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91.漠然たる闇
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「……なっ……」
これが小ボス、なのか……。
その体長は、庭園の枯れ木を遥かに超えていた。人間を足で丸ごと踏み潰せそうなバカでかい亀が俺たちの前に聳え立っていたのだ。
黄色い縁取りの青い甲羅から覗く白い顎鬚を生やした頭は、既にやる前から勝負は決まってるとでも言いたげに悠然と俺たちを見下ろしていた。
その名もリトルエンペラー。いや、これのどこがリトルなんだと突っ込みたくなるレベルだ。
バニルによれば、ダンジョンではパーティー同士によるボスの争奪戦を防ぐため、その周囲には朦朧壁という見えない結界が張られ、ある程度接近しないと声や姿、振動、気配等が確認できないようになっているらしい。
なのでこれだけ広い第一層だと奪われる心配もなさそうだが、その前にまずこんなのを倒せるのかと心配になってしまうほどの大きさだった。
……お、ボスが足を上げた。
「「「「「わっ」」」」」
俺を含めてみんなの声が重なるほどの振動。動きは遅いが、やつがこっちに進んでくるたびに地面が揺れてバランスが崩れて倒れそうになった。あんなのに踏まれたらそれこそ命はない。
かなり大きいらしいよと事前にバニルから聞いてはいたが、それ以上の巨大さだったので驚いた。
ただ、彼女たちもボス戦は初めてというし、ギルドで誰でも閲覧できるマニュアル――メモリアルブックス――にはモンスターの大きさについて大型中型小型としか載っていないというから、これほどまでとは思わなかったんだろう。
リトルエンペラーにはこれといった弱点はないらしく、あくまでも手足や頭を根気強く叩くしかないのだそうだ。
『……』
こっちが呆然としている間にも亀が無言で迫ってくる。
やつは前にしか進まず、袋小路まで行くとワープするようになっているとのこと。そこまで遠くじゃないが、近くて充分な空間のある場所に。
とはいっても、朦朧壁がある以上探す手間まで出てくるから、なるべくワープさせずに倒したいところだ。正直、討伐するのにどれくらいかかるのかと不安にもなるが……。
◇ ◇ ◇
「そこまでだっ!」
「うっ……」
カルバネの剣先で太い顎を持ち上げられる、黒いジャケットに身を包んだ褐色肌の男。
寸前まで、足元に落ちた黒塗りの分厚い短剣――決して壊れないC級武器のアサシンダガー――を拾おうとする仕草を見せていたが、あきらめた様子で座り込む。
二人組の男が大広間でカルバネたちに襲撃を受けたわけだが、一人は【骸化】したカルバネに圧倒され、もう一人のナックルを装着した格闘家風の男はアデロたちによって一方的にやられて失神していた。
「稀に見る防御力の高さだったが、俺の能力の前には及ばん。睡眠付与ができるお前の仲間も、幻覚に惑わされて満足してしまったようだな」
カルバネたちは襲撃する前、まずは相手の出方を探ろうと自分たちが二人組に襲撃する姿をアデロの基本スキル《幻視》によって作り出したのだ。
ナックルの男は幻のカルバネたちに対し、余裕の笑みを浮かべながらもう全員眠りやがったという捨て台詞を残して立ち去ろうとした。これはピエールの基本スキル《呪言》によって、アデロの作った幻のカルバネたちが男の能力を反映した形でやられるよう、工作したためである。
そのあと彼らは基本スキル《変身》によって壁に変身したザッハに進路を阻まれ、背後から現れた残りの三人によって仕留められたのだ。
「おいらの《幻視》が今回も一番役に立ったな!」
「アデロさん、調子に乗らないでください。相手の能力がわかったのは、僕が《呪言》を使ったからなんですから」
「……違う。壁に《変身》した自分が目立ったおかげ……」
「「「あ?」」」
「もうよせ、お前たち。見苦しいぞ」
「「「は、はいっ」」」
「……」
その様子を見て、褐色肌の男は若干表情を緩めた。
「あ、あんたらはあいつらと違うみてえだな」
「あいつらってのは、『ウェイカーズ』のことか?」
「『ウェイカーズ』? あの鬼畜集団のパーティー名なのか……」
闇の世界では知名度が急上昇中の『ウェイカーズ』だったが、そんな恐るべき彼らもまだ新参パーティーではあるため、一般の冒険者の間では知らない者もまだ多かったのである。
「やっぱり遭遇してるみたいだな。俺たちはな、とりあえず暴れたかったってのもあるが、一番はそれについて話を聞きたかったというわけだ」
「話……?」
「そうだ。鬼畜集団のあいつらが何故お前たちを見逃したのか、それが聞きたい」
「それが……何故か見逃された。やつらに絡まれたと思ったらあっという間に制圧されて、うちのリーダーが生きたまま解剖されるのを見せつけられたときはどうなるかと思ったが……」
「そいつは酷いもんだな……。やつらについてほかのことは覚えていないか?」
「うちのパーティーで唯一の女が人質にされて、もう一人の仲間にあの鬼畜集団が何かを指示していたようだが……その内容まではわからない。すまん」
「わかった。もういい、俺の気が変わらんうちに消えろ」
「そっ、それじゃ失礼っ……」
男は落ちた武器のほうに手を伸ばし、倒れた仲間を背負ってよろよろと立ち去っていく。
「――カルバネさん、何か貰えばよかったのに。あいつの持ってた短剣とか結構高そうだったし……」
「いらんよ、あんなもの」
「アデロさん……リーダーは長剣使いですし、そもそもあんな弱いやつらから恵んでもらうなんて屈辱的ですよ。相手が可愛い女の子なら、そりゃ体くらいはいただきますがねぇ」
「……じ、自分も……」
「おいおい、ふざけんなピエール! 想像したら勃起しちまったじゃねえか! あー、早くレギュラー組のあいつらを真っ裸で並べて一人ずつやりてえ!」
「「「ごくりっ……」」」
「お前ら……少し気が早いぞ」
カルバネは呆れた表情を浮かべつつ細めた目で前を見据える。
「『ウェイカーズ』め。一体何を考えている……」
これが小ボス、なのか……。
その体長は、庭園の枯れ木を遥かに超えていた。人間を足で丸ごと踏み潰せそうなバカでかい亀が俺たちの前に聳え立っていたのだ。
黄色い縁取りの青い甲羅から覗く白い顎鬚を生やした頭は、既にやる前から勝負は決まってるとでも言いたげに悠然と俺たちを見下ろしていた。
その名もリトルエンペラー。いや、これのどこがリトルなんだと突っ込みたくなるレベルだ。
バニルによれば、ダンジョンではパーティー同士によるボスの争奪戦を防ぐため、その周囲には朦朧壁という見えない結界が張られ、ある程度接近しないと声や姿、振動、気配等が確認できないようになっているらしい。
なのでこれだけ広い第一層だと奪われる心配もなさそうだが、その前にまずこんなのを倒せるのかと心配になってしまうほどの大きさだった。
……お、ボスが足を上げた。
「「「「「わっ」」」」」
俺を含めてみんなの声が重なるほどの振動。動きは遅いが、やつがこっちに進んでくるたびに地面が揺れてバランスが崩れて倒れそうになった。あんなのに踏まれたらそれこそ命はない。
かなり大きいらしいよと事前にバニルから聞いてはいたが、それ以上の巨大さだったので驚いた。
ただ、彼女たちもボス戦は初めてというし、ギルドで誰でも閲覧できるマニュアル――メモリアルブックス――にはモンスターの大きさについて大型中型小型としか載っていないというから、これほどまでとは思わなかったんだろう。
リトルエンペラーにはこれといった弱点はないらしく、あくまでも手足や頭を根気強く叩くしかないのだそうだ。
『……』
こっちが呆然としている間にも亀が無言で迫ってくる。
やつは前にしか進まず、袋小路まで行くとワープするようになっているとのこと。そこまで遠くじゃないが、近くて充分な空間のある場所に。
とはいっても、朦朧壁がある以上探す手間まで出てくるから、なるべくワープさせずに倒したいところだ。正直、討伐するのにどれくらいかかるのかと不安にもなるが……。
◇ ◇ ◇
「そこまでだっ!」
「うっ……」
カルバネの剣先で太い顎を持ち上げられる、黒いジャケットに身を包んだ褐色肌の男。
寸前まで、足元に落ちた黒塗りの分厚い短剣――決して壊れないC級武器のアサシンダガー――を拾おうとする仕草を見せていたが、あきらめた様子で座り込む。
二人組の男が大広間でカルバネたちに襲撃を受けたわけだが、一人は【骸化】したカルバネに圧倒され、もう一人のナックルを装着した格闘家風の男はアデロたちによって一方的にやられて失神していた。
「稀に見る防御力の高さだったが、俺の能力の前には及ばん。睡眠付与ができるお前の仲間も、幻覚に惑わされて満足してしまったようだな」
カルバネたちは襲撃する前、まずは相手の出方を探ろうと自分たちが二人組に襲撃する姿をアデロの基本スキル《幻視》によって作り出したのだ。
ナックルの男は幻のカルバネたちに対し、余裕の笑みを浮かべながらもう全員眠りやがったという捨て台詞を残して立ち去ろうとした。これはピエールの基本スキル《呪言》によって、アデロの作った幻のカルバネたちが男の能力を反映した形でやられるよう、工作したためである。
そのあと彼らは基本スキル《変身》によって壁に変身したザッハに進路を阻まれ、背後から現れた残りの三人によって仕留められたのだ。
「おいらの《幻視》が今回も一番役に立ったな!」
「アデロさん、調子に乗らないでください。相手の能力がわかったのは、僕が《呪言》を使ったからなんですから」
「……違う。壁に《変身》した自分が目立ったおかげ……」
「「「あ?」」」
「もうよせ、お前たち。見苦しいぞ」
「「「は、はいっ」」」
「……」
その様子を見て、褐色肌の男は若干表情を緩めた。
「あ、あんたらはあいつらと違うみてえだな」
「あいつらってのは、『ウェイカーズ』のことか?」
「『ウェイカーズ』? あの鬼畜集団のパーティー名なのか……」
闇の世界では知名度が急上昇中の『ウェイカーズ』だったが、そんな恐るべき彼らもまだ新参パーティーではあるため、一般の冒険者の間では知らない者もまだ多かったのである。
「やっぱり遭遇してるみたいだな。俺たちはな、とりあえず暴れたかったってのもあるが、一番はそれについて話を聞きたかったというわけだ」
「話……?」
「そうだ。鬼畜集団のあいつらが何故お前たちを見逃したのか、それが聞きたい」
「それが……何故か見逃された。やつらに絡まれたと思ったらあっという間に制圧されて、うちのリーダーが生きたまま解剖されるのを見せつけられたときはどうなるかと思ったが……」
「そいつは酷いもんだな……。やつらについてほかのことは覚えていないか?」
「うちのパーティーで唯一の女が人質にされて、もう一人の仲間にあの鬼畜集団が何かを指示していたようだが……その内容まではわからない。すまん」
「わかった。もういい、俺の気が変わらんうちに消えろ」
「そっ、それじゃ失礼っ……」
男は落ちた武器のほうに手を伸ばし、倒れた仲間を背負ってよろよろと立ち去っていく。
「――カルバネさん、何か貰えばよかったのに。あいつの持ってた短剣とか結構高そうだったし……」
「いらんよ、あんなもの」
「アデロさん……リーダーは長剣使いですし、そもそもあんな弱いやつらから恵んでもらうなんて屈辱的ですよ。相手が可愛い女の子なら、そりゃ体くらいはいただきますがねぇ」
「……じ、自分も……」
「おいおい、ふざけんなピエール! 想像したら勃起しちまったじゃねえか! あー、早くレギュラー組のあいつらを真っ裸で並べて一人ずつやりてえ!」
「「「ごくりっ……」」」
「お前ら……少し気が早いぞ」
カルバネは呆れた表情を浮かべつつ細めた目で前を見据える。
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