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85.異質な空間
しおりを挟む「……」
あれからどれくらい経ったんだろうか……?
俺は暗い上に一人入るのがやっとな狭苦しい空間でじっと息を潜めていた。ここから出たくても出られずにいたのだ。
普段この《エアボックス》が別次元にあるためか、まったく周囲の気配を感じ取ることができないので、《成否率》を使ってパーティー『ウェイカーズ』の面子が小部屋にいる確率がどれくらいかを占っていたわけだが、何度やっても100という危険極まりない数値だったので、ひとまずスキルの使用をやめて黙々と時間が経過するのを待っているのだ。
おそらく、やつらからしてみたら俺が急にいなくなったのが信じられず、しつこく探し回っているってことなんだろうな。
……お、今調べてみたら100が0になっていた。とうとうあきらめてくれたか。ただ、それでも油断はできない。何故ならまだ近くを調べている可能性もあるし、向こうには探知能力があるはずで、俺が部屋に戻ったときに『ウェイカーズ』が来る確率も調べる必要があったからだ。
様々な危険要素が限りなくゼロに近付くまで辛抱強く待ち、俺はようやく《結合》を解いて自分と《エアボックス》を分離させた。俺が別次元に隠れたことで、やつらのうち誰かが所有しているであろう探知能力も機能しなかったらしい。
「――ふう……」
小部屋に戻り、なんともいえない安堵感、解放感に包まれる。
暖炉の火が消えかかっていたこともあり、ここも充分暗くて窮屈な部屋だというのに……。しかも、中央で折れ曲がったベッドや凹みと傷だらけの壁、破壊された椅子やテーブルに、床にこびりついた血痕まで……やつらが派手に俺を探し回った上に暴れた痕跡が色濃く残っていた。
まもなく《人形化》していたスピカの状態も解除された。やつらの気配はもちろんない。こちらの狙い通り上手くいったってことだ。あの最悪の状況では、絶対に見つからない場所に隠れるというのが最善の手段だったと思う。仲間を危険な目に遭わせてまでリスキーな戦いはしたくないしな。
さて……またこういう状況が来るときに備えて回避方法を復習しておくか。
俺はまずスピカを《人形化》して、それを持った俺が、一人収納するのが限界の《エアボックス》に入り、《結合》によって内部と接着したんだ。
彼女は倉庫に人形として収納されているという格好なのでその間元に戻ることはなく、スピカの人形を抱えた俺が異空間と《結合》で接着され、その効果が優先されたために俺たちが箱の外に戻るタイミングが失われた。これで、《結合》を解除しない限り延々と箱の中にいる状態が続くというわけだ。
自画自賛ながら、このピンチによくあんなアイデアをひらめいたもんだと自分に感心してしまう。これも厳しい修行の中で揉まれてきた結果か。
ただ、これで安心ばかりもしてられない。あのパーティーに広範囲の探知能力を持つ者がいるのはもう確かなわけで、いつまでもぐずぐずしていられないのだ。今の《成否率》じゃそこまで先のことは占えないわけだし、じっとここで待っていたらいずれまたやつらが舞い戻ってくる可能性は高いように思える。
それにしても、バニルたちは一体どこへ行ったんだろうか。まさか、『ウェイカーズ』の標的になって追いかけられてるとか……いや、それだけはないと思いたい……。
「――セクト、さん……?」
「あ……」
ようやくスピカがお目覚めだ。
「スピカ、熱のほうは大丈夫?」
おでこに手を当てると、熱はほとんど引いてるのがわかった。これなら無理を続けない限りは再発することなく快方に向かうだろう。
「えっとぉ……熱とは、一体なんのことでしょう。それにほかのみなさんは……?」
「スピカは風邪をこじらせちゃってここで寝てたんだよ。バニルたちは迷子のミルウをさがしに行ったんだけど、ミイラ取りがミイラになっちゃったんだ……」
「あらまあ……では《招集》をかけますねぇ」
「その前に、スピカ。風邪を引いたならちゃんと言わなきゃダメだよ」
「はーい。その……」
「ん?」
「わたくし、あれから反省したんです……」
「反省……?」
俺スピカに何かされたっけ? 一体なんのことなのか見当もつかないんだが。
「今までは目を背けてきましたが、これからはセクトさんのために胸を大きくできるよう、最大限の努力します。ですから、どうかあきらめないでください……」
「ちょっ……」
「いつか、セクトさんを驚かせてみせますよぉ」
「……」
なんで俺がスピカの胸の大きさに執着してるとかそういう話になるのかと突っ込みたくなったが、よく考えたらこれでいいのかもしれないな。彼女の心の隙間を、こんなくだらないことでも埋めることができるのなら。
「それじゃぁ、お散歩中のみなさんをお呼びしますねぇ。くすくすっ……」
呆れるくらい緊張感というものをまったく感じさせないのも、この子なりの世界観ががあるからなんだろうな。きっとこれで精一杯なんだ……。
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