37 / 130
37.狂気と渇望
しおりを挟む
夜の刻から朝の刻に変わろうとする頃、冒険者ギルドの前は騒然となっていた。
それもそのはずか。ギルド内で暴れていたならず者の俺が、これからパーティー『インフィニティブルー』のリーダー、ベリテスによって処刑されようっていうんだからな。
でも、それでいいんだ。今の俺に失うものなんて何一つありはしない。結局呪われていたんだろう。前世も含めて俺の人生は最初からこうなる運命だった。ただ、一方的だと気が引けるだろうから少しは抵抗するつもりだ。
俺は路地裏に落ちていた銀の短剣を拾い上げてベリテスと対峙する。
「さて、いっちょ暴れてやるとすっかあ」
「……」
ベリテスが帽子とマントを豪快に脱ぎ捨てたとき、俺は一際右肩のほうに視線を追いやられた。肩から下がごっそりなかったからだ。
なるほど、バニルたちが右手のない俺と違和感なく接していた理由はここにもあったか。やつは左手で顎の無精髭を掻いたあと、腰に下げた剣を素早く抜いてニヤリと笑った。
「そんな面してどうした? こんなの別に珍しくねえよ。ほれ、武器だ」
カランという乾いた音ともに俺の足元に長剣が横たわる。
「……これは?」
「そんな短剣じゃ物足りんだろう」
「それじゃ、あんたは……?」
「俺は素手でいい。それと、そのペンダントも外せ」
「えっ……」
「おいおい、なんだよその意外そうな反応は。お前さん、もう失うものなんてないって言いたげな追い詰められた面をずっとしてたのによ」
「……そうだ。俺にはもう、何もない……」
俺はどうせこれから死ぬ運命。狂戦士となり、大いに暴れ回って惨めな人生に相応しい最期を遂げるんだ。
「覚悟ができたんなら来い」
ベリテスが指をくいくいとやり、俺は短剣を仕舞うとベリテスが投げた長剣を拾い上げた。
やつのお望み通りこれで戦うとするか。リーダーを殺せばもうパーティーに復帰なんてできないし、負ければそのまま殺されるんだろうし、どっちにしろようやく楽になれる。俺は全てのしがらみから解放されるんだ……。
歓声が上がる中、俺は薄暗い空に向かってペンダントを投げ捨てた。まもなく何も見えなくなったが、俺の心は狂気に満たされて酔うかのようだった。このまま死ねるのなら最高だ。
「オォォォ……」
俺の体はことのほかよく動いた。前よりもずっと機敏に。これは、剣を持っているからなのかもしれない。鬼に金棒、水を得た魚といったところか。
俺は目の前にいる獲物に傷を負わせるためだけに動いていた。どよめきや悲鳴が虫けらの鳴き声のようでまったく気にならない。
「……なるほど、こりゃあすげえな。無駄な動きが一切ないし狂戦士というだけある」
この獲物を早く踏み潰したい。なのに、やつはよく動いて俺の周りをおちょくるようにうろつく。何故だ。何故捉え切れない……? 捉えたと思っても、そのたびに相手の避ける動作が急に素早くなって空振りしていた。
「俺を殺すにはスピードが少し足りねえな。器が狂気に負けちまってる」
「ォォオォ……」
早く血を啜りたい、肉を喰らいたい、骨をしゃぶってやりたい。無理な動きをしすぎたせいか最早体の感覚がないが、そんなのは関係なかった。ただ獲物をしとめて血飛沫を浴びるイメージしか浮かばなかった。
「ぬ、ぬうぅ……。凄いな、これは。体が壊れても一切構わないという無茶な動きがこれほどまでに厄介なのか……」
それ以降、獲物は声を発さなくなった。もう少しだ。もう少しで獲物の体を堪能できる。
「――うっ……?」
気が付くと、俺は地べたにいて体をまったく動かせなくなっていた。常に目が回るような感覚と吐き気の中、誰かの足が目と鼻の先にあるのがわかる。
俺は……負けたのか……。
「残念ながら時間切れだったな。でも最高に危なかったぜ……」
「……あ……」
そうか。先に狂戦士症の効果が切れてしまったらしい。もうちょっとで殺せるという手応えはあったから、その言葉に嘘はないんだろう。
「お前さんの体、ズタボロだからしばらくは後遺症で動かすこともできんだろう」
「……こ、殺して、くれ……頼む……」
もういいんだ。後遺症とかそんなの関係ない。ここで死ねばもう体を動かす必要もなくなる。
「そんなに死にてえのか? もったいねえなあ。俺はお前とは違って、この世から酒と巨乳とベッドが尽きるまでは絶対に何があろうと生きてやるぞ」
「……」
このベリテスという男、滅法強いのにやたらと緊張感のないやつだな……。
それもそのはずか。ギルド内で暴れていたならず者の俺が、これからパーティー『インフィニティブルー』のリーダー、ベリテスによって処刑されようっていうんだからな。
でも、それでいいんだ。今の俺に失うものなんて何一つありはしない。結局呪われていたんだろう。前世も含めて俺の人生は最初からこうなる運命だった。ただ、一方的だと気が引けるだろうから少しは抵抗するつもりだ。
俺は路地裏に落ちていた銀の短剣を拾い上げてベリテスと対峙する。
「さて、いっちょ暴れてやるとすっかあ」
「……」
ベリテスが帽子とマントを豪快に脱ぎ捨てたとき、俺は一際右肩のほうに視線を追いやられた。肩から下がごっそりなかったからだ。
なるほど、バニルたちが右手のない俺と違和感なく接していた理由はここにもあったか。やつは左手で顎の無精髭を掻いたあと、腰に下げた剣を素早く抜いてニヤリと笑った。
「そんな面してどうした? こんなの別に珍しくねえよ。ほれ、武器だ」
カランという乾いた音ともに俺の足元に長剣が横たわる。
「……これは?」
「そんな短剣じゃ物足りんだろう」
「それじゃ、あんたは……?」
「俺は素手でいい。それと、そのペンダントも外せ」
「えっ……」
「おいおい、なんだよその意外そうな反応は。お前さん、もう失うものなんてないって言いたげな追い詰められた面をずっとしてたのによ」
「……そうだ。俺にはもう、何もない……」
俺はどうせこれから死ぬ運命。狂戦士となり、大いに暴れ回って惨めな人生に相応しい最期を遂げるんだ。
「覚悟ができたんなら来い」
ベリテスが指をくいくいとやり、俺は短剣を仕舞うとベリテスが投げた長剣を拾い上げた。
やつのお望み通りこれで戦うとするか。リーダーを殺せばもうパーティーに復帰なんてできないし、負ければそのまま殺されるんだろうし、どっちにしろようやく楽になれる。俺は全てのしがらみから解放されるんだ……。
歓声が上がる中、俺は薄暗い空に向かってペンダントを投げ捨てた。まもなく何も見えなくなったが、俺の心は狂気に満たされて酔うかのようだった。このまま死ねるのなら最高だ。
「オォォォ……」
俺の体はことのほかよく動いた。前よりもずっと機敏に。これは、剣を持っているからなのかもしれない。鬼に金棒、水を得た魚といったところか。
俺は目の前にいる獲物に傷を負わせるためだけに動いていた。どよめきや悲鳴が虫けらの鳴き声のようでまったく気にならない。
「……なるほど、こりゃあすげえな。無駄な動きが一切ないし狂戦士というだけある」
この獲物を早く踏み潰したい。なのに、やつはよく動いて俺の周りをおちょくるようにうろつく。何故だ。何故捉え切れない……? 捉えたと思っても、そのたびに相手の避ける動作が急に素早くなって空振りしていた。
「俺を殺すにはスピードが少し足りねえな。器が狂気に負けちまってる」
「ォォオォ……」
早く血を啜りたい、肉を喰らいたい、骨をしゃぶってやりたい。無理な動きをしすぎたせいか最早体の感覚がないが、そんなのは関係なかった。ただ獲物をしとめて血飛沫を浴びるイメージしか浮かばなかった。
「ぬ、ぬうぅ……。凄いな、これは。体が壊れても一切構わないという無茶な動きがこれほどまでに厄介なのか……」
それ以降、獲物は声を発さなくなった。もう少しだ。もう少しで獲物の体を堪能できる。
「――うっ……?」
気が付くと、俺は地べたにいて体をまったく動かせなくなっていた。常に目が回るような感覚と吐き気の中、誰かの足が目と鼻の先にあるのがわかる。
俺は……負けたのか……。
「残念ながら時間切れだったな。でも最高に危なかったぜ……」
「……あ……」
そうか。先に狂戦士症の効果が切れてしまったらしい。もうちょっとで殺せるという手応えはあったから、その言葉に嘘はないんだろう。
「お前さんの体、ズタボロだからしばらくは後遺症で動かすこともできんだろう」
「……こ、殺して、くれ……頼む……」
もういいんだ。後遺症とかそんなの関係ない。ここで死ねばもう体を動かす必要もなくなる。
「そんなに死にてえのか? もったいねえなあ。俺はお前とは違って、この世から酒と巨乳とベッドが尽きるまでは絶対に何があろうと生きてやるぞ」
「……」
このベリテスという男、滅法強いのにやたらと緊張感のないやつだな……。
22
お気に入りに追加
1,702
あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~
名無し
ファンタジー
突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。

外れスキル【転送】が最強だった件
名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。
意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。
失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。
そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。

道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。
名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明
まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。
そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。
その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

固有スキルが【空欄】の不遇ソーサラー、死後に発覚した最強スキル【転生】で生まれ変わった分だけ強くなる
名無し
ファンタジー
相方を補佐するためにソーサラーになったクアゼル。
冒険者なら誰にでも一つだけあるはずの強力な固有スキルが唯一《空欄》の男だった。
味方に裏切られて死ぬも復活し、最強の固有スキル【転生】を持っていたことを知る。
死ぬたびにダンジョンで亡くなった者として転生し、一つしか持てないはずの固有スキルをどんどん追加しながら、ソーサラーのクアゼルは最強になり、自分を裏切った者達に復讐していく。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる