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77.消えていくもの
しおりを挟む「忘却症……?」
「うん……」
いつかは言わなければならないことで、今が一番のタイミングかもしれないからとバニルが切り出してきた。
当の本人は後ろのほうでミルウと楽しく会話しながら歩いている様子。
「痴呆と違って、若い人……それもトラウマが原因で引き起こされるの」
「そうだったのか。まさか、スピカまで病気だったなんてな……」
「私もかもよ……?」
「お、おいおい……」
俺も狂戦士症だし、まるで病人のパーティーみたいだ。『インフィニティブルー』の由来って、もしかしてみんな何かしら病を持ってるからなのかもな。
「ふふっ……もしそうなら、私もそのときが来たら話すよ」
「あ、うん……」
バニルにも何かしらありそうだが、こっちから聞くのは怖い気がする。
「それより、今はスピカのことについて話すね。あの子、元々お嬢様で、しかも騎士だったの」
「スピカが騎士……?」
なんか想像できない。てっきりメイド一筋の子なのかと。でもよく考えたら、わたくしという一人称や料理が苦手なところとか、槍使いとか……騎士っぽいと思えるようなところも散見する。
「忘却症になるまでは性格もまるで違った……とか?」
「いや、凛々しい騎士さんを演じてはいたけど、中身は今のスピカだったからそれで無理しちゃって……」
「それで発症か」
「そう。スピカは自身と同じくらい高貴な血筋の人ばかりのパーティーに所属してたんだけど、頑張り屋さんなもんだからいつの間にかリーダーにまで抜擢されて、そこでみんなの期待に応えられるようにってもっと必死に頑張ってたらいつの間にか倒れちゃって、起きたときには忘却症になってたんだって……」
「なるほどな。頑張りすぎちゃったってわけか」
現在のスピカが素の状態なら、凛々しい騎士なんか演じ続けてたら色々とぶっ壊れそうだ。正直、少しだけ見てみたい気もするけど。
「そうだね。ただ、忘れちゃうのはほんの些細なことだけだし、頻繁に起こることでもないからそこまで心配はいらないかな」
「そっか、それならよかった」
「たまに、一日に二度もアルテリスの商店街に出かけて同じのを買ってきちゃったりとか、それくらいだよ」
「な、なるほど……」
そういや、スピカだけ留守番をさせられてたことがあったっけ。今が考えると、そういう事情もあったからなんだな。
「俺の顔を忘れちゃうとかはないよね?」
「ないない。それどころか、スピカったらセクトのことはどんなことでもちゃっかり覚えてるんだよ」
「えっ……」
ちらっとスピカのほうを見ると、目が合ってニコッと笑われた挙句手を振られた。なのに何か気まずくて俺はすぐ目を背けてしまう。本人の前でバニルとこういう話をしてる最中だしなあ。
「ど、どうしてだろ? 昔付き合ってた男に似てるとか?」
「惜しい……。よくちょっかいを出してきた幼馴染の男の子に顔や話し方が似てるんだって。その人は平民の子で立場があまりにも違ったから、一緒に遊ぶことを禁じられてそのまま疎遠になっちゃったそうだけど、その人みたいに小さいなーって言われて胸を揉まれたって、赤面しながら話してたよ?」
「うっ……」
あ、あれかあ。またとんでもないことを覚えてらっしゃる。
「セクトってエッチなんだねえ」
「あ、あれにはわけが……」
「言い訳しないの。男の子でしょ!」
「ル、ルシアの真似か……」
正直声色とか凄く似てて本物かとびっくりしたが、当の本人は虚ろな表情で歩いていた。
「ふふっ。似てたでしょ……」
「ああ、凄く――」
「――あふう……」
「「わっ……!」」
ミルウがまた膨れっ面で割り込んできて、俺はバニルと一緒に素っ頓狂な声を出してしまった。モンスターがまったく出てこないので平和だが、正直そろそろ来るんじゃないかという思いもあって若干神経質になってしまっていた。それはどうやらバニルも同じだったらしい。
「ミルウも混ぜてえ」
「大人の会話よ?」
「そ、そうだぞ?」
……俺もつい悪ノリしてしまった。
「ミルウも大人だもん――」
「――大変……」
次はルシアが割り込んできたわけだが、今までとは明らかに空気が違っていた。
「どうした、ルシア。何が――」
「――スピカが……」
「「「あっ……」」」
スピカに何が起きたのかと思って振り返ると、後方で彼女が頭を抱えてひざまずいていた。
「う、嘘だよ……。さっきまで普通にミルウと話してたのにい……」
確かにミルウの言う通り、スピカは俺にも笑顔を向けてきていた。でもよく考えたら顔は薄らと赤かったもんな。忘却症で自分の体調が悪かったことさえ忘れてた可能性もある。
「スピカ、俺の背中に――」
「――いえ、大丈夫です」
今のルシア、少しだけ雰囲気がいつもと違ったような。自分が迷惑をかけている恐れがあると感じて、凛々しい騎士を演じてた頃のような面が出てきたのかもしれない。
「くっ……」
立ち上がろうとするもよろめくスピカ。おでこに軽く触れてみたが、酷い熱だった。息も荒い。
「……セク、ト……スピカのことなら、大丈夫……」
「あれ?」
ルシアの言う通り、スピカが立ち上がって普通に歩き始めた。まさかこれって、ルシアの派生スキル《追従》ってやつか。スピカは気を失った様子で目を瞑っていたが、しっかりした足取りで俺たちについてきていた。便利なスキルだな。ちと不思議な感じはするが……。
「……本人、体力……消耗しない……だから、平気……」
「そ、そうか」
ルシアから補足があってほっとした半面、俺は前を向いて歩き出すも、どうしても心配になって時々振り返りそうになるのだった。
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