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11.心の足跡

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「……頼む、許してくれ……」

 俺は崖の上で泣いていた。目の前に誰かいるのはわかるんだが、何故か全体像がぼやけていてはっきりしない。自分がそいつの前でひざまずいていることは確かだ。

「俺が無能なのは謝るから……。もっと頑張るから。一生懸命、今まで以上に努力するから……うごっ!?」

 俺はこの不明瞭な存在に対してどうして謝ってるんだと思ったら、いきなり腹を蹴られた。なんだ。この状況は一体なんなんだ……。

「げほっ、げほぉっ……」

 苦しみ悶えながらも見上げると、今度ははっきりと見えた。あいつだ……。

「はあ……まだわからないのかい? 無能は死ぬまで治らないんだよ、お人よしのセクト君。ね、カチュア」

「うんっ」

「「ちゅー……」」

「……あ、あ……」

 ラキルとカチュアが愛し合う姿を、俺は呆然と眺めていた。

 ……何をしている。俺は一体ここで何をしているんだ。崖の上に憎んでも憎み切れない二人がいるというのに、何故復讐しようともせず、それどころか許しを乞うんだ。悔しくないのかよ俺。こんなことが許されていいのか……。

「――はっ……」

 跳ねるように上体を起こすと、そこは例の窓のない部屋だった。

 夢か……。安堵したのも束の間で、その内容を思い出して怒りで身震いする。あいつらに許してもらおうなんてありえない。畜生。どこまで俺を苦しめるんだ。俺が何をしたっていうんだ……。

 自分はコミュ障だから、積極的に話しかけたりパーティーを明るくしたりすることはできなかったし、ルベックやオランドの陰口を叩くことだってあった。でも力仕事はほとんど俺がやった。あいつらが嫌がることはそれこそ率先してやったつもりだ。

 なのに、俺はあいつらに一方的にオモチャにされた挙句、片方の手と目を奪われ、さらに崖から突き落とされた。いくら俺にも悪いところがあるといっても、そこまでされるようなことはしてないはずだ……。

「……」

 でも、夢の中で俺は許してくれと言っていた。まだ自分に非があると思い込んで、あいつらと対峙することから逃げているのか。あいつは死ぬまで無能が治らないと言ったが、崖から落とされたのにこのザマじゃ、死んだって治らないだろう。

 俺はもっと怒っていい。これだけ尊厳を踏みにじられたんだから怒っていいんだ。勝手に涙がこぼれてきて、俺は必死に拭った。きっと俺は臆病なあまり、人を傷つけることには敏感でも自分が傷つくことには鈍感になっていたんだ。ごめんよ、俺……。

「セクト、泣いてるの?」

「……え?」

 俺の横で誰か寝てると思ったら、裸のバニルだった。

「ちょ、ちょ……!」

 俺は驚きのあまり下がりすぎてベッドから落ちてしまった。

「セクト!?」

「……な、なんなんだよ、バニル……」

「えへへ。添い寝してた……」

 バニルのやつ、今は恥ずかしそうに毛布に包まってるが、さっきちらっと見たときは確かに一糸まとわぬ姿だった。

「いや、だからなんで裸……?」

「……そ、それは、腹を割るっていうか、なんというか……」

「……」

 わけがわからない。腹を割る? バニルは俺に真心を伝えるために脱いだとでもいうのか?

「悪いけど、男性経験が豊富そうなバニルと違って俺は童貞なんだ。これからもずっとそのつもりでいくつもりだ……」

 誰も信じられなくなった俺なんて、壊れたオモチャと一緒で関わっても相手には面白いことなんて何もないだろうし、俺自身精神的に疲れる。だから、俺は童貞がどうの以前に人と積極的に接していくつもりなんてないんだ。

「私も処女だよ?」

「え?」

「ふふ……そんなに意外だった?」

「だ、だって、処女ならこんな大胆なことできないだろ……」

「私も最後まで迷ったけど……サービス!」

「……」

 いくらなんでもサービス多すぎだろこのパーティー。

「もういいって。からかうのもいい加減にしてくれ。舐めるなよ。俺だって一応男だぞ……」

「うん。だから覚悟はできてるよ……」

「……ば、バニル?」

「……エッチしようか」

「……あ、あんた、おかしいよ!」

「うん、おかしいよ……」

「認めるなっ!」

「えへへ。この短めの髪が気に入らないなら伸ばすね。リボンとかもつけるよ?」

「そ、そんなの関係ない! 処女とか言ってるけど、絶対嘘だろ!」

「もー……本当だって。初めてはリーダーに捧げるつもりだったんだけどね……ぐすっ……」

「バニル……?」

「ご、ごめんね。ひっく……」

 バニルが急に泣き始めた。もう、本当にわけがわからない……。
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