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50.はじまりの刻

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「……」

 俺は宿舎の広間で目を強く瞑り、座った状態でバニルたちに背を向けていた。

 今から、Bランクまで磨かれた俺の気配察知能力がどれだけの威力を発揮するか実験するところだった。

 普通の察知レベル――Dランク――だと、自分の近くにいる生き物が人間かどうかとか、大雑把な距離や数くらいしかわからないが、これがCランクになると具体的に誰がどの辺にいるのか実際に見ることなく判断でき、さらにBランクまで到達すると、誰がどんな行動をしているかまで朧気だが理解できるようになるのだ。

 さすがに表情だとか、どんな服であるとかまでは判別が難しいが。もしそれができるようになればAランク以上になるだろうし、リーダーのベリテスの気配もすぐ近くならほんの少しは感じられるようになるかもしれない。

 あの人の場合、気配隠蔽能力がSSSランクで、しかも数値が異常に高くてランクじゃ計り知れないレベルらしいから化け物だ。

「――今後ろにいるのは……ミルウ?」

「せいかーい! じゃあ、どんな恰好してる?」

「……うっ……」

 なんかのっぺりしてて体の輪郭がやたらとはっきりしてるな。これは、まさか……。

「……は、裸?」

「そうだよぉ。セクトお兄ちゃん、すごーい……」

「ミルウ……実験のためとはいっても、そこまでしなくても……」

「えへへぇ。直にミルウのお尻撫でてみるぅ?」

「おい……」

 やっぱり俺はまだまだ弄られ役らしい。

「はいはい、変態のお子様は強制撤去するわよ!」

「あふっ……」

 ルシアの怒鳴り声とともにミルウが背後からいなくなるのがわかる……って、今ミルウの裸が脳裏にかなり鮮明に浮かぶとともに、がっかりしたような表情までわかった。

 つまりこれは、ついさっき気配察知能力のランクが上昇してAになったということなんだろうか。

「くすくすっ……セクトさんはそこまではっきりとは見えないみたいですから大丈夫ですよー」

「じゃあ、私も脱いじゃおうかな……」

「まあ。バニルさんったら。では……わたくしもお供しますっ」

「うっ……」

 なんでそうなるかなあ。

「そ、それならあたしだって脱ぐわよ!」

「あふぅ。負けないもん。脱ぐのはミルウの専売特許だもん!」

 いや、勝つとか負けるとかそういう問題じゃ……。

「「「「あはんっ……」」」」

 おいおい、おいおい。みんなが脱いでるところがはっきり見えてるんだが。これはあれか、拷問か。って、何集中しまくってるんだ俺。どれだけ心を鍛えようが本能には逆らえないっていうのか……。

「「「「見てぇっ……」」」」

「お……おいいいっ! いい加減にしろって!」

 堪らず広間から逃げ出してしまったわけだが、その際にみんながきょとんとした表情を浮かべるところまでわかった。色んな意味で集中しすぎて頭に血が上ったせいか鼻血が出そうだ。冷静になれ、俺。

 ……そうだ。石板でランクが上がってるかどうか確認しよう。

「お……」

 薬指を窪みに当てると、やっぱり気配察知能力がBからAランクに上がっているのがわかった。

 この短期間でFランクからここまで熟練度が上がったわけだから素直に自分を褒めてやりたいところだ。冒険者ランクも狼峠の薬草採取イベントのクリアでCになったし、あとは基本スキルを習得することだけだな。明後日には湖のダンジョン――蒼の古城――が解放されるみたいだし、早く覚えたい。

 それに直結する心身の総合能力は、昨日確認したときDだった。俺たちが潜る予定の第一層は明々後日に開くとはいえ、準備も大事だろうしなんとかこれを明後日までに上げてCにしないと。

 俺は中指を窪みに当ててもう一度見てみることにした。全体の指標で足りないのは多分心の部分だ。これを上げていけば……って、あれ? 心はほかの数値と並んでるし、総合能力もCになってる。

 これはあれか。一晩ゆっくり休んで体力がそれなりに回復したのと、みんなが裸になったことで俺の心が癒され……いや、鍛えられたことが原因だろうか。

「あっ……」

 ……ってことは……?

 俺ははっとなって窪みに親指を置いたわけだが……あった。

 固有能力【変換】の下に、基本スキル《スキルチェンジ》の文字が……。まばたきしつつ何度も見返したが、幻なんかじゃなかった。本当に、今まで長かった。これでようやく俺もスタートラインに立てたんだ……。

「おーい――」

「「「「――おめでとー!」」」」

「……えっ……」

 習得したことを伝えに行こうとしたときだ。既にみんなが周囲にいて、しかもまだ裸だったことに気付いてしまった。

「うはあっ!?」

 してやられた。気配察知能力についてはもちろん、俺は男としての立場もまだまだらしい。
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