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81.玩具の弄り方
しおりを挟む夜の刻には満月と希望が、朝の刻には霧と不安が、昼の刻には広大な面積と疲労が、夕の刻には恐怖のみが支配する。それがダンジョン――蒼の古城第一層――に初めて潜った者たちの間の常識である。
そんな靄の漂う中庭をもろともせず、ひたすら目指す場所へと行進するパーティーがいた。リーダーのグレスを始めとするルベック、ラキル、オランド、カチュアの計五人で構成されたパーティー『ウェイカーズ』である。
彼らは不安定な視界とは対照的に、いずれも晴々とした面持ちを携えて闊歩していた。
ラキルのBランク派生スキル《魔眼》は優れた探知スキルであり、探したい者をイメージするだけで、どんなに距離が離れていても不明瞭ではあるが場所がわかるのだ。
「ひひっ……久々に見るあの男がぁ、どんな間抜け面で迎えてくれるかぁ、実に楽しみだなぁ……」
「ですねぇ、グレス様……」
グレスの傍ら、微笑むカチュアの目に怪しげな光が宿る。
「あ、この前は四肢切断を提案しましたけど、それに加えてもう片方の目も潰しちゃったらどうですか?」
「んん、それは何故だぁ、カチュアぁ?」
「私、寒気がしてたんですよね。アレにずっと好意の目を向けられていたのは知ってたんですけど、正直気持ち悪くて仕方なくって、今思い出しただけでも鳥肌が立ちます……」
「ひひっ。それならぁ、片方の目もじわじわと刳り抜いてやろうぅ」
「わー、嬉しいですぅ」
「「ちゅー……」」
グレスとカチュアはたびたび立ち止まってはキスをするので、パーティーの一番後方に陣取る格好になっていたわけだが、そんな様子をちらちらと苦い顔で振り返りつつ、小声で会話する者たちがいた。一部の冒険者の間でそれぞれ赤い稲妻、クールデビルと呼ばれて恐れられているルベックとラキルである。
「で、ラキル。あとどれくらいなんだ?」
「あと少しかかるよ、ルベック」
「このままだとチキンのセクトに逃げられちまうんじゃねえの? 遅れた青春を謳歌してらっしゃるクソグレス様のせいでよ……」
「大丈夫だよ。こっちが近付いてるのはわからないはずだし、ぼんやりとしててどんな顔かまではわからないけど動かないのはわかるし」
「仲間に気配を読めるやつがいるかもしれねえだろ? まあ動かねえんだったら違うか。あいつ、狂戦士症だのあらゆるスキルがどうだの言って調子こきながらハーレム生活してたらしいぜ。あー、早くあのオモチャに生き地獄を見せてやりてえ……」
「あははっ。喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうしね。どんな風に料理してあげよっか?」
「決まってんだろ。ハーレムしてたんなら、そいつらの前でクソセクトにとことん惨めなことをさせてやろうぜ」
「いいねー」
「……ク、クククッ。それは最高だ。あのウスノロめが、自分がオモチャだということを自覚してすぐ死人のような無様な面になるはずだ……」
オランドはいつもより饒舌だった。
「おい、お前みたいにか? 腐ったみかんちゃん」
「うぇ……? お、俺……?」
「お前しかいねえだろうが。おい、お前調子に乗ってんなよ……」
「あっ……た、確かに今のオモチャは俺! マジスマン……ぐぎっ」
ゾンビとなり、自ら目玉を取り出してニヤリと笑うオランド。
「へっ……まあちょっとは面白かったから許してやる」
「あ、ありがたい……ククッ……。いいぞ、ウスノロセクト……お前のおかげで俺の運も上昇中だ……」
得意顔でブツブツと呟くオランド。リンチを受けずに済んだ自らの突飛な行為でさえも、セクトをオモチャにできることが生んだものだと好意的に捉えていたのである。
「――もうすぐだっ……。みんな、もうすぐだよ。ついにあのオモチャ箱と再会できるよ……」
ラキルたちは庭園を抜け、突き当たり付近の階段を上って回廊に差し掛かっていた。この頃にはグレスとカチュアも合流し、セクト捕獲作戦に向けての準備が始まっていたのである。
「オモチャ箱を開けたらどんなのが飛び出すか、ホント楽しみだぜ」
「ククッ……いきなりだとあのウスノロは狂うかもしれん……。だから、少しずつ上手にオモチャ箱を開けて反応を楽しむべきなのだ……」
オランドの目は見開かれ、真っ赤に充血していた。
「ひひっ。とはいえ、やつは狂戦士症だぁ。早めに何もできなくしてやる必要があるぞぉ……」
グレスがカチュアの胸元に顔を埋めながらくぐもった声を出す。
「はんっ……狂犬に噛まれないように気をつけないといけないですねぇ、グレス様ぁ……」
「うむぅ。まずはオランドぉ、お前が行けえぇ……」
「え……で、でも、俺では何もできないかと……」
「狂戦士症は時間制限がある上連続では使えない仕様だぁ。だからお前が時間稼ぎしろぉ……」
「そ、そんなぁ……。普通にグレス様がやれば済む話――」
「――んんぅ、逆らうのかぁ……?」
「ひ、ひいぃ……」
グレスに今にも触れそうなほど顔を近付けられ、ガタガタと震えるオランド。
「そそそ、そういうわけでは……」
「じゃあやれぇ……。殺すのは簡単だがぁ、生け捕りにするんだからぁ、囮で狂戦士症を使わせてから捕まえたほうが楽だろぉ、ボケえぇ……」
「は、はいっ! わかりまし……ぎっ!?」
「わかったならとっとと来いってんだよゴミ」
後ろからルベックに髪を掴まれて倒され、そのまま引き摺られていくオランド。
「やべでぐれ! いぐから! ちゃんといぐからあぁぁ! 抜けりゅっ……俺の毛が抜けりゅううぅっ!」
泣き叫びながらゾンビになるオランドは笑いの的であった。
「……ぢっ、ぢくしょう……セクトめが……。お前が……お前が全て悪いのだ……。だが、もうすぐだ……。もうすぐお前は俺が受けた屈辱の何倍もの痛みを味わう……」
派生スキル《麻痺》によって痛みは和らげることができたオランドだったが、髪の毛が抜けた精神的なショックによるものか、彼のセクトに対する憎悪は何故か増すばかりだった。
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