あの時の歌が聞こえる

関枚

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声を聞かせて

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存在することは罪じゃない。
人と関わることは罪にはならない。楽しみにはなるが何があっても罪にはならない。
たとえ自分が苦手としている人だったとしても学ぶものは少なからずあるのかな?
それを活かせば結果オーライだ。
「ねぇ、ひとつだけ教えてよ。本当に伝えたいことって……どうやったら伝えれるんだよ?」
母さんはその質問に一瞬キョトンとしたがすぐに笑って
「伝えたいって思う気持ちが大事」
そりゃそうだと思うけど……。なんかできたら苦労しないような言い方だ。
「気持ちを伝えるって正直言って怖いことでしょ」
「そうだよ、だから聞いてるんだよ」
「どうして怖いかわかる?」
僕はむっと黙る。怖いから人と関わらなかったがどうして怖いかを考えたことはなかった。
「相手のことをちゃーんと考えてるからでしょ?」
「え?」
「さっきのヒカルの涙。人のために流している涙でしょ?」
人のために………。少なくとも僕はあの時僕のために泣いたのではない。
「相手の反応に敏感になってるだけよ。伝えたいっていう切実な思いがあれば怖さを乗り越えれる」
母さんは僕の頭にポスンと手を置いて優しく撫でる。父さんとは違う撫で方だ。優しくてあったかい。
「あなたに越えられない壁なんてないんだから」
温かい………。
母親の温もりに僕は酔いつぶれた。
こんなことってもう中学生にもなったんだから恥ずかしいって思ってたけどそんなの関係ないな。
「ありがと、母さん」
照れもなく伝えることができた。
母さんは感謝を述べた僕にとろけるような笑顔を向けた。




その夜だ。僕は作文用紙とにらめっこしていた。
なりたい自分、将来の夢の前に僕は自信を持てる僕になりたい。
僕はペンを握って名前だけ書いた。
周りのことなんて気にしない。僕が書きたいことを書く。
人の言葉なんて歌みたいなものだ。
自分が好きだと思った言葉だけが頭に響き続ける。悪い言葉なんかに恋するように悩み続ける毎日なんてもう嫌だ。
僕のことを悪くいう奴なんて今頃僕のことなんか忘れてテレビでも見てるさ。
僕はペンを走らせシラフだった原稿用紙に色をつけた。
これだ、これでいい。
原稿を書き終わり僕はなんだか安心してベッドに倒れこむ。
今まで以上の心地いい眠りだった。




ザーー、パチンポコン、トトトトトトト……
少し強めの雨が降る朝だった。今年最後の梅雨だな。
僕は制服を着替え居間に行くと母さんがいつもと変わらずおはようと言う。
ここでおはようしか言わないのは僕を認めてくれてるからであろう。
「おはよう」
僕は椅子に座り朝のコーヒーとトーストを堪能する。この間に眠気を覚ますのだ。
それから顔を丁寧に洗う。最近顔洗いが精をだしてきたのかニキビは少なくなった。
僕は靴を履いてると母さんが弁当を渡してくれた。
「行ってらっしゃい、頑張るのよ?」
僕は意図を読み取りうんと頷いた。
「行ってきます!」
こんな風に学校を出るのはいつぶりだろう。
僕は雨の中を進んだ。
少しジメジメした空気でねっとりと僕の首筋を舐めるように吹き抜ける。
次第に学校が見えてくると心臓の音が耳でも聴けるようになってくる。
「ヒカル君」
振り返る。ホノカがいた。
は昨日言っちゃったんだよね?」
僕は彼女がおばさんと言うのを聞いてグサリと何かが刺さった。
「あ…ホノカ」
「お別れだね、今日で」
彼女は補聴器のダイヤルを1あげる。
「うん、そうだね」
「ごめんね、ヒカル君がこの門を出る頃には私家にいないかもしれないの」
言うなら今しかない………。けど怖い!今の彼女に行ってもいいのか?
「ありがとう、さよなら」
彼女は悲しい微笑みを僕に向けて教室へ向かった。
言えなかった……?
僕は不甲斐ない気持ちに襲われる。半端な気持ちで彼女とは関わってない。それは絶対だ。
けどリスクが高すぎた。あんな顔されたら僕には無理だよ……。
自分の教室へ入るとルークに餌を与える圭がいた。
「ようヒカル、どうした?顔が曇ってるぞ?」
なんでもないと言っても無駄なので僕は打ち明ける。
「本気で言ってるのか?」
「嘘なんかじゃないよ、昨日知ったんだ」
彼は蒼い顔をしてその場にあった椅子にへたり込んだ。
「どうしてあいつがあんな思いをしないといけないんだよ……」
この世界は理不尽極まりなかった。その中で楽しみを見つければいいのだがそれが難しい。
マイも入ってきた。
僕はマイにも言う。
「今日まで…なの?ホノカがここにいるのって」
「うん…、今聞こえてること自体が奇跡なんだって」
彼女は黙り込んだ。
そのまま僕たちはクラスの喧騒に紛れて消えていく。
完璧に僕の詰みだ……。無愛想な予鈴が今日が始まることを告げた。




「ヒカル、ちょっと来てくれ」
昼休みになった頃圭にベランダまで連れていかれた。
「どうするんだよ、お前」
「どうって?」
「ホノカちゃんに対してのこと」
なんでもないよ
そう言いたかったが僕の唇は開くことがなかった。
「好きなんだろ?ホノカちゃんのこと」
「どうして…」
圭は俺の言ってることわかるか?と目で訴えかける。
「好きだよ?彼女のことは好きだけど……。張り合わないんだ……」
「お前、恋するってどう言うことか知ってるか?」
圭は目を吊り上げて話す。どうして圭が話すんだろう。
「誰かのことを幸せにしてあげたい。そう言う強い気持ちが恋することだ。俺はそう思う。お前はふつうの人間とは違うんだから」
「それ、どう言う意味?」
僕はジト目で圭を見る。圭は何一つ表情を変えずに
「お前は……梶野ヒカルはホノカちゃんにのことを誰よりも知ってるだろ?人の痛みを知れるのはお前だけだ」
僕は黙り込む。
「いくら評判のいい心理士なんかよりもお前は体の痛みでもなんかじゃなく、内部の痛みを知れる。だから今までホノカちゃんのことで悩んでたんだろ?元々のいとこの修さんの棺桶の前で涙を流したんだろ?」
兄ちゃんの棺桶の前で泣いたのもホノカの仕草、言動、顔色で頭を抱えていたのは少なくとも僕がホノカを想っていたからだろう。僕は初めて恋を自覚した。
「お前はホノカちゃんのそばにいてもいい人間だ」
肩を掴んで圭は言った。
「いつものお前を見せてくれよ。人の笑顔を作れるお前を……」
圭………。
母よりも響く友の声。本気で僕のことを気遣っていた。不器用なんかじゃなかった。
彼は彼なりに成長していた。
しかし………
キーンコーンカーンコーン
予鈴はなってしまった。伝えれる時間が尽きてしまった。
圭は無表情で教室へ戻る。
僕も戻った。






無の感情で6時間目が終わる。
圭は僕に話しかけなかった。悪いことしたな。
とりあえず僕は家に帰ることにする。急いでも間に合わないだろう。現に彼女の下駄箱は何も入ってない。
結局言えずしまいか……。
僕は雨の中傘をさそうとした。
その時だった。僕のじゃない傘が僕の頭の上にある。
僕は振り返るとマイがいた。
唇をワナワナと震わせながら肩で息をしていた。
「ヒカル……その……」
「どうしたんだ?」
「ずっと……好きだったの…ヒカルのこと……」
え?これって告白か?僕告られたの?マイに?僕は盛大に困惑する。どうしたら良いんだ?その時にマイに隠れるように後ろにいた圭を見つけた。そして圭の声が聞こえる。
『これが答えじゃないのなら行ってこい』
僕の中でなにかが吹っ切れた。
「ごめん……」
僕は左手に持ってた傘を投げ捨てて雨の中を走り出した。
『頑張れよ、ヒカル』
圭の声の後にマイの声が聞こえた。
『撃沈……した……の………?』
ごめんね、気持ちを伝えてくれたことは舞い上がるほど嬉しい。
けどマイ、僕が幸せにすべき人間は君じゃあないんだ!
僕はホノカ、彼女を幸せにしないといけないんだ!
二週間だけの……いとこなんだから……。
僕さえも僕自身が嫌いなのに……ずっと隣にいてくれたんだから……。
好きという感情を創ってくれたんだから!
神様、どうか僕に恵んでください!
宗教なんて興味がないけど毎日神社通いするから!
今までそんなに悪いことなんてしてないから!
見せてやりたいんだ、天国の兄ちゃんに!
兄ちゃん、教えてやるよ。
どうやったら伝えれるか教えてやるよ。
だから!!間に合ってくれ、僕にどうにか彼女と話をする機会を与えてくれ!!!
僕は雨の中を走り抜けるように駆けていく。汗と雨で顔はグチャグチャだ。
疲労も雨の冷たさも何も感じない。ただひたすらに走る。
楽な歩き方なんかいらない!険しい道の歩み方をくれ!
そして人は強くなる、誰かを守れる盾になる。それを世間は人生と呼ぶ!
僕もそうだって言いたい、苦しいことは自分の糧になるって!
気持ちを伝えるのは大切だって!
僕が言う番になりたい、いや…なる!
僕は全身びしょ濡れの状態で彼女の家に着く。車はあるので間に合った。
しかし違う、ここに彼女はいない。そう予感がする。
僕は根拠のない予感を頼りにとある場所に向かった。
あの寂れた公園だ。
初めて僕に笑顔を見せた場所、僕にとっては非常に思い出深い場所。
公園に入ると彼女は……いた。
「あれ?珍しく私の予感が当たった?」
茶目っ気に笑う彼女を見て僕の顔は涙で溢れる。
「泣かないで」
ホノカは僕の目から流れる涙を拭う。
「ホノカ……」
「ごめんね、ヒカル君寂しがりやさんだから。隠しててごめんね」
「いいよ、そんな」
僕は息を整えた。今、この時に!
「好きだよ……ホノカ………」
ホノカは僕の両肩をガシッと掴んだ。そしてとびきりの笑顔で
「よく言えました!」
愛おしかった、嬉しかった、言えてよかった。
「耳が聞こえなくてもいいの?」
「いいんだよ、その…君の力になりたいんだ。君の隣で……声を送りたいんだ」
ホノカは補聴器を撫でながら話す。
「聴きたいな……ヒカル君の声を……生の耳で聴きたい……」
僕は彼女をぎゅっと抱きしめる。ホノカは僕の口元に耳を向ける。必死に背伸びをして。
彼女の体は思った以上に小さな体だった。すぐに壊れそう、ありきたりな気がするが僕は思った。
優しく頭を撫でるとシャンプーの香りがほのかに香る。
「ヒカル君……大好き」
ホノカは泣いていた。悲しみなんかじゃない、喜びと切なさが入り混じった涙だ。
その時、おばさんが僕らのところにやってきた。
「そろそろ……」
「おばさん、ごめんなさい。昨日は暴れちゃって」
「いいのよ、でも……ヒカルももう大人になってきてるんだからね」
ホノカはふふっと笑う。
そして彼女は車に乗った。
「またみんなで施設に遊びに来るよ」
「声は聞こえないよ?」
「いいんだよ、違う声は聞こえるから」
ホノカはハハーンみたいな顔をした。
「さよならね」
「また会うからさよならでもないよ」
窓は静かに閉まる。そして車のエンジンは唸りを上げる。
車が彼女を運んでいく。
追いつけないのに僕は車に沿って走り出した。
正直言って離れたくなかった。一緒にいたかった。
けど僕は彼女の幸せを作ることができた。
彼女の笑顔を作ることができた。
『さよならじゃないよ、よろしくだよ』
彼女の声が聞こえた。
そのとうりだ。
僕は彼女の車に手を振る。
ずっと彼女がしてくれたこと、僕は同じことをしてあげる。
僕は彼女が手を振ってくれたことによって落ち着いた心になれたんだ。
迷わずに家に帰れるんだ。
明日も会いたいって思ったんだ。
だから僕は手を振る。
この環境もこの体もこの性格も、みんな神様からの借り物だ。
だから人はたくさん恩返ししたいって思うんだ。
同じことで人を喜ばせたいんだ。
車が見えなくなった頃、最後のひとふりを終えて僕はその場に佇んだ。
「兄ちゃん、こうするんだよ」
僕は天国の兄ちゃんに胸を張って報告できた。
そして僕は……
「へブッシュ!」
風邪を引いたようだった。
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