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本編
32.夫がいなくなって
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シモンがいなくなってから、エステファニアは淫らな夢を見ることがなくなった。
そのおかげで身体が性欲から解放されるかといえば、まったくそうはならなかった。
むしろ逆で、またあの夢を見たいと昼夜を問わず願うようになり、僅かに残った夢の記憶を手繰り寄せては身体を疼かせてしまう。
一人で眠れるからと毎晩自らを慰めても、エステファニアの身体は満足してくれなかった。
初めの頃はあの夢の所為で性欲を刺激されて困っていたはずなのに、いつの間にか、あの夢を見なければ満足に性を発散することができなくなっていた。
時折、体を触られたり、中に挿れられる夢を見ることはある。
けれど以前見ていたほど濃密なものではなく、期待に胸を高鳴らせたところで、あっさりと、あるいは中途半端に終わってしまうのだ。
あの夢を見たいという思いが、強くなるばかりだった。
――あの人がいなくなってからぱったりと見なくなってしまったけれど……たまたまなのかしら。
侍女が淹れたハーブティーを飲みながら、エステファニアは考え込んだ。
一応、理由は幾つか思いつく。
愛していないとはいえ、友人のような夫が戦地に旅立ったのだ。
その心労により、おそらくエステファニアの身体は、以前とはまた違うのだろう。
ストレスに晒されていることで、夢見が変わることもあり得ると思う。
または、相手がシモンとはいえ、男と同じベッドで寝ているという意識が、今までエステファニアの女性の部分を刺激していたのかもしれない。
あるいは、彼の淹れるハーブティーによって得られる深い睡眠が、本能をむき出しにするのにちょうど良かったのかもしれない。
シモンがいなくなってから毎晩侍女にハーブティーを淹れさせているが、やはり味や香りは劣るし、眠りの深さも違う気がした。
侍女たちに聞いたところ、これを上手に淹れるのはなかなか難しく、この城ではシモンが最も得意だったそうだ。
王子よりも茶の扱いが劣る侍従しかいないとはどういうことかと物申したしたこともあるが、そうしたところでどうにもならなかった。
彼らの他の仕事ぶりには特に不満はないし、おそらくシモンが特別器用なのだろうというのは容易に想像ついたのだ。
エステファニアはティーカップを置いて、溜息をついた。
そんなことを考えたところで、仕様がない。
――戦局は、どうなのかしら。
シモンの心配もあるし、魔石とやらが実際に使い物になるかも気になっていた。
もしシモンの言うことが本当で、魔石で一般兵までもが魔術を使えるのならば、それは世界のパワーバランスが大きく変わることになる。
ただそれは、訓練された魔術師レベルの魔術が使えるかということと、魔石の量にも左右される。
とはいえ彼の話しぶりからすると、しょぼい代物ではないだろう。
もしかしたら、帝国の地位すらも脅かされるかもしれない。
神託によってエステファニアがこちらに嫁いだ以上、おそらくこの縁が帝国を守ることになるとは思うのだが……。
――できれば帝国にも魔石を輸出して欲しいですけれど、それは流石に無理かしらね。唯一の強力な武器を、王太子妃の祖国とはいえそう簡単に渡すはずがありませんわ。
エステファニアはロブレの王太子妃となったが、心としては祖国であるヒラソル帝国を贔屓にしている。
ただロブレ王家に嫁いだ以上、あくまで親帝国派という言葉に収まる程度の振る舞いしか許されない。
シモンに口止めはされなかったが、帝国に魔石についての情報は送っていなかった。
そんなことをすれば、スパイになってしまうからだ。
早く、戦争が終わって欲しい。
そしたらシモンも帰って来るし、魔石の力も分かるし、それは帝国にも伝わるだろう。
時が過ぎるのを待つことしかできない現状が、もどかしい。
エステファニアはやきもきする日々を送っていたのだが――彼女が、そんなことを気にする余裕もなくなる事態が発覚するのだった。
そのおかげで身体が性欲から解放されるかといえば、まったくそうはならなかった。
むしろ逆で、またあの夢を見たいと昼夜を問わず願うようになり、僅かに残った夢の記憶を手繰り寄せては身体を疼かせてしまう。
一人で眠れるからと毎晩自らを慰めても、エステファニアの身体は満足してくれなかった。
初めの頃はあの夢の所為で性欲を刺激されて困っていたはずなのに、いつの間にか、あの夢を見なければ満足に性を発散することができなくなっていた。
時折、体を触られたり、中に挿れられる夢を見ることはある。
けれど以前見ていたほど濃密なものではなく、期待に胸を高鳴らせたところで、あっさりと、あるいは中途半端に終わってしまうのだ。
あの夢を見たいという思いが、強くなるばかりだった。
――あの人がいなくなってからぱったりと見なくなってしまったけれど……たまたまなのかしら。
侍女が淹れたハーブティーを飲みながら、エステファニアは考え込んだ。
一応、理由は幾つか思いつく。
愛していないとはいえ、友人のような夫が戦地に旅立ったのだ。
その心労により、おそらくエステファニアの身体は、以前とはまた違うのだろう。
ストレスに晒されていることで、夢見が変わることもあり得ると思う。
または、相手がシモンとはいえ、男と同じベッドで寝ているという意識が、今までエステファニアの女性の部分を刺激していたのかもしれない。
あるいは、彼の淹れるハーブティーによって得られる深い睡眠が、本能をむき出しにするのにちょうど良かったのかもしれない。
シモンがいなくなってから毎晩侍女にハーブティーを淹れさせているが、やはり味や香りは劣るし、眠りの深さも違う気がした。
侍女たちに聞いたところ、これを上手に淹れるのはなかなか難しく、この城ではシモンが最も得意だったそうだ。
王子よりも茶の扱いが劣る侍従しかいないとはどういうことかと物申したしたこともあるが、そうしたところでどうにもならなかった。
彼らの他の仕事ぶりには特に不満はないし、おそらくシモンが特別器用なのだろうというのは容易に想像ついたのだ。
エステファニアはティーカップを置いて、溜息をついた。
そんなことを考えたところで、仕様がない。
――戦局は、どうなのかしら。
シモンの心配もあるし、魔石とやらが実際に使い物になるかも気になっていた。
もしシモンの言うことが本当で、魔石で一般兵までもが魔術を使えるのならば、それは世界のパワーバランスが大きく変わることになる。
ただそれは、訓練された魔術師レベルの魔術が使えるかということと、魔石の量にも左右される。
とはいえ彼の話しぶりからすると、しょぼい代物ではないだろう。
もしかしたら、帝国の地位すらも脅かされるかもしれない。
神託によってエステファニアがこちらに嫁いだ以上、おそらくこの縁が帝国を守ることになるとは思うのだが……。
――できれば帝国にも魔石を輸出して欲しいですけれど、それは流石に無理かしらね。唯一の強力な武器を、王太子妃の祖国とはいえそう簡単に渡すはずがありませんわ。
エステファニアはロブレの王太子妃となったが、心としては祖国であるヒラソル帝国を贔屓にしている。
ただロブレ王家に嫁いだ以上、あくまで親帝国派という言葉に収まる程度の振る舞いしか許されない。
シモンに口止めはされなかったが、帝国に魔石についての情報は送っていなかった。
そんなことをすれば、スパイになってしまうからだ。
早く、戦争が終わって欲しい。
そしたらシモンも帰って来るし、魔石の力も分かるし、それは帝国にも伝わるだろう。
時が過ぎるのを待つことしかできない現状が、もどかしい。
エステファニアはやきもきする日々を送っていたのだが――彼女が、そんなことを気にする余裕もなくなる事態が発覚するのだった。
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