79 / 130
79.散らない記憶
しおりを挟む落ち着け落ち着け落ち着け、落ち着くんだ……。
浮き上がろうとする焦燥感や苛立ちを心の奥に沈ませながら、俺はそういったものが零れてしまわないようにそっとパーティーのほうに意識を傾けていく。
お、かなりぼんやりとだが見えてきた……男四人、女一人の五人パーティーだ。俺はその時点でルベック、ラキル、グレス、オランド、カチュアの五人を連想してしまい、呼吸が酷く乱れた。
「くっ……」
息が詰まりそうになって胸を押さえる。大丈夫、大丈夫だ……。
スピカがこういう状態とはいえ、俺にはバニル、ルシア、ミルウという頼りがいのある仲間がいるし、俺自身もそれなりに修練してきたという自負はある。胸に垂れ下がる五芒星を握りしめつつ、呼吸を整えて再び意識をパーティーへと持っていく。
……よし、今度はくっくりと見えてきた。痛みを派生スキルの《シール》によって最小限に抑えたことで、やつらの姿をはっきりと脳裏に浮かび上がらせることに成功したのだ。
……髪を逆立てた男、片目が隠れた男、長髪の男、筋肉隆々な男、とても長い髪の少女……接近してくるパーティーの情報が鮮明になっていくたびに、『ウェイカーズ』の面々との共通点が浮き彫りになってきて、心臓の鼓動がここから逃げ出したがっているかのようにどんどん速くなっていった。
「……」
先頭にいる男の逆立っている髪の色は……あ、あ、赤……? いや、青だ。赤いのはその次にくる、眼帯を掛けた男のほうの髪だった。
さすがに肝を冷やしたが、それで大分落ち着くことができた。髪の色だけなら染めることはできるが、ルベックのように吊り目でもなく、何より頬に短剣のタトゥーがないので別人だと断定できる。
次に来る長髪の男は陽気な感じのローブ姿の青年で、身だしなみもしっかりしていた。吐き気がするほど陰気で汚い格好のグレスとは正反対だし、とても長い髪の女性のほうも、一見清楚そうなカチュアと違っていかにも気が強そうな切れ長の目をしていた。
しかもお互いに仲がいい様子で、お喋りに夢中なのかみんな明るい顔でしきりに口を動かしていて、この小部屋につながる通路の前で一旦立ち止まったものの、先頭の髪を逆立てた男が回廊の先を指差したことが影響したのかまもなく通り過ぎていった。
「……違った。カルバネたちでも、それに依頼されたパーティーの『ウェイカーズ』でもないし、もう通り過ぎたよ」
俺の言葉でみんな一様にほっとした顔を見せた。無理もない。こんな狭い場所でスピカを守りながら戦う必要があるわけで、リスクを考えると戦闘に発展することだけは避けたかっただろうし……。
「びっくりした……」
「あたしもよ! 死ぬかと思ったわ!」
「あふぅ。漏れちゃいそうだった……今もだけどお……」
バニル、ルシア、ミルウが立て続けに安堵した声を発する。何気にルシアが元に……いや、夢想症になってる。困難を乗り越えたとはいえ、かなり重くて微妙な空気になっていただけに助かる。
「ちょっとミルウ、漏らすなら外でやりなさいよ!」
「そ、そのつもりだよぉ。行ってくるうぅ!」
「ちょ、ミルウ……」
俺が言い終わる前にミルウがそわそわした様子で部屋から飛び出していった。周りにモンスターがいないかどうか俺に聞いてから行ってほしかったが、今にも漏らしそうだったし仕方ないか。一応確認したがそんな気配はなかったので安心する。あと、徐々に遠ざかっていく例のパーティー以外に誰かいる気配もないしな。
「……う……」
「あっ……」
スピカの声がして、彼女が目覚めたんじゃないかと思ってベッドのほうに視線を移したんだが、寝言とともに寝返りを打っただけのようだった。
「……ディゼ……セクト……」
「……」
スピカの目元に涙が浮かんでいるのがわかる。
ディゼっていうのは、例の疎遠になったっていう幼馴染の名前だろうか? 忘却症によってどれだけ記憶を失っても、大切な思い出だけはずっと消えずに残るものなのかもしれない。俺はその代わりにはなれないけど、新しい思い出として彼女の中に少しでも残ってくれたらといい思っている。
「熱も一時よりは大分下がってるね。もう少し休んだらきっとよくなるよ」
バニルがスピカのおでこに手を当てている。彼女の声が少し小さかったのは、スピカを見て何か思うところがあったからなのかもしれない。俺にもカチュアという好きな子がいたし、ラキルのことを友達だとも思っていた。たとえそれが相手にとっては塵同然であっても、俺の思いは確かだった。
あんなことをされても、それでもまだ信じたいっていう気持ちが残っていた。人の思いっていうのは、自分が想像している以上にずっと純粋で気高いんだ。それを平気で踏みにじる輩を、俺は絶対に許してはいけない……。
8
お気に入りに追加
1,702
あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~
名無し
ファンタジー
突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。

外れスキル【転送】が最強だった件
名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。
意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。
失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。
そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。

道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。
名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。

目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。
桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明
まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。
そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。
その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

固有スキルが【空欄】の不遇ソーサラー、死後に発覚した最強スキル【転生】で生まれ変わった分だけ強くなる
名無し
ファンタジー
相方を補佐するためにソーサラーになったクアゼル。
冒険者なら誰にでも一つだけあるはずの強力な固有スキルが唯一《空欄》の男だった。
味方に裏切られて死ぬも復活し、最強の固有スキル【転生】を持っていたことを知る。
死ぬたびにダンジョンで亡くなった者として転生し、一つしか持てないはずの固有スキルをどんどん追加しながら、ソーサラーのクアゼルは最強になり、自分を裏切った者達に復讐していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる