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番外編兼おまけ
身近な相談員 「マイがヒカルに出会うまで」
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うだるような暑い夏である。グラウンドのテニスコートには顧問の罵声が響き必死になってボールを打ち返す音、テニスコートの隣には走り込みをする野球部が、サッカー部がいる。学校のベランダには発声練習を行う演劇部が、音楽室からは吹奏楽部の楽器の音色が聞こえた。
夏の放課後はクラブ活動がキツくなってくる時期である。三年の先輩はもう引退して顧問は次なるキャプテンを育成するためにハードな練習メニューを考える。それはただ今自由形を泳いでいる副島舞も一緒であった。夏に皆が欲しがる水の中で喉の渇きに耐えながら全身を動かしていた。
少々皮肉なものだなぁと思いながら最後のパートを終えてすぐにプールを上がった。タオルにくるまりベンチに置いてあるスポーツドリンクを一気に飲む。激しい運動後特有の甘い味がしたドリンクを半分まで飲み干した。そしてベンチに座り込む。
夏の水泳部は本当によく泳ぐ。体育の水泳がジャブにもならないぐらいだ。アップで100メートル、1000泳ぐのはあたりまえで最後の泳ぎを終えた頃には体がボロボロだ。今が最後の泳ぎを終えた後だから今がその状態、体がだるくなんだか眠たい。
「マイ、今日もいい泳ぎっぷりだったね」
疲れたマイに笑顔で話しかけるのは水泳部マネの細木香奈である。同じ学年でクラスは隣同士であるが部活では選手と相棒みたいななくてはならない存在である。そして大の仲良し、小学校3年からの付き合いでずっと一緒だった。
最後のメドレーを終えた部長の休息が終わった頃にはもう6時前だったので急いでシャワーを浴びて体についた塩素を落とす。涼しい頃のこの冷水シャワーは本当にきつい。夏なのに体がガクブル震えた。タオルにくるまりながら更衣室へ行きササっと着替える。そして薄いカーディガンを羽織って一旦集合した。
「みんなお疲れ、今日はこれで終わり。明日はいつも通りだけど念のためにクラブ黒板見てください。じゃあ終わります。ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました」」」
顧問の目を気にしながら最後だけ大きな声で終了した全体集合を終えてマイは更衣室にあるカバンを背負って香奈のもとへ向かった。香奈はマネなのでジャージ姿だから着替える必要はない。先に校門で待っていた。
「ごめんね~」
「全然待ってないよ。じゃあ行こう」
この時間が1番マイにとって楽しい時間だった。他愛のない話、自分のクラスの笑い話や担当教師の愚痴をこぼしたり。自分たち以外の人が聞いたとしたらしょうもないと言っても切り捨てるような二人だけの話題。それをしてる時間がマイは本当に好きだった。ただこれが終わると明日学校に行くまでずっと嫌な思いをする羽目になるのだが……。
学校の通学路を道なりに歩いて桜の木が生えそろう場についた頃、楽しい時間は終わりを迎える。香奈に手を振って二手に分かれたときにはマイは家に帰るのが嫌でどこか寄り道しようとしたがそんなことすればさらに面倒なことになるので家に帰ることにする。
住宅街の中ではかなり大きい方と言われる家、それがマイの家だった。周りは自分の家をうらやましいというがマイはこの家が嫌いだった。マイはドアノブに手をかけて重苦しい扉を開ける。
「ただいまー」
返事は返ってこなかった。そんなことは慣れているので水筒と弁当を出しに居間の扉を開ける。そこには今日あったことを母親に生き生きと話す妹がいた。
「今日はね、テストでいい点取れたからみんなに『すごーい』って言ってもらったんだ!」
「そうなの?まぁ楓だから言われて当然よね?あなたが1番なんだから!」
吐き気がするのを堪えて弁当を机に置くと自分の存在に気がついた母親が声をかけた。
「あらおかえり、ご飯は楓が終わってからね。宿題でもしときなさい」
「言われなくてもわかってるよ」
「じゃあさっさと勉強するのね」
母親は妹を見てまた猫撫で声で褒め続けた。マイは居間の扉を閉めて自室に戻る。カバンを置いてドサっとベッドに体をあずける。「ハァ~……」と肺の空気が一気に吐かれていった。
妹、正確には母親の再婚相手の娘はあんな風に甘やかされて過ごしている。マイの家庭は元々マイと母と今はいない父の三人家族だった。しかし父の仕事を収入が悪い出来損ないの仕事と母は決めつけ一方的に離婚を言い渡し親権は母親が取った。そして母は収入のいい仕事の現父親と再婚したのだ。
昔の父はフリーライターで依頼を受けて記事を書きその手数料や開講してあるニュースサイトの広告収入でお金を得ている人だった。パソコンに難しい顔をしながら記事を書く父親を見るのがマイは好きだった。しかしそれが崩れたのは母の一言、
「別れましょう、あなたとはもう釣り合わないわ」
この一言だけで今までの家族のあり方を全て否定した。父親はマイに申し訳なさそうな顔をして
「収入の悪い父さんでごめんな」
それだけ言って家を出ていった。本当に呆気ない家族愛だった。この人は誰のおかげで今まで生きていけれたのか理解をできない性格なんだと深く絶望した。こんなのが自分の母親なんて……どうして私は父さんについていかなかったんだ……。その日のマイは布団の中で泣いた。
あの時のマイは気がつかなかったが母親は父の貯金に手を出していたらしく後日父親側の祖父母が来て母を怒っていた。マイを交代で相手しながら。その時の祖母はマイにこう言っていた。
「あなたのお母さんは悪い人。あんなことを将来のお婿さんにしてはいけない、いいね?」
マイは訳もわからず頷いていた。
そして母とマイは引っ越しをしてこの街にやってきた。今思い返したらよく親権が母にあったなと思い返すがおそらく演技の謝罪をしたんだろうなと思っていた。
三ヶ月がだった頃、母親が家に男を連れてきた。ビシッとしたスーツを着た母親と同い年ぐらいの30歳ぐらいで身なりを見るにお金持ちだった。そう、母は収入で新しい父親を選んだのだ。性格でもない、顔は少し見ていたのかある程度整った顔で収入だけが良かった。まだ若いのに実力で部長をしてる人で将来も期待されているというカリスマだった。
どうやって知り合ったのかは知りたくはなかったのだが自分にも影響するところが血の繋がらない妹ができたことであろう。今は小学校低学年だが来た頃は幼稚園の年中だった。そして母親は妹だけを優先して育てることを決めた。どうしてそれがわかったが、それは彼女しか持たない能力があったからだ。
能力に気がついたのは昔の父親の離婚話の際、父親が
「収入の悪い父さんでごめんな」
『嘘だ』
この嘘だが同時に聞こえたのだ。そして母親が父の愚痴を言う際、
「お父さんのそういうとこが好きだったんだけど……」
『嘘だ』
マイは人が話したことが嘘か本当かを知ることができた。嘘だったら「嘘だ」とその人の声で聞こえる。本当なら何にも聞こえない。マイに嘘が通じない分上っ面だけの関わり合いはかえってマイの機嫌を損ねるだけだった。
ご飯を食べてお風呂に入り明日の準備をして今日は寝ることにした、甘やかす母を見る夜なんてごめんだ。早く明日になれ。マイはそう言って眠りについた。
「マイー、元気ないよー」
その次の日の学校で、よく眠れなかったマイは一時間目に大爆睡をして一時間丸ごと寝てしまった。それを心配した香奈がわざわざ休み時間に教室に入ってきて声をかけてくれたのだ。
「ん……」
「どっか具合悪いの?」
「んーん……」
「なんか嫌なことあったの?」
「ん……」
「相談員が私のクラスにいるんだ。行ってみる?」
「ん?」
マイは少しだけ興味が湧いた、重い体を起こして香奈のクラスを覗いてみる。そこには沢山のクラスメイトに囲まれながらアドバイスを出す少年がいた。真面目な顔でアドバイスを送る。マイはどうせヤラセか適当に言ってるだけだろうと思い話を聞いていた。「嘘だ」が一向にこない。え、上っ面じゃあないの?
マイは自分の能力が発動しないことに困惑を覚えた。そして疑問が湧き出てくる。
「どうしてそんなに相手を思いやれるの?」
そのクラス以外の人も彼に相談をしていた。クラスの人はもちろん、外部までも相談を受けて彼は嘘ひとつない確実な助言だった。マイはそのクラスに入ろうとしたが人前で言えることじゃあないなと思いその教室を後にした。香奈はそんなマイに話しかける。
「やっぱり興味なかった?」
「ん……、あんまりかな」
「そっかぁ、マイは悩みなさそうだもんね」
違う……ありすぎるから困ってるんだよ……。何から言えばいいかわからない。彼に言って解決するとは思えない。彼にわかる話なのか?私の家の事情が?計り知れないでしょう?
「どうしたの?気分悪そうだよ?」
「ごめん、ちょっと風浴びてくる」
マイは心配する香奈を振り切って外へ出た。ベランダの隅にもたれかかりマイは深呼吸で心を落ち着かせようとした。嫌なものを見たのだろうか?いいものを見たのだろうか?すがった方がいいのか?それとも自分で解決すべき?
その時自分の場に歩いてくる音が聞こえた、誰だと思いクッと振り返る。
彼がいた、ザッと歩み止めた彼がいた。
「大丈夫?」
それが彼の最初の言葉だった。
「……え?」
誰だ?と思うと彼は急にあたふたして
「あ、自己紹介まだだったね。隣のクラスだよね?僕、梶野ヒカルです」
彼こと梶野ヒカルはにっこり笑っていた、マイは「どうも……」と呟いた後ハッとしてヒカルに尋ねていた。
「何かようなの?」
「細木さんから伝えてもらったんだ、相談にのってあげてって」
余計なことしなくてもいいのに……、マイは香奈の少々お節介なところにため息をついた。ヒカルは少し心配した表情になって口を開く。
「お節介って思うかもしれないけど、本気で彼女は君を心配してるんだ。そんな友達がいるなんて君は本当に恵まれてるよ、副島さん」
本当に的を抜いた話のないようでマイは驚きでいっぱいになる。何を根拠にそんな的を射抜くような発言ができるんだろうか?マイは名字も知られてしまったことに少し嫌悪を感じたが今はその内容を置いておいてまた質問をしようとする。すると彼から口を開いた。
「ごめんね、勝手に名字まで細木さんに聞いたんだ。君が何で困ってるかは僕には計り知れないけど、本当に信頼できる人に相談した方がいいよ。君のためにもね」
これが俗に言う野生の勘なのだろうか?自分が思った内容を口にも出してないのに彼は自分の聞きたい内容を話してくれる。最後にクルリと背を向けて梶野ヒカルは言った。
「それとマイナスなことは考えないでね、僕のためにも」
それだけ言って梶野ヒカルは去っていった。変な奴、それがマイが彼に対して思った第一印象だった。私が口にする予定のことをビシバシと彼の方から口にして問題をかいけつする。感が鋭いとかじゃあない。何かを読み取っているかのようだった。
空っぽな心でマイは教室に戻っていく。教室の扉の前で香奈が待っていた。
「ごめんね、勝手に梶野くんを紹介して」
「いいよ、それにあの人がどうしてあんなに人気なのかを知れたから」
「……?何を?」
「変わった人なのね、彼って」
それじゃ、とマイは教室に戻っていく。席について彼女は考えた。変な奴なのは確かだけど相談に乗るどころか他を当たれと彼は言った。本当に信頼できる人に相談しろと。彼の助言はそれだけだった。一人で考えることではないのか?この能力のことや家のことも。
機会があれば……彼女は相談してみたいと思った。彼に、あの変なやつに、彼からの助言を聞きたかった。けどそれは今ではない気がする。何か未来で彼と心から話ができる日が来る。根拠もないのにマイは確信した。そうなるように彼のことをもっと知りたい。
マイは窓の外から彼を見る。構造上自分の教室の窓からもチラリと見る持ちができる。身近な相談員は今日も誰かの心に語りかけていた。昼休みの終了を告げるチャイムがなる。マイは水筒の水を飲んでホッと息をした。そして自分自身に聞いてみる、自分の心は嘘か真かを。
「もう一度彼と話ができるきっかけってあるのかな?」
能力の答えは返ってこなかった。
夏の放課後はクラブ活動がキツくなってくる時期である。三年の先輩はもう引退して顧問は次なるキャプテンを育成するためにハードな練習メニューを考える。それはただ今自由形を泳いでいる副島舞も一緒であった。夏に皆が欲しがる水の中で喉の渇きに耐えながら全身を動かしていた。
少々皮肉なものだなぁと思いながら最後のパートを終えてすぐにプールを上がった。タオルにくるまりベンチに置いてあるスポーツドリンクを一気に飲む。激しい運動後特有の甘い味がしたドリンクを半分まで飲み干した。そしてベンチに座り込む。
夏の水泳部は本当によく泳ぐ。体育の水泳がジャブにもならないぐらいだ。アップで100メートル、1000泳ぐのはあたりまえで最後の泳ぎを終えた頃には体がボロボロだ。今が最後の泳ぎを終えた後だから今がその状態、体がだるくなんだか眠たい。
「マイ、今日もいい泳ぎっぷりだったね」
疲れたマイに笑顔で話しかけるのは水泳部マネの細木香奈である。同じ学年でクラスは隣同士であるが部活では選手と相棒みたいななくてはならない存在である。そして大の仲良し、小学校3年からの付き合いでずっと一緒だった。
最後のメドレーを終えた部長の休息が終わった頃にはもう6時前だったので急いでシャワーを浴びて体についた塩素を落とす。涼しい頃のこの冷水シャワーは本当にきつい。夏なのに体がガクブル震えた。タオルにくるまりながら更衣室へ行きササっと着替える。そして薄いカーディガンを羽織って一旦集合した。
「みんなお疲れ、今日はこれで終わり。明日はいつも通りだけど念のためにクラブ黒板見てください。じゃあ終わります。ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました」」」
顧問の目を気にしながら最後だけ大きな声で終了した全体集合を終えてマイは更衣室にあるカバンを背負って香奈のもとへ向かった。香奈はマネなのでジャージ姿だから着替える必要はない。先に校門で待っていた。
「ごめんね~」
「全然待ってないよ。じゃあ行こう」
この時間が1番マイにとって楽しい時間だった。他愛のない話、自分のクラスの笑い話や担当教師の愚痴をこぼしたり。自分たち以外の人が聞いたとしたらしょうもないと言っても切り捨てるような二人だけの話題。それをしてる時間がマイは本当に好きだった。ただこれが終わると明日学校に行くまでずっと嫌な思いをする羽目になるのだが……。
学校の通学路を道なりに歩いて桜の木が生えそろう場についた頃、楽しい時間は終わりを迎える。香奈に手を振って二手に分かれたときにはマイは家に帰るのが嫌でどこか寄り道しようとしたがそんなことすればさらに面倒なことになるので家に帰ることにする。
住宅街の中ではかなり大きい方と言われる家、それがマイの家だった。周りは自分の家をうらやましいというがマイはこの家が嫌いだった。マイはドアノブに手をかけて重苦しい扉を開ける。
「ただいまー」
返事は返ってこなかった。そんなことは慣れているので水筒と弁当を出しに居間の扉を開ける。そこには今日あったことを母親に生き生きと話す妹がいた。
「今日はね、テストでいい点取れたからみんなに『すごーい』って言ってもらったんだ!」
「そうなの?まぁ楓だから言われて当然よね?あなたが1番なんだから!」
吐き気がするのを堪えて弁当を机に置くと自分の存在に気がついた母親が声をかけた。
「あらおかえり、ご飯は楓が終わってからね。宿題でもしときなさい」
「言われなくてもわかってるよ」
「じゃあさっさと勉強するのね」
母親は妹を見てまた猫撫で声で褒め続けた。マイは居間の扉を閉めて自室に戻る。カバンを置いてドサっとベッドに体をあずける。「ハァ~……」と肺の空気が一気に吐かれていった。
妹、正確には母親の再婚相手の娘はあんな風に甘やかされて過ごしている。マイの家庭は元々マイと母と今はいない父の三人家族だった。しかし父の仕事を収入が悪い出来損ないの仕事と母は決めつけ一方的に離婚を言い渡し親権は母親が取った。そして母は収入のいい仕事の現父親と再婚したのだ。
昔の父はフリーライターで依頼を受けて記事を書きその手数料や開講してあるニュースサイトの広告収入でお金を得ている人だった。パソコンに難しい顔をしながら記事を書く父親を見るのがマイは好きだった。しかしそれが崩れたのは母の一言、
「別れましょう、あなたとはもう釣り合わないわ」
この一言だけで今までの家族のあり方を全て否定した。父親はマイに申し訳なさそうな顔をして
「収入の悪い父さんでごめんな」
それだけ言って家を出ていった。本当に呆気ない家族愛だった。この人は誰のおかげで今まで生きていけれたのか理解をできない性格なんだと深く絶望した。こんなのが自分の母親なんて……どうして私は父さんについていかなかったんだ……。その日のマイは布団の中で泣いた。
あの時のマイは気がつかなかったが母親は父の貯金に手を出していたらしく後日父親側の祖父母が来て母を怒っていた。マイを交代で相手しながら。その時の祖母はマイにこう言っていた。
「あなたのお母さんは悪い人。あんなことを将来のお婿さんにしてはいけない、いいね?」
マイは訳もわからず頷いていた。
そして母とマイは引っ越しをしてこの街にやってきた。今思い返したらよく親権が母にあったなと思い返すがおそらく演技の謝罪をしたんだろうなと思っていた。
三ヶ月がだった頃、母親が家に男を連れてきた。ビシッとしたスーツを着た母親と同い年ぐらいの30歳ぐらいで身なりを見るにお金持ちだった。そう、母は収入で新しい父親を選んだのだ。性格でもない、顔は少し見ていたのかある程度整った顔で収入だけが良かった。まだ若いのに実力で部長をしてる人で将来も期待されているというカリスマだった。
どうやって知り合ったのかは知りたくはなかったのだが自分にも影響するところが血の繋がらない妹ができたことであろう。今は小学校低学年だが来た頃は幼稚園の年中だった。そして母親は妹だけを優先して育てることを決めた。どうしてそれがわかったが、それは彼女しか持たない能力があったからだ。
能力に気がついたのは昔の父親の離婚話の際、父親が
「収入の悪い父さんでごめんな」
『嘘だ』
この嘘だが同時に聞こえたのだ。そして母親が父の愚痴を言う際、
「お父さんのそういうとこが好きだったんだけど……」
『嘘だ』
マイは人が話したことが嘘か本当かを知ることができた。嘘だったら「嘘だ」とその人の声で聞こえる。本当なら何にも聞こえない。マイに嘘が通じない分上っ面だけの関わり合いはかえってマイの機嫌を損ねるだけだった。
ご飯を食べてお風呂に入り明日の準備をして今日は寝ることにした、甘やかす母を見る夜なんてごめんだ。早く明日になれ。マイはそう言って眠りについた。
「マイー、元気ないよー」
その次の日の学校で、よく眠れなかったマイは一時間目に大爆睡をして一時間丸ごと寝てしまった。それを心配した香奈がわざわざ休み時間に教室に入ってきて声をかけてくれたのだ。
「ん……」
「どっか具合悪いの?」
「んーん……」
「なんか嫌なことあったの?」
「ん……」
「相談員が私のクラスにいるんだ。行ってみる?」
「ん?」
マイは少しだけ興味が湧いた、重い体を起こして香奈のクラスを覗いてみる。そこには沢山のクラスメイトに囲まれながらアドバイスを出す少年がいた。真面目な顔でアドバイスを送る。マイはどうせヤラセか適当に言ってるだけだろうと思い話を聞いていた。「嘘だ」が一向にこない。え、上っ面じゃあないの?
マイは自分の能力が発動しないことに困惑を覚えた。そして疑問が湧き出てくる。
「どうしてそんなに相手を思いやれるの?」
そのクラス以外の人も彼に相談をしていた。クラスの人はもちろん、外部までも相談を受けて彼は嘘ひとつない確実な助言だった。マイはそのクラスに入ろうとしたが人前で言えることじゃあないなと思いその教室を後にした。香奈はそんなマイに話しかける。
「やっぱり興味なかった?」
「ん……、あんまりかな」
「そっかぁ、マイは悩みなさそうだもんね」
違う……ありすぎるから困ってるんだよ……。何から言えばいいかわからない。彼に言って解決するとは思えない。彼にわかる話なのか?私の家の事情が?計り知れないでしょう?
「どうしたの?気分悪そうだよ?」
「ごめん、ちょっと風浴びてくる」
マイは心配する香奈を振り切って外へ出た。ベランダの隅にもたれかかりマイは深呼吸で心を落ち着かせようとした。嫌なものを見たのだろうか?いいものを見たのだろうか?すがった方がいいのか?それとも自分で解決すべき?
その時自分の場に歩いてくる音が聞こえた、誰だと思いクッと振り返る。
彼がいた、ザッと歩み止めた彼がいた。
「大丈夫?」
それが彼の最初の言葉だった。
「……え?」
誰だ?と思うと彼は急にあたふたして
「あ、自己紹介まだだったね。隣のクラスだよね?僕、梶野ヒカルです」
彼こと梶野ヒカルはにっこり笑っていた、マイは「どうも……」と呟いた後ハッとしてヒカルに尋ねていた。
「何かようなの?」
「細木さんから伝えてもらったんだ、相談にのってあげてって」
余計なことしなくてもいいのに……、マイは香奈の少々お節介なところにため息をついた。ヒカルは少し心配した表情になって口を開く。
「お節介って思うかもしれないけど、本気で彼女は君を心配してるんだ。そんな友達がいるなんて君は本当に恵まれてるよ、副島さん」
本当に的を抜いた話のないようでマイは驚きでいっぱいになる。何を根拠にそんな的を射抜くような発言ができるんだろうか?マイは名字も知られてしまったことに少し嫌悪を感じたが今はその内容を置いておいてまた質問をしようとする。すると彼から口を開いた。
「ごめんね、勝手に名字まで細木さんに聞いたんだ。君が何で困ってるかは僕には計り知れないけど、本当に信頼できる人に相談した方がいいよ。君のためにもね」
これが俗に言う野生の勘なのだろうか?自分が思った内容を口にも出してないのに彼は自分の聞きたい内容を話してくれる。最後にクルリと背を向けて梶野ヒカルは言った。
「それとマイナスなことは考えないでね、僕のためにも」
それだけ言って梶野ヒカルは去っていった。変な奴、それがマイが彼に対して思った第一印象だった。私が口にする予定のことをビシバシと彼の方から口にして問題をかいけつする。感が鋭いとかじゃあない。何かを読み取っているかのようだった。
空っぽな心でマイは教室に戻っていく。教室の扉の前で香奈が待っていた。
「ごめんね、勝手に梶野くんを紹介して」
「いいよ、それにあの人がどうしてあんなに人気なのかを知れたから」
「……?何を?」
「変わった人なのね、彼って」
それじゃ、とマイは教室に戻っていく。席について彼女は考えた。変な奴なのは確かだけど相談に乗るどころか他を当たれと彼は言った。本当に信頼できる人に相談しろと。彼の助言はそれだけだった。一人で考えることではないのか?この能力のことや家のことも。
機会があれば……彼女は相談してみたいと思った。彼に、あの変なやつに、彼からの助言を聞きたかった。けどそれは今ではない気がする。何か未来で彼と心から話ができる日が来る。根拠もないのにマイは確信した。そうなるように彼のことをもっと知りたい。
マイは窓の外から彼を見る。構造上自分の教室の窓からもチラリと見る持ちができる。身近な相談員は今日も誰かの心に語りかけていた。昼休みの終了を告げるチャイムがなる。マイは水筒の水を飲んでホッと息をした。そして自分自身に聞いてみる、自分の心は嘘か真かを。
「もう一度彼と話ができるきっかけってあるのかな?」
能力の答えは返ってこなかった。
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誤記報告
両親の中
優しい声で読んでいる
ではでは。
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おもしろい!最高です!青春です!
読ませて頂きました。
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