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62.父と子

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「……」

 俺は頭を撫でられて初めて、すぐそこにベリテスがいることに気付いた。

「行ってくるぜ、セクト」

 いつもの明るい調子の声が降ってくる。

 俺もベッドに横たわったまま声を出そうとしたり上体を起こそうとしたりしたが、どうしてもできなかった。あれ……? 意識はあるのに体を動かすことができない、金縛りのような感覚だった。それだけ疲れているからだろうか。よくわからないが、夢じゃないことだけははっきりとわかる。この男の存在感がそうさせていたのだ。

「見送りになんか来られると照れるからな。許せ」

 やる気スイッチを入れる、バトルモードになるとか人を遠ざけるようなことを言ってたくせに、リーダーはいつもと全然変わらない調子だった。きっと、バニルたちにも同じようにこうして挨拶して回ってたんだろう。照れるからと見送りに来させないようにした上で自ら挨拶してくるなんて、なんともベリテスらしいと思う。

「お前さんがここまで強くなってくれて嬉しくてな。まるで俺の本当の息子みたいで……」

 優しくも力強く語りかけてくるベリテスの声は、妙に安心感を覚えるものだった。

「俺には本当の父親がいなかったが、義理の父はいたんだ。元冒険者だったらしいが、ほぼ毎日酒を浴びるように飲んで暴れるしおふくろをいじめるしで、とんでもなく嫌な野郎だった。こんな大人にだけはなるもんかって思ったもんだよ。でも、たまに優しくしてくれたときは嬉しくてなあ……。酒が入らなきゃ結構いい人だったんだが……」

「……」

「まさかその頃は自分がこんな風に酒飲みになるなんて、これっぽっちも思ってなかった。でも、大人になって酒に溺れる気持ちも理解できるようになったんだ。だから、疎遠にはなってたが少しは親孝行してやろうって思ってたら、親父は酒場でどこかのならず者にぶっ殺されちまった。いずれは俺もそうなるのかもなあ。せめて死に場所は冒険者らしくダンジョンでありてえもんだが……」

 ベリテスは静かに笑っていた。

「セクト、これだけは忘れるな。本当に失っちゃいけねえものは、手でも目でもない。なんだと思う?」

 心……? そう思ったが、それだと安易すぎるかな。

「どうせ心だって思ったろ? がははっ。酒と巨乳に心を奪われちまってる俺がそんなこと言えるわけねえよ。本当に大事なもの……それはな、命だ」

「……」

「あぁ、死んじまったら終わりだ。死ななきゃチャンスはある。だから、守れ。お前の命、仲間の命……何がなんでも、泥臭くてもな……」

 うなずきたくてもできないのが悔しい。でも、ベリテスがどうして命を選んだのかはわかる気がした。彼の愛する奥さんはそれだけベリテスのことを一途に思ってたからだろうけど崇高な心を選び、その結果命を落としたわけだから……。

 それに、俺だって崖から落ちてあのまま死んでいたら、こうしてベリテスやバニルたちに会うこともなかったんだし、命だけはなくしちゃいけないものだというのはよく理解できた。

「……それじゃ、そろそろ行かせてもらう。じゃあな、セクト。次に会うときは仲間……相棒として会えるのを期待してるぜ」

 ベリテスがいつの間にかいなくなったことに気付いたのは、それからしばらく経ってからのことだった。しっかり話を聞いているのに、俺は浅くも眠っている感覚があって心地よかった。

 ベリテスの相棒、か……。本当になれるのか不安だ。補欠から脱してもまだずっと距離を感じるのに、彼と肩を並べられるようになるのは一体いつになるんだろうと、果てしなく長くて険しい道のりを感じてしまう。

 それでも挑戦したいと思えるのは、それだけ彼の中に得体の知れない奥深さをひしひしと感じるからだ。冒険者の心をくすぐるような彼の命の躍動感は、お宝にすら見える輝きを放っていた。

 リーダーの期待に応えたいというより、絶対にベリテスを越えてやる、攻略してやるんだという熱い気持ちがなければ決して追いつけないと思うし、彼も喜ばないだろう。

 お互いに命を預けられるような仲間になるためにも、俺は自分を越えていかないといけない。気が付けば何かに怯えて壁を作ろうとしている自分を超えることこそ、冒険者としての真の姿なんだって、きっとそう思うから。

 これから果てしないことに挑戦するためにも、どんどん命を鍛えていかないとな。いつしか、俺の意識は一足先に眠りの迷宮の深層へと潜ろうとしていた……。
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