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本編
36.皇女エステファニアの敗北(1)
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シモンが、戦争から帰ってきた。
ベッドに臥せるエステファニアは出迎えることはできず、自室で吐き気に耐えながらシモンを待っていた。
彼は、もうエステファニアの懐妊を知っているだろう。
戦地で聞いたのか、落ち着いてからが良いだろうと、帰ってきてから知らされたのか。
どちらでも良いし、どちらだったとしても、シモンがどうそのことを受け止めるのか、まったく想像ができなかった。
彼はもう、到底理解の及ばない人物になっていた。
コンコン、と扉がノックされ、そばに控えていた侍女が少しだけ扉を開けた。
「エステファニア様、シモン様です」
「……通して」
扉が大きく開き、シモンが入ってきた。
着替えたのだろう。汚れた軍服ではなく、綺麗な白いシャツに、トラウザーズを履いていた。
シモンは侍女を部屋の外へと下げさせると、ベッドのそばまでやってきた。
「先程、陛下から聞きました。ご懐妊されたそうですね」
シモンはいつもの笑みを――いや、いつもよりも、深い笑みを浮かべていた。
動揺している様子はまったくない。
やはり、彼が犯人だったのだろう。
「……あなたなんでしょう」
「ええ、そうです」
「っ……!」
シモンが犯人だとしても、一度くらいはとぼけられるかと思っていた。
それを堂々と肯定されて、怖じ気付いてしまった。
「ど、どうして、こんなことを……」
シモンは跪いて、エステファニアに目線を合わせた。
「……欲しかったんです。あなた様が」
「……は?」
「あなた様は知らないでしょうけれど、わたくしは十歳で帝国を訪れた際に、あなた様をお見掛けしました。一目惚れでした。バルコニーに立って太陽の光に照らされるあなた様は、神の使いのように美しかった」
『ずっと……ずっと、好きだったんです。一目惚れでした。あなたの美しさに、魅了されて……』
エステファニアは、以前シモンが言っていたことを思い出した。
一目惚れとは言っていたが、そんな、昔からの設定だったのか。
「自分があなた様と釣り合わないことは分かっていました。けれど、帝国は神託によって結婚を決めますよね。ロブレを発展させれば、可能性はまったくのゼロではないと思い、わたくしはこれまで励んできました。そして、魔石が発掘されたのち――あなた様に、婚姻の神託がくだされた。神は、わたくしの想いを叶えてくださった。……夢のようでした。あなた様と、夫婦になれるなんて」
熱に浮かされたように語るシモンが、怖かった。
エステファニアを見つめる瞳は熱く優しかったが、どこか狂気じみている雰囲気を感じる。
「ですが、あなた様は白き結婚を望まれた。わたくしと真の夫婦になる気はないとおっしゃられた。だからわたくしは、努力しました。あなた様に認められるように、好いていただけるように。ですがあなた様は、わたくしが期待することも否定なさった。だから、強引にでもあなたをわたくしのものにしました。それだけのことです」
「ふ、……ふざけないで!」
もう、エステファニアには意味が分からなかった。
彼の言っていることは、嘘に決まっている。
だってどこに、好いた女を裏切る行為をする男がいるのだろう。
エステファニアのことが本当に好きならば、こんな、嫌われるようなことはしないはずだ。
なのにシモンは、好きだからこそしたと主張している。
彼のしたことがエステファニアへの好意によるものだというのは、筋が通っていないだろう。
「あなたらしくありませんわ。そんな筋の通らない論理を言うのではなくて、素直に、ヒラソルの血を引いた子供が欲しかったとおっしゃれば良いではありませんか!」
どうしても皇族の血が欲しくて、エステファニアを強引に孕ませた。
その方が、よっぽど納得のいく話だった。
どうしてこんな嘘をシモンがつくのかも分からない。
しかも、もしかしたら嘘ではないのではと思わされるような、嫌に真剣味のある瞳と声色が怖かった。
「無論、王家としては、あなた様の血が欲しいですけれど、わたくしとしては、そんなことはどうでも良いのですよ。あなた様が、わたくしのものになってくだされば」
「あなたは、あくまでわたくし自身を求めていると主張なさるのですね」
「はい」
「でしたら、こんなことをするのは、おかしいでしょう! 勝手に身体を暴かれて、孕まされて、それで、わたくしがあなたのことを好きになるとでも!? あなたの言っていることは、筋が通っておりません!」
ふふ、とシモンが笑ったので、びくりと肩を跳ねさせた。
どうして笑うのか、理由がまったく思い当たらない。
ベッドに臥せるエステファニアは出迎えることはできず、自室で吐き気に耐えながらシモンを待っていた。
彼は、もうエステファニアの懐妊を知っているだろう。
戦地で聞いたのか、落ち着いてからが良いだろうと、帰ってきてから知らされたのか。
どちらでも良いし、どちらだったとしても、シモンがどうそのことを受け止めるのか、まったく想像ができなかった。
彼はもう、到底理解の及ばない人物になっていた。
コンコン、と扉がノックされ、そばに控えていた侍女が少しだけ扉を開けた。
「エステファニア様、シモン様です」
「……通して」
扉が大きく開き、シモンが入ってきた。
着替えたのだろう。汚れた軍服ではなく、綺麗な白いシャツに、トラウザーズを履いていた。
シモンは侍女を部屋の外へと下げさせると、ベッドのそばまでやってきた。
「先程、陛下から聞きました。ご懐妊されたそうですね」
シモンはいつもの笑みを――いや、いつもよりも、深い笑みを浮かべていた。
動揺している様子はまったくない。
やはり、彼が犯人だったのだろう。
「……あなたなんでしょう」
「ええ、そうです」
「っ……!」
シモンが犯人だとしても、一度くらいはとぼけられるかと思っていた。
それを堂々と肯定されて、怖じ気付いてしまった。
「ど、どうして、こんなことを……」
シモンは跪いて、エステファニアに目線を合わせた。
「……欲しかったんです。あなた様が」
「……は?」
「あなた様は知らないでしょうけれど、わたくしは十歳で帝国を訪れた際に、あなた様をお見掛けしました。一目惚れでした。バルコニーに立って太陽の光に照らされるあなた様は、神の使いのように美しかった」
『ずっと……ずっと、好きだったんです。一目惚れでした。あなたの美しさに、魅了されて……』
エステファニアは、以前シモンが言っていたことを思い出した。
一目惚れとは言っていたが、そんな、昔からの設定だったのか。
「自分があなた様と釣り合わないことは分かっていました。けれど、帝国は神託によって結婚を決めますよね。ロブレを発展させれば、可能性はまったくのゼロではないと思い、わたくしはこれまで励んできました。そして、魔石が発掘されたのち――あなた様に、婚姻の神託がくだされた。神は、わたくしの想いを叶えてくださった。……夢のようでした。あなた様と、夫婦になれるなんて」
熱に浮かされたように語るシモンが、怖かった。
エステファニアを見つめる瞳は熱く優しかったが、どこか狂気じみている雰囲気を感じる。
「ですが、あなた様は白き結婚を望まれた。わたくしと真の夫婦になる気はないとおっしゃられた。だからわたくしは、努力しました。あなた様に認められるように、好いていただけるように。ですがあなた様は、わたくしが期待することも否定なさった。だから、強引にでもあなたをわたくしのものにしました。それだけのことです」
「ふ、……ふざけないで!」
もう、エステファニアには意味が分からなかった。
彼の言っていることは、嘘に決まっている。
だってどこに、好いた女を裏切る行為をする男がいるのだろう。
エステファニアのことが本当に好きならば、こんな、嫌われるようなことはしないはずだ。
なのにシモンは、好きだからこそしたと主張している。
彼のしたことがエステファニアへの好意によるものだというのは、筋が通っていないだろう。
「あなたらしくありませんわ。そんな筋の通らない論理を言うのではなくて、素直に、ヒラソルの血を引いた子供が欲しかったとおっしゃれば良いではありませんか!」
どうしても皇族の血が欲しくて、エステファニアを強引に孕ませた。
その方が、よっぽど納得のいく話だった。
どうしてこんな嘘をシモンがつくのかも分からない。
しかも、もしかしたら嘘ではないのではと思わされるような、嫌に真剣味のある瞳と声色が怖かった。
「無論、王家としては、あなた様の血が欲しいですけれど、わたくしとしては、そんなことはどうでも良いのですよ。あなた様が、わたくしのものになってくだされば」
「あなたは、あくまでわたくし自身を求めていると主張なさるのですね」
「はい」
「でしたら、こんなことをするのは、おかしいでしょう! 勝手に身体を暴かれて、孕まされて、それで、わたくしがあなたのことを好きになるとでも!? あなたの言っていることは、筋が通っておりません!」
ふふ、とシモンが笑ったので、びくりと肩を跳ねさせた。
どうして笑うのか、理由がまったく思い当たらない。
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