あの時の歌が聞こえる

関枚

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不安定

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 彼女は夕日に照らされながら僕に手を振ってくれていた。
生き生きとした笑顔で。
正直言って僕はどうして彼女があそこまで明るく振る舞えるのかがわからなかった。
耳が聞こえないなんて絶望することだ。
なのにどうして…?どうして五体満足の僕があんな風にできないんだろう。
ダメだ、これじゃあ彼女に気恥ずかしい。彼女は僕に対して好意的に思ってくれている
数少ない人間だ、僕が答えなかったらどうする!
葉桜は夕日に照らされ影で行きとは違う色合いで立っている。
僕は今までの考えを振り切るように頭を振り、自転車のスピードを上げた。
明日はどうしよう…。
行った方がいいのか?それともこのまま自分は不登校を続けるのか?
答えのない自問自答に僕はうなされた。
僕は彼女の言葉を思い出す。
「ヒカル君って一人、好き?」
僕は時と場合によると答えていた。
彼女もそうなのか?まあ、ずっと一人で暮らしていたから多人数でいる時間を知らないだけか。
頭の中で自問自答を繰り返し、明日の学校についての話題を消し去ろうとしたがしつこくこびりついて消えない。
みんな僕が来て喜んでくれるのか?
僕は必要とされているのか?
僕は、居場所があるのか?
けど、もう来年には中学三年だ。
漠然とした不安も襲う。
もうそろそろ潮時じゃないか?僕は学校生活の中で休むだけ休んだ。
1人の時間はもう終わりでよくないか?
夕日に照らされながら考える。
少しだけ勇気が出てきた。
「明日だけでも行ってみようかな…」
僕はボソリと呟いた。
それ以外は錆びたチェーンの掠れた音がするぐらいである。
家が見えてきた頃には夕日は沈みかけていた。
僕は車庫に自転車を直し裏口直行からの階段で家に入る。
「ただいまー」
僕は疲れ果てた表情で入った。
スタスタと母さんが来る。
その顔はホクホク顔だ。
『この子のただいまを聞いたのは久しぶりね』
「おかえりヒカル。どうだった?」
「優しい人だったよ」
そうか、母さんは僕のただいまを聞きたかったんだな。
この頃外になんて行ってなかったからな。
僕は自分の部屋に入りベッドに体を預ける。
ドスン!とベッドは僕の体を受け止めてくれた。そのままベッドに身を任せる。
彼女は今何をしているだろうか?
明日の準備だろうか?
耳の心配だろうか?
耳に補聴器があっても彼女ならいい学校生活を送れそうだ。
なんせあれだけの美少女だから、それに倒して僕は平凡そのものの顔つきだ。
よくもなく悪くもない。ただ己の性格をにじみ出させている。
僕は重苦しいため息をした。
重い重いため息だ。
その時声がした。
 『ヒカル君は何をしているのかな』
ホノカの声で間違いない。
こんな遠い場所で?
僕は自然と半身を起き上がらせてキョロキョロとする。
当たり前だが彼女の姿はない。
『同じ学校かー、何組になるだろうなぁ。一緒かな?』
本当に無邪気な女の子って感じだ。
僕とは雲泥の差がある。
こんな遠い場所まで聞こえるなんてよほど強い感情であるに違いない。
これは初めてではないので僕はただ聞いていた。
けど内容は明日が楽しみっていうことばかりなので僕はすぐに聞き飽きてしまった。
現実を知らないっていいなぁ。
僕は彼女の純粋さを羨ましがった。
そのまま晩御飯を食べ終わり僕は風呂に入っていた。
体の中からじわじわと疲れが絞り出ていく感じ…。
1日の中で一番最高な時間である。
大体の不登校生はゲームにのめり込むが僕はのめり込む趣味さえないのでただひたすらぼーっとする毎日を送って
いる。
こんな生活に終止符を打ちたかったのだがきっかけがなかった。
そう考えよう。
彼女がそのきっかけを作ってくれたんだ。
そのきっかけを利用するだけなんだ!
寝る前も僕は必死に呟いて不安を消し去ろうとした。
青白い月が部屋を照らす。
「明日は学校に行けそうだな」
僕は少し不安定な自信をもって眠りについた。



   やばい…………………怖い!
僕はただいま目覚ましで起きたところだ。
一回寝てしまうと昨日の自信が崩れ落ち恐怖しか残らない。
これが不登校の辛いところで一見どうでもいいことに関して怖くなり学校に行く意欲が失せてしまうのだ。
ダメだ………行かないといけないんだ。
頭ではそう思っても体が動かない。
布団を抱きしめるようにしてオロオロと震えるのみだ。
結局学校の制服をとるのに30分もかかってしまった。
早めに起きておいて正解である。
こんな時何をすれば良い?どうやって緊張を吹き飛ばせば良い?
よ…よし!深呼吸だ。
大きく息を吸って……吐いてー吸ってー吐いてー。
なんとか落ち着いてきた。
僕は服を着るだけなのだが深い深呼吸をしながらなんとか制服を着る。
二週間もきてなかった服は待ってました!とでも言うような真っ白さである。
一回の居間に行くと母さんがいた。
「ヒカル、学校に行くの?」
「あーまーえー、うん」
もう後戻りはできない。
僕は不安と恐怖をかき消すようにトーストにかぶりつく。美味しい。
こんな時にも美味しいところはおいしんだ。僕は苦笑いした。
そして顔を洗う。
思春期のニキビは手入れが大変だ。
ただでさえ見た目は悪いのにニキビだらけとなると……考えたくもない。
僕はカバンを玄関に置いて靴をはく。
キュッと紐を結べば後は学校に行くだけ、すでに膝が笑っている。
何をしてるんだ梶野ヒカル!もう後戻りはできないんだぞ!
「ヒカル、お弁当。いってらっしゃい」
「い…い…行って…いってきます」
手汗で湿ったドアノブをがチャリとひねる。
暖かい日の光が僕を応援しているような気がした。
僕は歩き出す。ザクザクと登校の集団を抜いていく。
僕はかなり早い時間帯に出たのでクラスの奴に鉢合わせすることはなさそうだ。どっちみち会うけど。
僕はポーカーフェイスを装って歩いているが唇の向こう側は小刻みに歯が音を立てている。
教室に入るまで僕のメンタルが持つかが心配だった。
それ故に大股になって歩く。ひたすら歩く。
隣のクラスのやつだって気にしない。
先生だって気にしない。
僕は機械。今日は機械なんだ。
自己暗示ほど頼りない薬はないと実感した。
学校の校門が見えた時には僕のメンタルは崩壊すれすれだった。
よく登校中に失神しなかったと自分を褒めてやりたい。
登校には勇気がいるものであるということがわかった。多分間違えてるけど。
下駄箱には自分のクラスには外靴がなかったことに対して僕はほっとする。
僕は重苦しい階段を上って自分の教室の扉に手をかけた。
よし、ここをくぐれば僕の勝利だ。
その時、ガシャン!と急に扉が開かれたことに対して僕は盛大にびっくりして尻餅をついてしまう。
「誰かと思ったら梶野じゃん」
「副島?」
扉を開けたのは僕のクラスメイト副島マイだった。
ショートヘアーの少し凛々しい感じの女の子で絵が得意であることで有名である。
「下駄箱には靴がなかったぞ?」
「あー、私結構地味なところにおいてるからね。気がつかなかったでしょ?」
完全に僕の詰みだ…。
「学校に来たんだね」
僕が立ち上がっていると彼女はにっこり笑って訪ねていた。
「まあ、そろそろ潮時かなって思って」
「どうして不登校だったの?」
「不登校になった人にしかわかんないよ」
僕は自分の席に座り机の中にたまったプリント類を見て「ゔ…」と声をあげる。
それを耳聡く聞いていた副島は僕の机まで来て
「整理手伝ってあげる」
プリントを整理し始めた。
どうしてそんなに好意的なんだ?
『これで久しぶりのクラス全員無欠席ね』
彼女の声が聞こえる。
僕以外のみんなは学校に来ていることを物語っている。
しかしそんなにおめでたいことなのか?無欠席って。
「来てくれて良かったよ」
「え?」
「梶野がいないとクラスまとまんないからさ」
下心なんてしらないよという笑顔を見せる副島。
意外と自分に好意的な人はいる物だと実感した。
そしてゾロゾロとクラスメイトが教室に入ってくる。
「梶野じゃん」
「久しぶりじゃね?」
そう声をかけてくるものもいれば僕のことを完全無視する人もいる。
クラス全員が敵という考えは僕の思い込みだったらしい。
それよりも気になるのが
「聞いたか?隣のクラスに超可愛い子が転校してきたんだってさ!」
「本当か?どんなやつだろう?」
ホノカの話題でいっぱいだ。
そうか、隣のクラスか……。
意外と近かったな。
僕は新しい学校生活を送れるかの不安を抱えながらもどこか楽しみな感情もあったことに安心した。
今のところは居場所なんてなくても良いか、自然とそう思う。
自分1人でもそこは十分な居場所だ。
ぼちぼち学校生活を送ろうと思う。
そんな僕を押してくれるかのように、朝の予鈴がなる。
いつもとは違って聞こえた。
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