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本編
44.皇女エステファニアの目覚め(1)
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シモンの言葉に、エステファニアの遠のきかけていた意識が引き戻される。
この男は今、何と言った……?
「わたくしは今日、あなた様に薬は盛っておりませんし……それに、分かるんです。喘ぎ方や体の反応が、前とは違うんですよ」
エステファニアは冷や汗をかいた。
いや、たしかに意識はあるが、自分の体は、眠りに入っていて上手く動かせない。
だってそうでないと、おかしいではないか。
襲われて抵抗もしないで、あまつさえ、シモンの問いに頷いて。
思い返せば、たしかに、最後の方は必死でシーツを握っていたり、結構大きな声を出していたような気がする。
瞼も、意識を抜くと開いてしまいそうな気がしてぎゅっと力を入れた。
「始めから、あなたはわたくしを受け入れてくださいましたね。寝たふりのまま、その身体を預け……」
――ち、違いますわ!
本当に、始めの方は、動けなかったのだ。
そうだったはずだ。
あまり手に力も入らなかったし、瞼も開かなくて――――本当に?
シモンは、薬を盛っていないと言っていた。
だったら、そこまで自分の体が思いどおりにならないことがあるだろうか。
もしかしたら、無意識のうちに、エステファニア自身が……。
いいや、そんなはずはない。
だってエステファニアはシモンに抱かれたくないし、寝ていると思われたら何をされるか分からない。
だから起きられる状況だったら、起きたはずだ。
シモンに反論したくても、目を開けたら――意識があることを知られたら、シモンの言っていることを肯定することになってしまう。
エステファニアは、寝たふりに努めた。
「そして、あなたの身を穢す許可もくださった」
エステファニアの身体から血の気が引く。
それに関しては、何の言い訳もできなかった。
エステファニア自身が、寝相を装って、頷いた。
それは間違いない。
でもそれは、魔が差しただけだ。
シモンを受け入れるとかそうではなくて、ただ目の前にぶら下げられた快楽が欲しくて、つい、頷いてしまっただけ。
眠らされていたから、思考もはっきりしていないせいで――ああでも、シモンは薬を盛っていないのだった。
でもたしかに、もしシモンの言っていることが嘘で食事に睡眠薬を盛られていたとしても、薬が効いてくる時間がおかしいことになる。
あまりにも分が悪かった。
けれどエステファニアも、ここではいそうですかと認めるわけにはいかなかった。
シモンが鎌をかけている可能性だってある。
本当はエステファニアに意識があるかなんて確信はないけれど、そう言っているだけかもしれない。
そうだ、このまま眠れば、シモンの勘違いだという主張ができる。
だからエステファニアは、ここで絶対に目を開けてはいけないのだ。
「意地を張らなくていいんですよ、エステファニア様。当然のことです。人にはみな性欲がありますし、しかもあなたは、わたくしによって身体を作り変えられてしまった。全てわたくしの所為ですから、あなた様が恥じることはありません」
「…………」
「わたくしは、あなたをお慕いしております。あなたの御心がどうであろうと、関係ないほどに。どんなあなたでもわたくしは愛しておりますし、愛してみせます。ですから、わたくしを相手に、何かを隠す必要も、繕う必要もありません。わたくしはあなたがどんな人間だろうと、どんなにわたくしを嫌おうと、あなたのことをお慕いします」
「…………っ」
それは、ひどい殺し文句だった。
『エステファニア様。わたくしは、あなた様自身が欲しいのです。心がどうとか、最早、そういう次元ではないのですよ』
以前、シモンが言っていた言葉を思い出す。
あの時からずっと、エステファニアはあの言葉の意味を理解できないままだった。
けれどきっと、今、シモンが言ったようなことなのだろう。
十歳の時に一目惚れをしてここまで来たと言う男だ。
その話が本当なら、たしかに、エステファニアがどんな人間だろうと、関係がないのかもしれない。
一度見ただけの話したこともない女を、十年以上求め続けてきたのだ。
エステファニアが眠っている自分を強姦した男になびくような女でも、性欲に流される女でも、彼を愛さない女だろうと、彼はただエステファニアであれば、何とも思わない。
受け入れ、愛し続けるだけなのだ。
初めからずっと、エステファニアの生意気な態度に笑顔を崩さなかったのも、そういうことだったのかもしれない。
誰にだってそつが無い態度をとるシモンだが、長く一緒に仕事をしていれば、ふと、彼の素のようなものが垣間見えるときだってあった。
相手を何とも思っていないような冷たい目だったり、つまらなそうな雰囲気だったり。
けれどエステファニアに対しては、そんなことはなかった。
むしろ、彼の熱情が漏れていたほどだ。
「神が認めた結婚でもあります。神が番わせた夫婦です。その夫婦が互いを求めあって、おかしいことがありましょうか」
でも、駄目なのだ。
シモンがエステファニアを受け入れても、エステファニアがエステファニアを受け入れられない。
エステファニアは、自分を勝手に犯すような男に惹かれるような女じゃない。性欲に流される女じゃない。
だからシモンを受け入れることなど、ありはしないのだ。
『おまえは頑固なところがあるから……その、人は気が変わることもよくある。それに素直になってみることも、たまには必要だと思う。それを忘れないでくれ』
どうしてこんなときに、家族の――長兄の言葉を思い出すのだろう。
エステファニアは自嘲した。
――わたくしの考えは、祖国を出た時と変わりませんわ。わたくしはわたくしの気持ちに素直になって、考えを曲げないだけ……。
エステファニアは、シモンの言葉に反応せず瞼を閉じ続けた。
しばらくすると、シモンが溜息をつく。
「……分かりました。では、目を開けていただくまでです」
シモンはそう言うと、エステファニアの脚を肩に担いだ。
この男は今、何と言った……?
「わたくしは今日、あなた様に薬は盛っておりませんし……それに、分かるんです。喘ぎ方や体の反応が、前とは違うんですよ」
エステファニアは冷や汗をかいた。
いや、たしかに意識はあるが、自分の体は、眠りに入っていて上手く動かせない。
だってそうでないと、おかしいではないか。
襲われて抵抗もしないで、あまつさえ、シモンの問いに頷いて。
思い返せば、たしかに、最後の方は必死でシーツを握っていたり、結構大きな声を出していたような気がする。
瞼も、意識を抜くと開いてしまいそうな気がしてぎゅっと力を入れた。
「始めから、あなたはわたくしを受け入れてくださいましたね。寝たふりのまま、その身体を預け……」
――ち、違いますわ!
本当に、始めの方は、動けなかったのだ。
そうだったはずだ。
あまり手に力も入らなかったし、瞼も開かなくて――――本当に?
シモンは、薬を盛っていないと言っていた。
だったら、そこまで自分の体が思いどおりにならないことがあるだろうか。
もしかしたら、無意識のうちに、エステファニア自身が……。
いいや、そんなはずはない。
だってエステファニアはシモンに抱かれたくないし、寝ていると思われたら何をされるか分からない。
だから起きられる状況だったら、起きたはずだ。
シモンに反論したくても、目を開けたら――意識があることを知られたら、シモンの言っていることを肯定することになってしまう。
エステファニアは、寝たふりに努めた。
「そして、あなたの身を穢す許可もくださった」
エステファニアの身体から血の気が引く。
それに関しては、何の言い訳もできなかった。
エステファニア自身が、寝相を装って、頷いた。
それは間違いない。
でもそれは、魔が差しただけだ。
シモンを受け入れるとかそうではなくて、ただ目の前にぶら下げられた快楽が欲しくて、つい、頷いてしまっただけ。
眠らされていたから、思考もはっきりしていないせいで――ああでも、シモンは薬を盛っていないのだった。
でもたしかに、もしシモンの言っていることが嘘で食事に睡眠薬を盛られていたとしても、薬が効いてくる時間がおかしいことになる。
あまりにも分が悪かった。
けれどエステファニアも、ここではいそうですかと認めるわけにはいかなかった。
シモンが鎌をかけている可能性だってある。
本当はエステファニアに意識があるかなんて確信はないけれど、そう言っているだけかもしれない。
そうだ、このまま眠れば、シモンの勘違いだという主張ができる。
だからエステファニアは、ここで絶対に目を開けてはいけないのだ。
「意地を張らなくていいんですよ、エステファニア様。当然のことです。人にはみな性欲がありますし、しかもあなたは、わたくしによって身体を作り変えられてしまった。全てわたくしの所為ですから、あなた様が恥じることはありません」
「…………」
「わたくしは、あなたをお慕いしております。あなたの御心がどうであろうと、関係ないほどに。どんなあなたでもわたくしは愛しておりますし、愛してみせます。ですから、わたくしを相手に、何かを隠す必要も、繕う必要もありません。わたくしはあなたがどんな人間だろうと、どんなにわたくしを嫌おうと、あなたのことをお慕いします」
「…………っ」
それは、ひどい殺し文句だった。
『エステファニア様。わたくしは、あなた様自身が欲しいのです。心がどうとか、最早、そういう次元ではないのですよ』
以前、シモンが言っていた言葉を思い出す。
あの時からずっと、エステファニアはあの言葉の意味を理解できないままだった。
けれどきっと、今、シモンが言ったようなことなのだろう。
十歳の時に一目惚れをしてここまで来たと言う男だ。
その話が本当なら、たしかに、エステファニアがどんな人間だろうと、関係がないのかもしれない。
一度見ただけの話したこともない女を、十年以上求め続けてきたのだ。
エステファニアが眠っている自分を強姦した男になびくような女でも、性欲に流される女でも、彼を愛さない女だろうと、彼はただエステファニアであれば、何とも思わない。
受け入れ、愛し続けるだけなのだ。
初めからずっと、エステファニアの生意気な態度に笑顔を崩さなかったのも、そういうことだったのかもしれない。
誰にだってそつが無い態度をとるシモンだが、長く一緒に仕事をしていれば、ふと、彼の素のようなものが垣間見えるときだってあった。
相手を何とも思っていないような冷たい目だったり、つまらなそうな雰囲気だったり。
けれどエステファニアに対しては、そんなことはなかった。
むしろ、彼の熱情が漏れていたほどだ。
「神が認めた結婚でもあります。神が番わせた夫婦です。その夫婦が互いを求めあって、おかしいことがありましょうか」
でも、駄目なのだ。
シモンがエステファニアを受け入れても、エステファニアがエステファニアを受け入れられない。
エステファニアは、自分を勝手に犯すような男に惹かれるような女じゃない。性欲に流される女じゃない。
だからシモンを受け入れることなど、ありはしないのだ。
『おまえは頑固なところがあるから……その、人は気が変わることもよくある。それに素直になってみることも、たまには必要だと思う。それを忘れないでくれ』
どうしてこんなときに、家族の――長兄の言葉を思い出すのだろう。
エステファニアは自嘲した。
――わたくしの考えは、祖国を出た時と変わりませんわ。わたくしはわたくしの気持ちに素直になって、考えを曲げないだけ……。
エステファニアは、シモンの言葉に反応せず瞼を閉じ続けた。
しばらくすると、シモンが溜息をつく。
「……分かりました。では、目を開けていただくまでです」
シモンはそう言うと、エステファニアの脚を肩に担いだ。
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