14 / 130
14.優しさの底で淀むもの
しおりを挟む「……あ……」
寒いと思ってベッド上で起き上がると、俺の横で誰かが毛布に包まっていた。多分バニルだな。
「……」
嫌われてもいいという覚悟を示すなら、ここで形だけでも襲うべきじゃないか? もちろん最後までやるつもりはないが、バニルも迂闊だったと反省するだろう。舐められっぱなしは俺としても嫌だからな。彼女は覚悟の上で俺の横にいるんだろうし、おそらく今回も裸なんだろう。
「バニル――」
心臓が高鳴る中で迷いを振り払うべく、毛布を勢いよく剥ぎ取ろうとしたものの、バニルが掴んでるのか半分ほどしか捲れなかった。
「――んっ……」
「……あれ?」
やたらと筋肉質な体だと思って、目を擦って改めてよく見たら、上半身裸のマッチョな女……いや、どう見ても男だった。亜麻色の長めの髪に騙されかけたが、胸毛と顎鬚をたっぷりと生やしていた。
「愛してるぜ、ベイベー……」
上体を起こしたものの、男は寝ぼけてるらしくて目を半開きにして俺に抱き付いてくる。滅茶苦茶酒臭い。一体誰なんだよこの男……って、もしかしてこの状況、かなりやばいんじゃ……?
「……ちゅーしようぜ……」
「ど……どわああああああああっ!」
パーティー『インフィニティブルー』の宿舎の外で、俺はスピカが修繕してくれた服に着替えて自分の荷物を背負い、バニルたちに見送られる形になっていた。
「ごめん、セクト。まさかこんなに早くリーダーが帰ってくるなんて思わなくて……」
「いいよ、バニル。気にしないでくれ」
ベッドで俺に抱き付いてきた男はパーティーリーダーのベリテスで、あの部屋は彼のものだった。みんな帰還に気付くことなく、リーダーも俺がいるのを知らずにそのまま倒れるようにして寝ていたらしい。ダンジョンが開く三日前くらいに帰ってくる予定が、何かの気まぐれで一週間以上も前倒しになったという。
俺はこれからこの宿舎を出ることになったんだが、勝手にベリテスの部屋を利用していたから追放されるわけじゃなくて、このパーティーのルールに則って補欠組の宿舎に回されるだけだ。
それに則れば、パーティーでレギュラーとしていられるのは5人だけなので事実上の左遷だが、いずれはそうなる予定だったんだし正直ほっとしてる。
確かにみんなといるのは楽しかったが、その分失うことの怖さに追われるからだ。俺はそれを一度実感しているだけに余計に恐ろしかった。この日常がいつか壊れるんじゃないかと思うと怖くてしかたなかった。
意図的でなくても、何かの拍子で封印のペンダントが外れてしまってみんなに襲い掛かるなんてこともあるかもしれないわけだしな。何より、みんなの優しさは俺にとって毒になっていた。疑うことがあほらしくなるほど、裸の心で接してくれたから……。
「あ、あんたなんかいなくなっても、ちっとも寂しくなんかないんだから……」
「……」
ルシアがボロボロ泣いてて目のやり場に困る。
「また戻ってくるよ」
「約束破ったら許さないんだから……!」
「うん。覚悟しとくよ」
いつか戻れたらいいけど、そうじゃないときは忘れてくれることを願うしかない。思い出に縛られると不幸になるから、今を大事にするべきだ。
「ルシアさんから貰い泣きしそうです。セクトさん、また戻ってきてくださいね。お部屋をピカピカにしてお待ちしてます」
涙を浮かべつつ、スピカが笑顔を向けてくる。
「うん。てかスピカ、あそこはリーダーの部屋じゃ……」
「あの方はほとんどいませんから、あそこはセクトさんの部屋ですよぉ。わたくしが今決めました」
「……そ、そうなのか……」
「はいっ」
濁りのまったくない笑顔。少しだけスピカから狂気を感じる。
「浮気はしませんから、安心してくださいねえ」
「……」
しかも最後の台詞で若干気まずくなったんだけども。
「あふっ……セクトお兄ちゃん、ミルウに手を出しておいて……ぶー……」
「……み、ミルウ……それは……」
確かに手を出しただけに、頬を膨らませたミルウの台詞には肝を冷やした。
「セクトって、実は遊び人……?」
「バニル……」
「大丈夫、私信じてるよ、セクト……」
「……う……」
「ふふっ。可愛いっ」
バニルの笑顔が一番応えるな。つい顔を背けてしまう。
――出発してからしばらくして、何度振り返ってもずっと宿舎の前に立ってるみんなを見て、俺は熱いものが込み上げてきそうだった。バニルも言ってたが、人を信じるってことは愚かなことに見えて実はとても大切なことなのかもしれない。こっぴどく裏切られたからこそ、余計に。これだけ俺のことを心配してくれるみんなのためにも頑張らなくっちゃな……。
82
お気に入りに追加
1,702
あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

外れスキル【転送】が最強だった件
名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。
意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。
失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。
そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。

外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~
名無し
ファンタジー
突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。

目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。
桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。

道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。
名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる