18 / 130
18.小さな煌めき
しおりを挟む「……起きろ、セクト……」
「うっ!」
顔に冷たい感触がするのと同時に異臭がして飛び起きる。
「……ざ、ザッハ……?」
「……ククッ……」
前屈みでニヤリと笑う、桶を持った長身の男ザッハ。その後ろにはランプを持った長髪の男ピエールと、鍵をくるくると指先で回す小柄な男アデロもいた。一様に薄気味悪い笑みを浮かべている。闇を映す窓を見てもわかるように、まだこんな暗いうちから俺に一体なんの用事なんだ。
今いる俺の個室は一人しか眠れないくらい狭くて、それも膝を折り曲げないと足が扉に当たるほどだった。その上、壁が薄いのか騒ぎ声やら豪快ないびきやらで寝るのに時間がかかったというのに、こんな早くから起こされるなんて。
「こんな時間に一体……」
「ああ!? おめー新入りのくせに口答えする気かよ!」
アデロの大声で耳鳴りがする。
「そ、そんなつもりは……」
「だったらさっさと湖に水を汲みに行けアホ! それが新入りの仕事だ! おめーが浴びてわかったように水が汚れてるんだよ!」
「アデロさんの言う通りです。はあ……さっさと起きるのですよ、お間抜けさん」
「……起きろ、カス……」
「うがっ、がはっ!」
アデロ、ピエール、ザッハの三人から立て続けに足蹴にされる。それは正直大したことがなかったが、否応なく崖から落とされたあの日が浮かんできて、俺は胸元を襲う激しい痛みに頭がおかしくなりそうだった。
「……わ、わかった……。わかったからもうやめてくれ……」
フラフラになりながら立ち上がると、みんなにこやかに俺を見ていた。
自分より下だと思う者――奴隷――を見るとき、人は決まってみなこういう顔をする。本当に幸せそうな表情を浮かべる。奴隷が少しでも生意気だと思えば、途端に豹変して全力で踏みにじろうとする。どんな手を使ってでも。それこそが人間なのだ。
そんなものを信じようとする俺はとことん甘いのかもしれない。ペンダントを握りしめる手が震えた。これを外せば、俺は楽になれるんだろうか……。
「湖はあっちの方角だ! 間違えんじゃねえぞ!」
「早く帰ってこなければまたボコりますよ」
「……急げ、無能……」
「……」
桶を手に、背中に罵声を浴びながら暗い森を歩く。結局俺はペンダントを外すことができなかった。人間の本質はわかってるのに。
お人よしは死んでも治らない。奴隷は一生奴隷。そんなネガティブな言葉が脳裏に浮かぶも、必死に振り払う。バニルたちに駒扱いされていたとしても、俺は恩を返すつもりだ。それからは一人で生きていく。それにどうこう言いつつ、俺も汚い人間の一人なんだ。あれだけ俺に尽くしてくれたバニルたちを疑ってるわけだからな。
――おかしい。歩いても歩いても湖に辿り着けない。それどころか、森は深くなっていくばかりだ。まさか、あいつらに嘘をつかれたんだろうか。こんなに朝早くから水汲みってのもおかしいし、嫌がらせの確率が高そうだ。固有能力の件で嫉妬された可能性が大きいな。あの辺から明らかに空気が変わったし。
「……あれ?」
俺は一旦戻ろうと思い、振り返って歩き始めたわけだが、しばらくして呆然と立ち止まるしかなくなった。道なき道をずっと歩いてきたせいか、周囲の景色がみんな同じに見えて宿舎の方角がわからなくなってしまったのだ。
「――はっ……」
ウオォォンという狼の鳴き声が聞こえてくる。それも複数だ。まさか……。そういえば、この森のずっと北部には狂暴なラピッドウルフたちが生息する狼峠があるとバニルから聞いたことがある。俺はそこに近付いてたのか。だとすると、一刻も早くここから離れなくては。
とにかく走ろう。俺は無我夢中で走り始めた。折角崖から落ちて生き残れたのにこんなところでくたばるわけにはいかない。
……ダメだ……。既に足の感覚がない。これ以上はもう……。
「……あ……」
気付けば俺は土と紅い葉っぱを掴んでいた。いつの間にか倒れたんだ。狼らしきものの気配も徐々に近づいているのがわかる。そんなのがわかるなんて不思議だ。窮地に陥ったことで心が磨かれた成果だろうか。それも無意味に終わりそうだが……。
「――セクト、起きてっ、起きてよ!」
「……う?」
誰だ……と思ったらルシアだった。俺は彼女の膝の上にいるようだった。
「ルシア……? 狼は……」
「あたしが操って追い払ってあげたわよ! ずっとあとをつけてたんだから!」
「……」
そういや、ルシアの固有能力は【傀儡】だったか。それにしても、俺のあとをつけてたなんて、一体どうして……。
「ルシア、助けてくれてありがとう。でも、なんで俺のあとを……」
「そ、それはみんなで話し合って、誰がセクトのところに行くのかであたしがジャンケンで勝ったからよ!」
「みんなで……?」
「そうよ! セクトが補欠組のやつらに意地悪されてるんじゃないかって、様子を見に行く人を決めただけよ。そしたら案の定……! あいつら、絶対に許さないんだからっ!」
「……そうか、みんなそこまで俺のことを心配してくれてたんだな……」
「このことはリーダーに報告するわ!」
「やめてくれ」
「セクト? どうしてよ! 一歩間違ってたら死んでたかもしれないのに!」
「俺が我慢すればいいだけだよ。報告なんかして、あいつらが懲罰でも受けたらより険悪になりそうだしな」
「何が我慢よ、バカ!」
「うっ……」
ルシアに頬を強く打たれてしまった。
「ご、ごめん。あたしも打って!」
「いや、いいよ」
「ダメ! あんたがやらないなら、操ってでもやらせるんだから!」
「……」
というわけでやり返すことにした。
「はうっ!」
「……い、痛かったか?」
「う、うん。ひっく……」
「泣いてるじゃないか。ごめんな」
「で、でも、嬉しい痛みよ! あたしをあいつらだと思ってもっとやりなさい!」
「なんだそりゃ……」
左手が痺れるほど強く叩いたから痛くないはずはないんだが、本当にルシアはまんざらでもなさそうだった。強気なように見えて、実はかなり献身的な子なのかもしれない。
69
お気に入りに追加
1,702
あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~
名無し
ファンタジー
突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。

外れスキル【転送】が最強だった件
名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。
意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。
失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。
そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。

道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。
名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。

目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。
桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明
まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。
そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。
その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる