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本編

37.皇女エステファニアの敗北(2)

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「エステファニア様。わたくしは、あなた様自身が欲しいのです。心がどうとか、最早、そういう次元ではないのですよ」
「は……? つまり、体だけが、欲しいと……?」
「そうではありません。あなた様という存在自体を、わたくしのものにしたいのです。そこには、あなた様の意思は関係ありません。あなた様が嫌だと思っていても……あなた様の御心がどうであろうと、もうあなたは、わたくしのものなのですよ」

 何か、得体の知れないものが目の前にいるようだった。
 エステファニアは怖気立ち、無意識に体を後ろにずらす。

「もう知っているかと存じますが、戦争には勝利しました。南の国とは和平条約を結び――あそこは、事実上のロブレの属国となります。それだけ、魔石の力は大いなるものでした。貴族の魔術と同等の現象を起こしてみせました。圧倒的だったのですよ、我が軍は。……あなた様なら、この意味をお分かりですね?」
「っ……」

 おそらくそれが本当ならば、これからは、ロブレの時代になる。
 だから神は、エステファニアをロブレに嫁がせたのだ。

「魔石を手にした時、わたくしは思ったのです。これがあれば、あなた様を娶ることができると。神託がなかろうと、帝国が脅かされれば、頷かないわけにはいかないのではないかと。すると、帝国から縁談がきました。神託がくだったんです。つまり……あなた様がいらっしゃらなければ、きっと、そうなっていたのでしょうね」

 シモンが、ぎりしとベッドを軋ませて座った。

「帝国は巨大なだけあって、貴族――魔術師も多いですね。他の国とは、まさに桁違いです。ですが……魔石は、もっと多いですよ。まだ採掘しきってもいないですし……今のところ、他の国では見つかっていないでしょう。神託のこともありますし、もしかしたら、この地にしかないのかもしれませんね」

 これは、明確な脅しだった。
 シモンがやったことを責めたとして――帝国が何を言おうと、もう痛くもかゆくもないと言っているのだ。

「皇帝陛下にお話しされても良いですが……あまり、おすすめはいたしませんね。わたくし自身もあなた様の祖国とは良好な関係を築いていきたいと思っていますし、あなた様を手放す気はありませんから」

 さらに、エステファニアが大人しく彼のそばにいれば、帝国は無事でいられるとも言ったのだ。
 もう、エステファニアに選択権はなかった。
 シモンのしたことを糾弾してもしなくても、もう、彼から逃れるすべはないのだ。

「……そうだとして……でも、こんな……知らないうちに孕ますなんて、しなくても、良かったではないですか……どのみちこの戦争が終われば、わたくしがあなたから逃げられないことは、分かったでしょう。こんなことまで、しなくても……」

 エステファニアの瞳からぽろぽろと涙が零れると、シモンはうっとりとした顔をして、指で涙を拭ってきた。
 こんな男に、触られたくない。
 そう思うけれど、顔を背けることもできなかった。
 そんなことで自分の意思表示をしても、もう意味はないからだ。

「……そうしたら、あなた様はその身をわたくしに預けたでしょうか?」
「…………」

 どうだろう。もう今となっては、そんな想像もできない。
 懐妊とシモンの異常性を知ったエステファニアとその前のエステファニアでは、気の持ちようがまったく違う。

「きっとあなた様は、わたくしの想いを受け入れてくださることも、あなた様がわたくしを愛してくださることも、ありませんでしたよ。あの舞踏会の夜に、それを確信しました。……神すらも、人の心は操れない」

 たしかにそれは、エステファニアが言ったことだった。

『……神すらも、人の心は操れません。それは、わたくしも、あなたもです。あなたが何を想っていようと勝手ですが……わたくしに何かを求めても、それに応えることはないとだけ、お伝えしておきますわ』

「ですが神は、あなた様をわたくしに与えてくださった。あなたという存在は、わたくしのものです。それを、分かっていただきたかった」
「あ、あなた……狂ってますわ……」

 想っているという女を物のように言って、寝ているところを犯して、孕ませるなど。
 いくらシモンの言葉を聞いても、理解はできなかった。

 けれど……エステファニアは先ほど、このことを知らなかった数ヶ月前の自分とは変わってしまったと思った。
 人の心は操れないが、彼は、エステファニアの思考を変えることには成功した。
 もう、彼から逃げることができるとは思えない。
 逆らおうなどと、そんな気も起きない。
 平気な顔でこんなことをできる、話の通じない、人の道を外れた男なのだ。
 そんな男を相手に、一体何ができるだろう。
 彼は、エステファニアの芯のようなものを折ってしまった。
 それだけのことを、彼はした。

 きっとそれが、彼の目的だった。
 だとすればそれは、間違いなく成功していた。

 シモンはエステファニアの言葉に微笑むと、彼女のまだ膨らんでいない腹を撫でた。
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