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殴り書きの感情

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「あなたが……あなたが好きです」

 私はこじんまりとした教室で少し大きめの声を発して目の前の男の子に頭を下げた。握り締めた拳は小刻みに震えており、私はハァハァ……と息を荒くして。私は今、この子に想いを伝える行為をしているのだ。この瞬間はどんな時であれ緊張する。そう、どんな時であれ。

「はーい、カット~」

 私と相手の男の子に対して髪を背中に流した部長が台本をパンパンと叩いて私の元に近づいてきた。この瞬間はちょっと恥ずかしい。相手の男も演技が終わったことにホッとしてるのか「やっぱりお前うまいよなぁ」とニッコリ笑う。

「本当に君は演技がうまいね! さすが、元子役」

「ありがとうございます、部長」

 私は部長にペコリとお礼を言って部室の隅に置いてある水筒を取りに行く。こじんまりとした教室で告白をしたのは嘘じゃないけど……演劇部だって言い聞かせてても最近は緊張するようになっていた。私は部室の隅っこの椅子に座ってコクンとお茶を飲む。

 私は小学生の頃からお芝居が大好きでとある劇団の子役にも採用されたぐらいに演劇にのめり込んでいる女子高生だ。顔とかは地味顔だし、髪はちょっと長くて肩にかかる感じ。一歩踏み込めば影の存在になっちゃう私だけど、演劇の中では名女優としていることができていた。

 だからこの高校に入学して演劇部が活発なことを知ったときは嬉しかったし、実際男の子も入部して道具制作とかを手伝ってくれるのでこれ以上ない幸せな空間はないのだ。相手役になってくれた二年生の男子の先輩は部長や二年生の女子先輩たちと生き生きと話している。ここには男女の壁がないから私もなるべく緊張しないように男の子と関わろうと思ってるんだけど……一人だけ緊張してしまう人がいる。

 トントン、と私の肩を叩く人がいる。私は一瞬だけハッとしたけどゆっくり振り返って彼を見た。彼はニッコリ笑いながら付箋に「いい演技だったね」と書く。私は彼の付箋に「ありがとう」と書いて笑った。彼こそが私が緊張する相手なのだ。

 彼は突発性難聴で聴覚を失っている。小学校低学年の頃から耳が聞こえなくなって手話か筆談でしかコミュニケーションをとることができないそうなのだ。耳が聞こえないから声を発することもできない、私は想像もつかなかった。

 この演劇部に彼は所属しており、脚本家として君臨している。耳が聞こえない故の反動なのか、彼は文章を紡ぐことにのめり込んで言ってその趣味を生かしたいがためにこの演劇部に入ってくれた。実際、彼が描く脚本はとても出来がいいし立ち稽古をする時には仕草のイメージも付きやすい。私達が立ち稽古で彼の脚本を確認しながら必死に演劇をしている時は彼は嬉しそうに、そして気恥ずかしそうに微笑んで私たちの演劇を見てくれる。

 いい脚本を書いてくれるからだよ。

そんなに褒めないでよ。

 嬉しそうだね

実際、嬉しいし

 彼とは主に筆談でコミュニケーションをとる。同じ一年生部員として仲良くしてくれるのだ。他にも一年生の部員はいるのだが私はなぜか彼と仲が良かった。正直言ってみんな耳が聞こえない彼と少し遠慮しちゃう時があり、私は別にそういうのは気にしないので一緒にいる感じ。その気持ちが少し気づかれているのか、彼はよく私に話しかけてくれるのだ。

 高校に上がってから男の子とこんなに絡むようになった感じだけど私は毎日が少しずつ色鮮やかになってる感じで「高校生してるなぁ」と感慨深くなる時がある。彼と一緒にいる時は楽しいし、正直言って彼をもっと知りたいと思う私がいる。制服をビシッと着こなす彼じゃなくて私服でのんびりとした彼を見てみたいとも思う。

 でも私はあくまで脚本の中での演技でしか気持ちを伝えることができない小心者だ。演劇っていう自分じゃない人を演じることによってでしか「おはよう」とか「一緒に帰ろ?」とか自分から言うことができない。彼の前に立つと一瞬だけ口がパクパクするって言うか……なんだか胸の奥がトクトクするのだ。

 水筒のお茶を飲んでから練習に戻ろうと私は椅子から立ち上がった。そして彼が描いた脚本を見ながら練習をする。立ち稽古はあくまでもステージの上でどう動くかの確認。私は足を引いたり、うまい具合に体をひねって自然な振り向き姿勢を作るなど色々工夫しながら立ち回りを理解して行った。

 先輩も友達もすごいって言ってくれるけど……なんだか今日は素直に喜ぶことができそうにもない。現実でうまく気持ちを伝えれない私が演劇の才能があるなんて言われても……と億劫になってる。それだったら彼に想いを伝えたいけど……彼は耳が聞こえない。そもそもが聞こえない彼に想いを伝える方法なんて、私には思い浮かばなかった。

 夕方の6時、今日は私が部室の片付けの日。一年生が部室を片付ける役割で今日の当番は私。小道具とか色々整理して窓とか閉めて鍵を返したら私は家に帰る。自分自身がどうありたいかもよくわからない現実へと引き返される。そんな私の心情と合っているのか、今日の夜は涼しかった。すっかり冷め切った私の心と一緒、窓から吹き込んでくる風が私のスカートを揺れさせてヒラヒラと凪いでいく。その時だった。

「……、づかれた?」

 私はビクッとした。この部屋には私しかいないし、実際聞いたこともない声で馴れ馴れしく話しかけられたものだから。私がゆっくりと振り返るとそこには難聴の彼がいた。脅かしちゃったかな? と頭をポリポリ書きながら付箋に文字を書く。

聞こえてたかな? 俺の声

 声……さっき、私に話しかけられた声は彼の者ということなんだろうか……。私の頭が追いつかない中で彼は付箋に文字を書いて筆談を始める。

家で練習したんだ。家族に発音とか聞いてもらった。変じゃないかな?

 私は彼の筆談を見てハッとする。彼は家で言葉を発する練習をしてたんだ……。本来なら話すことなんてできないはずなのに……彼は必死にコミュニケーションの手段を増やそうと努力している。じゃあ、自分はなんなんだ? 演劇でしか想いを伝えれない私は……私じゃあない脚本でしか、セリフとでしか想いを伝えられない私は……。

 彼と私の差を理解して情けなく思えた私は彼には帰ってもらおうとしたのだが彼は「まって」と付箋に書く。私はピタリと足を止めた。そしてほぼ泣きそうな顔で彼を見る。彼はそんな私に少し吃ったあと付箋に「ここは特に練習したんだ。ほら、俺の脚本で君がいつも力を入れてたセリフ」と書き込んで台本を開く。

 私が特に力を入れてたセリフ……。そこのところを思い出してると彼は今までで見たことがないほどの速度でペンを動かして付箋に文字を書いていく。

「一生懸命演技をする君を見ていたんだ。音は聞こえないけど頭の中でイメージの声がする。だから俺も一生懸命練習してこのセリフを話せるようにしたんだよ」

 彼はカバンから脚本を取り出してフーッと深呼吸を入れてからガチガチと歯を鳴らす。様子が本番前の私と一緒だった。本番前でも私は彼に肩を叩かれたから安心してステージに立てた。だから私は彼に近づいて優しくポンポンと肩を叩いてあげる。彼はそのことにハッとしてギュッと拳を握った後に辿々しく声を発した。

「あなだが、ずきです」

 辿々しい、本当に辿々しいその言葉。でも私は今まで聞いてきたセリフの中でも一番美しく、熱意のこもった名演技に見えた。そして彼を愛おしいと思う。やっぱり、私は彼の隣にいたい。私の知らなかった彼を見てみたい。彼の笑顔を作りたい。私は彼から付箋とペンを受け取って殴り書きで書き込んでいく。今の感情と同じ、これだけを伝える! と言う殴り書き。シンプルだけど一番響く二文字を彼に送ってあげる。

「好き!」

 もうすっかり日も暮れて暗くなった教室の中で、私は彼に抱きついた。彼は一瞬「いぃ!?」と声を上げてはいたがキュッと私を迎え入れてくれる。耳が聞こえない彼の姿、私が全部暴いてあげる。

 だから自信を持って声に出せるなぁ。私は彼が大好きです。
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