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「おつかれ」のお礼

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 こじんまりとした業務員口から俺は喫茶店へと入っていった。お客として入るのにも静かなこの喫茶店に俺は裏口のようなところから入っていくもんだからもっと静かである。少し重たい学校のカバンを持って今日もこの時間がきたと俺は深呼吸した。

 高校に入学した頃からだった、喫茶店で働くことに憧れたのは。それを友達に言ったら「なんで?」と間の抜けた声での返答をくらったものだ。俺はネットでここらの喫茶店を調べ上げてバイトを募集してるところを探した挙句にここを見つけてすぐに面接を受けた。もう立派な髭を生やした店長と面接をして俺は見事、バイトとしてこの喫茶店で働くことになったのだ。

 学校の制服から着替えるために自分のロッカーの元へいく。ガシャンとロッカーを開けて俺はいそいそと制服に着替えた。白いシャツに黒のズボン、そして黒くて長い前掛けのエプロンをつけて完了だ。姿見で確認するが我ながら似合ってるじゃんと気分が良くなる。今は学生じゃない、この喫茶店のスタッフなんだ。俺は仕事始めの指ポキポキをしてキッチンに入った。

「あ、先輩。こんにちわ」

 俺がキッチンに入るとすぐさま挨拶してくれる一人の人物。ボブショートの黒髪で櫛で丁寧にとかしてあるのか髪は綺麗。身長は少し小柄でいかにも年下であることが伺える俺の後輩だった。俺は現在ここで働いて一年目を迎え入れようとしてる状態で彼女はまだここで働いて二、三ヶ月目である。年も俺の方が年上なので彼女は俺が教育することになってるのだ。バイトのシフトは夕方の五時から八時までの三時間。俺と彼女はこの三時間だけの関わりなのだ。

 シフトは俺合わせて四人で動いている。キッチン固定の人と洗い物やお客さんの案内とか注文を聞いたりする人である。今は歳が大きく離れた社員さんがキッチンをしてくれているので俺は彼女と一緒に洗い物に回った。キッチンはL字型のカウンターキッチンで流し台に置かれた食器の汚れを水で洗ってから洗浄機へとかけていくので慣れれば速いスピードで行うことができる。

 俺は隣で彼女が困ってないかどうかを確認しながら洗い物を続けていった。彼女は初めの方はあたふたしていて俺の手伝いを必要としていたが今日はかなり洗い物が上手くなっていた。

「あれ? すごく上手くなったね」

「ありがとうございます、実は……家で練習してたんですよ。そろそろ迷惑はかけれないから」

 照れているのか、少しだけ頬を赤くしてクスリと笑ってる姿が可愛い。彼女の顔つきは控えめ系の可愛らしさがあり仕事にも一生懸命なので俺は徐々に彼女の魅力に惹かれつつある。でも、あくまでも先輩、後輩の枠から離れてはいけないようなもどかしさがあり、一歩先へ進もうとしても立ち止まっている俺がいるんだ。

 カウンターキッチンなので洗い物をしてる俺と彼女の姿はお客さんには丸見え状態である。だから俺が彼女のことを考え過ぎて体が熱くなってるのもお客さんにはおそらくバレてるのであろう。あー……、ここだけは思春期のいけないところである。俺、いつから女の子のことで体が熱くなるようになったんだろう?

 洗い物が終われば出来上がった料理をお客さんのところに運んだり注文を聞いたり、お冷やをとってきたりと様々な業務をこなしていく。コーヒーを運ぶときはかなり緊張するがお客さんが「ありがとう」と一言言ってくれるだけで俺は救われた気持ちになるんだ。心のそこから軽くなってくる感じかな?

 最近ようやく感覚を掴み始めたコーヒーを淹れたり、サンドウィッチとかグラタンパンとかのフードを作ったりと高校生にしては料理が上手くなりすぎる要因となった仕事をこなしていった。いっときは英語の単語テストよりもバイトのレシピや業務内容、メニューを覚えるのに必死になって赤点を取り過ぎて怒られたこともあったのを思い出した。

 時折、仕事中に視線を感じる時があるがそれは彼女が俺の仕事を見てメモを撮ってる時間である。すごい勢いでメモ帳に何かを書く彼女と目があったときは少しだけ気まずい空気になるんだ。コーヒーの香りで溢れてる喫茶店店内のはずなのに一瞬だけ鼻の機能がなくなるって言うか……頭の中が真っ白になる。でも彼女はそんな俺を見てクスリと笑ってくれるんだ。

 常連のお客さんとの会話を挟みながら洗い物をしたり、コーヒーやフードを運んだりテーブルを拭いて綺麗にしたりといつもの業務をする傍らで後輩である彼女の手伝いをしながらの業務が終わった。三時間のシフトはあっという間に終わる。学校の授業もこれだけあっという間に終わればいいのに。と俺はノビをしながら考えた。

 バイトが終わればもう帰る人もいるのだが俺はキッチンに残ってる。バイトの日は練習がてらにフードを自分で作ってまかないとして、晩ご飯として喫茶店で食べてから家に帰るのだ。今日もそうしようとしていると「あの……」と声がかかってくる。後輩だった。

「先輩、帰らないんですか?」

「あぁ、いつもはまかない食ってから帰るんだ。掃除は俺がやっとくからいいよ」

「いえ……その……先輩」

「……どうした?」

「一緒に……作ってもいいですか?」

 断る理由なんてない。断りもできない。彼女と俺との接点はこの仕事中にしかなかった。しかーし! 現在、そんな関係を一歩超えれるチャンスがやってきたんだ! 俺は「もちろん」とうなづく。彼女は嬉しそうにうなづいてサンドウィッチを作ろうとしていた俺の手伝いをしてくれた。

 さすが女の子といえばいいのか。彼女、料理に関しては逆に俺が教えられる結果となってしまった。ものすごくテキパキしてるし、俺よりも器用だった。サンドウィッチは彼女に任せて俺はコーヒーを淹れる。二人分のカップをお湯に漬け込んで温めているあいだに俺はマメの準備。

 分量を計りで測ってそのまま粉末機にかけて粉にする。粉になったコーヒーをペーパーセット、要はドリッパーを準備。そして温めたカップを取り出してからドリップポッドと呼ばれる専用のヤカンを手にとった。このヤカンは水が出るところが細くなっておりまさにコーヒーを淹れるには最適な代物。ゆーっくりと水を注いで粉を蒸らしてから外側に細かく、そしてゆっくりとコーヒーを注いだ。ここは感覚だから教えることはできないんだよなぁ……と昔を思い出しながら淹れる。

 それを二人分行ってアメリカンコーヒーが淹れおわる。その時に後輩のサンドウィッチも出来上がったらしい。俺がテーブルに持っていこうとすると「ちょっと待って」と仕事中には聞けなかった彼女の口調を聞いた。

「先輩は席に座って待っててください」

 言われた通り二人分のテーブル席に座ってるとカウンターの奥から「お待たせしましたー」と声がする。見るととびきりの笑顔を決めた後輩がトレーに二人分のサンドウィッチとコーヒーをのせてこっちへくるではないか。「サンドウィッチとアメリカンコーヒーです」と俺の前に料理を置いてくれた時につい本音が出てしまう。

「可愛い……」

「え? 今なんて……?」

「あぁー!! なんともない、何にもない!! えっとぉ……は、は、運ぶの上手くなったね!」

「そうですか? ありがとうございます! えっと先輩……」

 手をポンと合わせて微笑んだ後輩は椅子に座って俺をジッと見る。そして深呼吸のような長ーい呼吸をしてから「先輩……」とまた口を開いた。俺はゴクッと生唾を飲み込んで彼女を見る。彼女の瞳の中に真っ正面の俺が写ってるのを知ったときはドキッとした。

「先輩は……どんなタイプとか……どんな子を見て可愛いと思うとかありますか……?」

「……へ?」

「あ、ごめんなさい! 変な質問しちゃって!」

 そう言って手をブンブン振ってごまかそうとする後輩。ごまかしたい気持ちは俺も一緒だった。俺だって聞きたいよ……彼女がどんな男が好きとか……俺のこと……どう思ってる……? とかさ……。答えるとするならば……俺はゆっくり口を開く。

「何事にも一生懸命でアドバイスもしっかり聞いてくれて、仕事もよく手伝ってくれる女の子とか、俺は可愛いと思う……」

 ここまで言ったところで俺は恥ずかし過ぎて俯いてしまう。どうしてここまでストレートに言う必要があった!! と絶叫する。こんなの普通に気持ち悪いだろぉ……! と嘆いている俺を見てクスリと笑う後輩。

「なるほど……フフフ、なんだか先輩と私の距離が近くなりましたね」

「あぁ~……? うん」

「今日は乾杯しましょう。先輩がいつも『おつかれ』って私に言ってくれてたから。今日は私が」

 彼女はカップを持って微笑んだ。俺もカップを持って微笑みを作る。乾杯が終わったら何を聞こう……。学校はどこか、家はどこか、好きな色は?、好きな動物は?、好きな……いや……俺のことどう思ってるか……? そんなことを考えながら俺は彼女とカップを合わせる。コトンと音が立ったカップを見ながら彼女はニッコリともう一回微笑んだ。

「お疲れ様でした、先輩。そして、コーヒーいただきますね」

 彼女と一緒に飲んだコーヒーはかなり苦い方だったはずだったが何故か今の俺には甘く感じたのだった。
 
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