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本編
24.王太子シモンの初恋
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シモンがエステファニアを初めて見たのは、十歳のときだった。
帝国貴族に父の友人がいて、父が彼に会いにいくついでにお忍びで旅行をしたときだ。
世界最大の城を見てみなさいと連れられて、皇帝の宮殿に行った。
もちろん、事前に連絡をして客人として迎えられたわけではないから、中に入ることはできなかった。
しかし外観だけでもう、その美しさと威厳は、ロブレのものとは比べ物にならなかった。
巨大な城に圧倒されていると、バルコニーに、一人の少女が出てきた。
赤い髪をした彼女は、妹のリアナと同じくらいの大きさだった。だからリアナと同じ年頃だと普通は判断するのだろうが、とてもそうは思えなかった。
「あの方は、どなたなのですか?」
シモンが父の友人に聞くと、彼はバルコニーの少女を見て、ああ、と頬を緩ませた。
「エステファニア様だ。我が国の皇女様だよ。とてもお美しいだろう」
「…………ええ」
遠目からでも、エステファニアの美しさが少女の域を超えているのは充分伝わった。
同じ姫君でも、リアナがお嬢さんだとしたら、エステファニアは御令嬢と表現したくなるような風格があった。
庭園を見下ろしている彼女は、降り注ぐ太陽の光に照らされている。
透き通るような白い肌がそれを反射し、彼女自身が輝いているようにすら見えた。あれだけすごかった宮殿を霞ませて、ただの背景にしてしまっているほどだ。
帝国には神の加護があると言われているが、彼女こそが、その象徴のようだった。神の寵愛を受けていなければ、どうやってあんなに美しい人が出来上がるのだろう。
「シモン様、御父上はもう行かれましたよ」
侍従の言葉にはっと意識を取り戻して、シモンは友人と話しながら歩く父を追った。
ヒラソル帝国の、皇女様。
シモンはもう、心を奪われていた。
その後はなんだかぼんやりとして、他にどこに行って何をしたのかも覚えていない。
ただ何度もエステファニアの姿を思い出して、一体どんな声をしているのだろうとか、庭の花々を愛でているとき以外はどのような表情を浮かべるのだろうとか、そんなことばかりを考えていた。
あの少女が欲しい。
けれど、そんな願いが叶わないことは考えるまでもなく明らかだった。
シモンは王子として大抵のものを手に入れることができるが、それはロブレの中だけの話だ。
たとえば相手がもっと小国の姫だったらまだ可能性はあったが、彼女は最も貴い血を引く、ヒラソル帝国の皇女だ。
慕情を抱くことすら畏れ多いような、そんな相手だった。
そんなことは分かっていたけれど、どうしても諦められなかった。
少しでも彼女のことを知りたくて、シモンは帰国してから帝国史を本で学んだ。
彼女と親しい人との繋がりなどないシモンにとっては、彼女が産まれ、生活していく帝国のことを知るのが精一杯だった。
けれどその中で、シモンは皇族の結婚事情を知る。
ヒラソルの貴い身分の者たちは、神託によって結婚するという。
帝国に繁栄をもたらすという、神託。
実際に歴史を見ていると、皇子や皇女は、のちのち帝国の助けとなる家の者と婚姻を結んでいた。
それは有力だった大貴族であることもあれば、神託がなければ皇族と結ばれることなどなかったであろう、その当時はまだ弱小の家であることもあった。
たとえば――たとえば、シモンが……ロブレが、のちに帝国の助けになるような発展をするとしたら。
シモンは、そんな思い付きに縋るしかなかった。
皇族とこんな新興国の王子が結ばれるなど、本来ならばありえないことなのだ。
だが、帝国が神託に従うのならば……可能性は限りなく低いが、まったくのゼロではない。
その日の夜に、エステファニアには婚姻を結ぶまで純潔を守るようにとの神託がくだされるが、シモンには知る由も無かった。
一方のエステファニアも、まさか自分の知らないところで、こんなにも慕情を募らせている人物がいるなどとは、思ってもみなかった。
シモンはその後、とにかく、様々な分野のことを学び、身につけていった。
一体、何が未来への発展に繋がるのか分からない。
軍事や貿易、社交術はもちろん、芸術や技術、研究の分野など、本来為政者がそう手を出さないところにまで手を伸ばした。
いずれくだるかもしれない神託のために結婚を許される年齢になっても未婚を貫き、とにかく王国を発展させることだけを考えて生きてきた。
そしてある日、未知の鉱石が発掘されたのだ。
シモンは当然、それの研究に携わった。
珍しいだけのただの石ころかもしれないし、世紀の発見かもしれない。
そんなものを、他の者だけに任せるわけにはいかなかった。
そしてシモンは、その鉱石の真価を暴く。
魔力に反応する、まったく新しい物質。
――これを上手く使えば、神託なんぞを待たなくても、彼女を手に入れることができるのではないだろうか。
シモンの背筋を、ぞくぞくとした興奮が駆け上った。
そしてそれと同時に、エステファニアには、婚姻の神託がくだったのだ。
帝国貴族に父の友人がいて、父が彼に会いにいくついでにお忍びで旅行をしたときだ。
世界最大の城を見てみなさいと連れられて、皇帝の宮殿に行った。
もちろん、事前に連絡をして客人として迎えられたわけではないから、中に入ることはできなかった。
しかし外観だけでもう、その美しさと威厳は、ロブレのものとは比べ物にならなかった。
巨大な城に圧倒されていると、バルコニーに、一人の少女が出てきた。
赤い髪をした彼女は、妹のリアナと同じくらいの大きさだった。だからリアナと同じ年頃だと普通は判断するのだろうが、とてもそうは思えなかった。
「あの方は、どなたなのですか?」
シモンが父の友人に聞くと、彼はバルコニーの少女を見て、ああ、と頬を緩ませた。
「エステファニア様だ。我が国の皇女様だよ。とてもお美しいだろう」
「…………ええ」
遠目からでも、エステファニアの美しさが少女の域を超えているのは充分伝わった。
同じ姫君でも、リアナがお嬢さんだとしたら、エステファニアは御令嬢と表現したくなるような風格があった。
庭園を見下ろしている彼女は、降り注ぐ太陽の光に照らされている。
透き通るような白い肌がそれを反射し、彼女自身が輝いているようにすら見えた。あれだけすごかった宮殿を霞ませて、ただの背景にしてしまっているほどだ。
帝国には神の加護があると言われているが、彼女こそが、その象徴のようだった。神の寵愛を受けていなければ、どうやってあんなに美しい人が出来上がるのだろう。
「シモン様、御父上はもう行かれましたよ」
侍従の言葉にはっと意識を取り戻して、シモンは友人と話しながら歩く父を追った。
ヒラソル帝国の、皇女様。
シモンはもう、心を奪われていた。
その後はなんだかぼんやりとして、他にどこに行って何をしたのかも覚えていない。
ただ何度もエステファニアの姿を思い出して、一体どんな声をしているのだろうとか、庭の花々を愛でているとき以外はどのような表情を浮かべるのだろうとか、そんなことばかりを考えていた。
あの少女が欲しい。
けれど、そんな願いが叶わないことは考えるまでもなく明らかだった。
シモンは王子として大抵のものを手に入れることができるが、それはロブレの中だけの話だ。
たとえば相手がもっと小国の姫だったらまだ可能性はあったが、彼女は最も貴い血を引く、ヒラソル帝国の皇女だ。
慕情を抱くことすら畏れ多いような、そんな相手だった。
そんなことは分かっていたけれど、どうしても諦められなかった。
少しでも彼女のことを知りたくて、シモンは帰国してから帝国史を本で学んだ。
彼女と親しい人との繋がりなどないシモンにとっては、彼女が産まれ、生活していく帝国のことを知るのが精一杯だった。
けれどその中で、シモンは皇族の結婚事情を知る。
ヒラソルの貴い身分の者たちは、神託によって結婚するという。
帝国に繁栄をもたらすという、神託。
実際に歴史を見ていると、皇子や皇女は、のちのち帝国の助けとなる家の者と婚姻を結んでいた。
それは有力だった大貴族であることもあれば、神託がなければ皇族と結ばれることなどなかったであろう、その当時はまだ弱小の家であることもあった。
たとえば――たとえば、シモンが……ロブレが、のちに帝国の助けになるような発展をするとしたら。
シモンは、そんな思い付きに縋るしかなかった。
皇族とこんな新興国の王子が結ばれるなど、本来ならばありえないことなのだ。
だが、帝国が神託に従うのならば……可能性は限りなく低いが、まったくのゼロではない。
その日の夜に、エステファニアには婚姻を結ぶまで純潔を守るようにとの神託がくだされるが、シモンには知る由も無かった。
一方のエステファニアも、まさか自分の知らないところで、こんなにも慕情を募らせている人物がいるなどとは、思ってもみなかった。
シモンはその後、とにかく、様々な分野のことを学び、身につけていった。
一体、何が未来への発展に繋がるのか分からない。
軍事や貿易、社交術はもちろん、芸術や技術、研究の分野など、本来為政者がそう手を出さないところにまで手を伸ばした。
いずれくだるかもしれない神託のために結婚を許される年齢になっても未婚を貫き、とにかく王国を発展させることだけを考えて生きてきた。
そしてある日、未知の鉱石が発掘されたのだ。
シモンは当然、それの研究に携わった。
珍しいだけのただの石ころかもしれないし、世紀の発見かもしれない。
そんなものを、他の者だけに任せるわけにはいかなかった。
そしてシモンは、その鉱石の真価を暴く。
魔力に反応する、まったく新しい物質。
――これを上手く使えば、神託なんぞを待たなくても、彼女を手に入れることができるのではないだろうか。
シモンの背筋を、ぞくぞくとした興奮が駆け上った。
そしてそれと同時に、エステファニアには、婚姻の神託がくだったのだ。
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