから、とか?」
「相手にはそう見えたみたい。私だってそういうつもりはなかったけど、普段仲の良い子のプライドを傷つけたくないからって、どこかで手加減してて、それが見抜かれちゃったのかもね。そのことで、あとで校舎の裏に呼び出されて言われたんだ。あたしには剣しか取り柄なんてないからってわざと負けたんでしょう。あなたはなんでもできるものね。でもあたしにはこれしかないしって。それで、本気にしてあげるって言われて、今度は殺す気でいくからって……」
バニルの表情に力がなくなっていくのがわかる。
「あなたもあたしを止めたいなら殺す気で来なさいって……凄い迫力で、逃げてもかわしても向かってきて……私、怖くて、夢中で戦って……気が付いたら……周りに人がいっぱい集まってて……血もいっぱいで……」
「バニル……」
バニルはそれ以上喋らなかったが、彼女が悪くないってことはよくわかった。その罪悪感から、空洞症にかかってしまったということも。
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