白き結婚という条件で新興国の王太子に嫁いだのですが、眠っている間に妊娠させられていました

天草つづみ

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本編

33.懐妊

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 シモンが出陣してひと月ほど経った頃、エステファニアは体調を崩した。
 どうにも気分が悪く、吐き気がとまらない。
 少し前からお腹がもやもやとするような気分で過ごしていたが、ついにドレスを着ることすら辛くなり、自室で休んでいた。
 何か病気になったのか、食当たりでもしたのか。
 顔を青白くしてベッドに伏せるエステファニアに侍従たちは大慌てになり、すぐに医者を呼んだ。

「失礼いたします」

 宮廷医である四十代くらいの男はまず脈を測り、胸の音を聞いた。

「症状は悪心だと聞いておりますが、他になにかありますでしょうか? お腹が痛いですとか、下痢ですとか」
「い、いえ……とにかく、気持ち悪いんですの」

 絞り出すように返事をしたエステファニアに、医師は淡々とした口調で聞いた。

「では、月のものは?」
「……は?」
「月のものは、問題なく来ていますか? 止まっていたりはしませんか?」

 その言葉に、エステファニアの心臓が嫌な音を立てた。
 そういえば先月から、月のものは来ていない。
 医師が何を疑っているのか、察しがついてしまった。

「……止まっていますが、前々から、周期が安定していませんの。なので、いつものことですわ」

 細い体のエステファニアは、もともと月経周期が乱れがちだった。
 ロブレに嫁いで慣れない環境と人々に囲まれてからは更に乱れ、何ヶ月も止まったり、逆に月に二回ほど出血することもあった。だから今回も、いつもどおり、周期が乱れているだけなのだ。
 特に最近は、夢見や戦争のことで頭を悩ませていたから。
 そして何よりも、エステファニアは性交をしていない。
 医師が疑っているようなことは、あり得ないのだ。

「ですが、王太子殿下と夜を過ごしていらっしゃいましたよね?」
「っ…………」

 医師に言われ否定したくなったが、慌てて口を噤んだ。
 表向きには、二人は夫婦関係があるように振舞うことになっている。

「……、ええ」

 渋々頷いた。

「でしたら、ご懐妊されたと考えるのが普通かと……」

 そばに控えていた侍女が、はっと息を呑んだ。
 彼女を含むシモンとエステファニアの侍従たちは、結婚の条件を知る数少ない人物だ。

「そ、そんなはずありませんわ!」

 思わず叫んでしまった。
 だって、そんなことはありえない。
 エステファニアはシモンとどころか、ただ一人として、男と体を重ねたことはないのだ。妊娠のしようがない。
 けれど、性交がないことをこの男に明かして良いのかも分からない。
 宮廷医なのだから秘密は守るだろうが、白き結婚であることを内密にすることは、国王たっての依頼だ。
 エステファニアの独断では言うことができない。

 けれどこのままでは、妊娠したと思いこまれて、何の処置もされずに診察が終わってしまう。
 こんな、朝から何も口にできないほど気持ち悪いのだ。絶対に何かの病気に決まっている。
 それを放置されたら、自分は死んでしまうかもしれないのに。

「しかし……。……では失礼ですが、内診させていただいても?」
「や、いやですわ!」

 エステファニアは首を振った。
 いくら医療行為とはいえ、清らかな体の内に、夫でもない男の指が入るだなんて、耐えられない。

「ですが……それが、懐妊を確認する最も確実な方法なのです」

 そう言われてしまえば、エステファニアも考えてしまう。
 このまま放置されて苦しみ続けるのか、妊娠していないことを証明して、きちんとした治療を受けるのか。
 最悪治療を受けられなければ、死ぬ可能性だってあるだろう。
 そんなの、馬鹿馬鹿しいではないか。

 ……大丈夫だ。別に、自分の指の一本や二本を中に入れて楽しんだことはある。性器を入れられるわけじゃないのだ。
 自分ですることと変わらないし、なによりも、これは命を繋ぐために必要な、医療行為だ。

「……では、よろしくお願いします。手短に」
「はい。では、失礼します」

 エステファニアは思いつめた顔をしながら、脚を開いた。
 医師は慣れているのか、まったく表情も声色も変わらず、淡々としているのが救いだった。
 潤滑剤を纏った医師の指が入ってくる。
 痛みもなく思っていたよりもあっさりで、驚いてしまった。
 下腹部にもう片手を当てて押さえられながら、中からもぐいぐいと指で押し上げられ、子宮を確認される。

「うぅ……」

 その気持ち悪さに唸っていると、すぐに指が抜けていった。
 終わったと、ほっと息をつく。嫌な経験だったが、思ったよりも短かったので、まだ良かった。
 もうこのことは忘れよう。
 とりあえずこれで、適切な治療を受けられるはずだ。

「おめでとうございます。やはり、ご懐妊されていますね」

 しかし医師は、あり得ない言葉を発した。

「……は?」
「現在の症状は、悪阻によるものでしょう。残念ながら、これを軽くする薬などはなく……落ち着くのを待つしかありません。ゆっくりと体を休めていただいて、飲めそうだったら、水分だけでも取ってください。陛下に王太子妃殿下の公務を免除していただけるよう、診断書を書いておきます」

 エステファニアの体から血の気が引いた。
 医師が慌てて手を伸ばすが、間に合わなかった。
 力の抜けた体がベッドに倒れる。

「殿下!」
「エステファニア様!」

 視界がぐるぐると回る。
 慌てた医師や侍女たちの声も、膜の外から語りかけられているような、遠くのものに感じた。
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