上 下
34 / 52
本編

33.懐妊

しおりを挟む
 シモンが出陣してひと月ほど経った頃、エステファニアは体調を崩した。
 どうにも気分が悪く、吐き気がとまらない。
 少し前からお腹がもやもやとするような気分で過ごしていたが、ついにドレスを着ることすら辛くなり、自室で休んでいた。
 何か病気になったのか、食当たりでもしたのか。
 顔を青白くしてベッドに伏せるエステファニアに侍従たちは大慌てになり、すぐに医者を呼んだ。

「失礼いたします」

 宮廷医である四十代くらいの男はまず脈を測り、胸の音を聞いた。

「症状は悪心だと聞いておりますが、他になにかありますでしょうか? お腹が痛いですとか、下痢ですとか」
「い、いえ……とにかく、気持ち悪いんですの」

 絞り出すように返事をしたエステファニアに、医師は淡々とした口調で聞いた。

「では、月のものは?」
「……は?」
「月のものは、問題なく来ていますか? 止まっていたりはしませんか?」

 その言葉に、エステファニアの心臓が嫌な音を立てた。
 そういえば先月から、月のものは来ていない。
 医師が何を疑っているのか、察しがついてしまった。

「……止まっていますが、前々から、周期が安定していませんの。なので、いつものことですわ」

 細い体のエステファニアは、もともと月経周期が乱れがちだった。
 ロブレに嫁いで慣れない環境と人々に囲まれてからは更に乱れ、何ヶ月も止まったり、逆に月に二回ほど出血することもあった。だから今回も、いつもどおり、周期が乱れているだけなのだ。
 特に最近は、夢見や戦争のことで頭を悩ませていたから。
 そして何よりも、エステファニアは性交をしていない。
 医師が疑っているようなことは、あり得ないのだ。

「ですが、王太子殿下と夜を過ごしていらっしゃいましたよね?」
「っ…………」

 医師に言われ否定したくなったが、慌てて口を噤んだ。
 表向きには、二人は夫婦関係があるように振舞うことになっている。

「……、ええ」

 渋々頷いた。

「でしたら、ご懐妊されたと考えるのが普通かと……」

 そばに控えていた侍女が、はっと息を呑んだ。
 彼女を含むシモンとエステファニアの侍従たちは、結婚の条件を知る数少ない人物だ。

「そ、そんなはずありませんわ!」

 思わず叫んでしまった。
 だって、そんなことはありえない。
 エステファニアはシモンとどころか、ただ一人として、男と体を重ねたことはないのだ。妊娠のしようがない。
 けれど、性交がないことをこの男に明かして良いのかも分からない。
 宮廷医なのだから秘密は守るだろうが、白き結婚であることを内密にすることは、国王たっての依頼だ。
 エステファニアの独断では言うことができない。

 けれどこのままでは、妊娠したと思いこまれて、何の処置もされずに診察が終わってしまう。
 こんな、朝から何も口にできないほど気持ち悪いのだ。絶対に何かの病気に決まっている。
 それを放置されたら、自分は死んでしまうかもしれないのに。

「しかし……。……では失礼ですが、内診させていただいても?」
「や、いやですわ!」

 エステファニアは首を振った。
 いくら医療行為とはいえ、清らかな体の内に、夫でもない男の指が入るだなんて、耐えられない。

「ですが……それが、懐妊を確認する最も確実な方法なのです」

 そう言われてしまえば、エステファニアも考えてしまう。
 このまま放置されて苦しみ続けるのか、妊娠していないことを証明して、きちんとした治療を受けるのか。
 最悪治療を受けられなければ、死ぬ可能性だってあるだろう。
 そんなの、馬鹿馬鹿しいではないか。

 ……大丈夫だ。別に、自分の指の一本や二本を中に入れて楽しんだことはある。性器を入れられるわけじゃないのだ。
 自分ですることと変わらないし、なによりも、これは命を繋ぐために必要な、医療行為だ。

「……では、よろしくお願いします。手短に」
「はい。では、失礼します」

 エステファニアは思いつめた顔をしながら、脚を開いた。
 医師は慣れているのか、まったく表情も声色も変わらず、淡々としているのが救いだった。
 潤滑剤を纏った医師の指が入ってくる。
 痛みもなく思っていたよりもあっさりで、驚いてしまった。
 下腹部にもう片手を当てて押さえられながら、中からもぐいぐいと指で押し上げられ、子宮を確認される。

「うぅ……」

 その気持ち悪さに唸っていると、すぐに指が抜けていった。
 終わったと、ほっと息をつく。嫌な経験だったが、思ったよりも短かったので、まだ良かった。
 もうこのことは忘れよう。
 とりあえずこれで、適切な治療を受けられるはずだ。

「おめでとうございます。やはり、ご懐妊されていますね」

 しかし医師は、あり得ない言葉を発した。

「……は?」
「現在の症状は、悪阻によるものでしょう。残念ながら、これを軽くする薬などはなく……落ち着くのを待つしかありません。ゆっくりと体を休めていただいて、飲めそうだったら、水分だけでも取ってください。陛下に王太子妃殿下の公務を免除していただけるよう、診断書を書いておきます」

 エステファニアの体から血の気が引いた。
 医師が慌てて手を伸ばすが、間に合わなかった。
 力の抜けた体がベッドに倒れる。

「殿下!」
「エステファニア様!」

 視界がぐるぐると回る。
 慌てた医師や侍女たちの声も、膜の外から語りかけられているような、遠くのものに感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】お飾りの妻だったのに、冷徹な辺境伯のアレをギンギンに勃たせたところ溺愛妻になりました

季邑 えり
恋愛
「勃った……!」幼い頃に呪われ勃起不全だったルドヴィークは、お飾りの妻を娶った初夜に初めて昂りを覚える。だが、隣で眠る彼女には「君を愛することはない」と言い放ったばかりだった。 『魅惑の子爵令嬢』として多くの男性を手玉にとっているとの噂を聞き、彼女であれば勃起不全でも何とかなると思われ結婚を仕組まれた。  淫らな女性であれば、お飾りにして放置すればいいと思っていたのに、まさか本当に勃起するとは思わずルドヴィークは焦りに焦ってしまう。  翌朝、土下座をして発言を撤回し、素直にお願いを口にするけれど……?  冷徹と噂され、女嫌いで有名な辺境伯、ルドヴィーク・バルシュ(29)×魅惑の子爵令嬢(?)のアリーチェ・ベルカ(18)  二人のとんでもない誤解が生みだすハッピ―エンドの強火ラブ・コメディ! *2024年3月4日HOT女性向けランキング1位になりました!ありがとうございます!

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

【R18】ヤンデレ公爵にロックオンされたお姫様

京佳
恋愛
魔導師で美貌のヤンデレ公爵クロードは前々から狙っていたユリアを手に入れる為にある女と手を組む。哀れな駒達はクロードの掌の上で踊らされる。彼の手の中に堕ちたユリアは美しく優しい彼に甘やかされネットリと愛される… ヤンデレ美形ワルメン×弱気美少女 寝取り寝取られ ある意味ユリアとサイラスはバッドエンド腹黒2人はメシウマ R18エロ表現あり ゆるゆる設定

睡姦しまくって無意識のうちに落とすお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレな若旦那様を振ったら、睡姦されて落とされたお話。 安定のヤンデレですがヤンデレ要素は薄いかも。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

処理中です...