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本編

35.夫の裏切り(2)

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「エステファニア様、こちらはどうでしょうか」

 侍女が差し出したスープに、弱々しく首を振った。
 はやく下げろと手を振ると、侍女はすぐさま遠くに置かれたワゴンまで持っていく。

 エステファニアの悪阻は、まったく落ち着く気配がなかった。
 常に気持ちが悪く吐き気に襲われ、匂いにも敏感になっている。
 初めの方は食欲がなくともなんとか軽いものを食べたりできていたのだが、今はもう、ほとんどのものに匂いだけで吐き気を催し、戻してしまう。
 悪阻といえど栄養はなるべく取ってもらいたいと毎日様々なものを持ってこられるが、全滅だった。

「ううっ……」

 胃液がせり上がって来て、口を押さえる。
 侍女がすぐさま吐瀉物を受け止めるための鉢を持ってきて、背中をさすった。
 胃液に食道が焼かれ、むかむかする。
 口をゆすぎたいのに今は水を口に含むのさえ吐き気を催しそうで、まずい口内に眉を寄せながら横になった。


 こんなことでは公務などできないと、宮廷医から国王に懐妊の診断を伝えさせた。
 するとシモンの家族の三人から会いたいという話があったが、とても相手にできる状態ではないと断っている。
 実際に悪阻で満足に起き上がることもできないし、彼らとどんな顔をして会えば良いのか分からない。
 エステファニアの悪阻が重いことは医師や侍従からも聞いているのか、二度目の打診はないのが救いだった。

 白き結婚という約束を知っている国王や侍従たちは、この懐妊をどう思っているのだろう。
 まあ、息子や主が寝ている女を勝手に孕ませたとは、普通は想像しないだろう。
 どうせ、エステファニアが折れたとでも思っているのだ。
 そんなことはない、この国の王太子がどれほど外道な人間かを教えてやりたかったが、それは尚早だろう。

 一応、シモン本人に問いただして、その弁明を聞かねばなるまい。
 侍従たちに、自分とシモンの他に寝室に入った人物がいないかを確認したが、やはりそんな者はいなかったそうだ。
 なので十中八九犯人はシモンだろうが、本人が認めなければ他の可能性がないことを証明しなければならないし、もし本当にシモンではなかった場合、彼がいない場で話を広めるのは悪手だ。
 だからエステファニアはまだ、誰にもこのことを話していなかった。
 父親である皇帝にも言いつけてやりたいが、確定もしていないのに国同士の問題に発展させるわけにもいかなかった。

 それに何よりも、今のエステファニアは、毎日を生きるので精一杯だった。
 重い悪阻が続き、望んでもいない妊娠でこんなに苦しめられていると思うと、胎の子の父親が憎らしくて仕様がない。
 けれど自分の体の内に新しい命があると思うと、不思議と、頑張ろうとは思えるのだ。
 父親が何であれ、この子供が、エステファニアが一生得ることがないと思っていた自身の子であることは間違いないからだろうか。

 安全性は確実ではないが、堕胎する方法も、あるにはある。
 とはいえ、王太子妃には不貞を働いた場合を除いてそんな選択は許されないだろうし、それをしようと思ったことは一度もなかった。
 自分でも驚いたのだが、エステファニアにも、案外母性というものがあるらしかった。



 そして、シモンたちが出陣してから三か月後。
 戦争に勝利したとの報せが、王城に届いた。
 シモンが帰って来る。
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