13 / 52
本編
12.縮む距離
しおりを挟む
シモンは週に二日ほど側室の元へ行き、それ以外はエステファニアとの寝室で寝ていた。
もっと側室のところへ行って欲しいと思うが、いずれできる子供をエステファニアとの子だと偽る以上、そうもいかないことも分かっていた。
周囲には、あくまで本命はエステファニアだと思ってもらった方が都合が良い。
エステファニアが寝室のソファで寝るのはもう当たり前のことになっていたが、やはりベッドでの睡眠を味わってしまうと、疲れが残って仕様がなかった。
シモンが続けて三日もこちらの部屋で寝た夜、ついにエステファニアはベッドに入った。
もうシモンも側室と楽しんでいるから性欲も発散されているだろうし、相も変わらずエステファニアの煽りにも反応しない精神力を保っている。
九割ほどはもう、彼を警戒する必要はないだろうと思っていた。
わざわざエステファニアに手を出して不興を買うような馬鹿でも、そこまで性欲にまみれてもいないだろうとの判断だ。
とはいえやはり緊張したが、シモンがいつもどおりにハーブティーを飲んで眠ってしばらくしてから、エステファニアはそっと、シモンとは反対側の端で横になった。
せっかくベッドに入っているのになかなか眠れなかったが、いつの間にか意識を失っていた。
「エステファニア様」
シモンの声に、エステファニアは瞼を開けた。
「おはようございます、朝ですよ。カーテンを開けても?」
「……ええ」
エステファニアが頷くと、ベッドが揺れた。シモンが下りたのだ。
そして彼は、窓のカーテンを開けた。昇りはじめていた朝日が部屋を照らす。
エステファニアは起き上がって、ベッドの上や自分の身を確認した。やはり、おかしいところはない。
「わたくしは軍の方の仕事があるので、これにて。今日は向こうの方で寝るので、ゆっくりお休みください」
「ええ、分かりましたわ」
シモンが部屋を出て行くのを見送って、エステファニアは再びベッドに体を預けた。
何事もなかったことと、やはり何も言わなかったシモンに安堵の息を吐く。
この日を境に、エステファニアはシモンと同じベッドで寝るようになった。
*
「明日は、わたくしもエステファニア様も予定はありませんでしたよね」
「ええ、そうですわね」
ある日の夜、いつものようにハーブティーを飲むシモンの向かいに座って刺繍をしていると、そう話しかけられた。
シモンの予定は気にしていないが、少なくともエステファニアには仕事が入っていなかった。
頷くと、シモンはティーカップをゆっくりと置く。
「もしよろしければ、明日は二人で過ごしませんか? 庭を散策したり……エステファニア様はハープが得意だとお聞きしましたので、それを楽しむのはどうでしょう。こちらにきてから、触っていなかったでしょう?」
それは、魅力的な誘いだった。
今のエステファニアの余暇の過ごし方といったら、自室でできるようなことしかなかったからだ。
別に城や庭を歩いたり何かするのを制限されてはいないのだが、出歩くと、城内にいる貴族たちに話しかけられるのだ。
エステファニアに取り入りたいということは容易に想像できるし、貴族としては正しい行いだとは思うが、煩わしくて仕様がなかった。
ロブレの貴族たちと話したところで、どうも面白くない。
田舎臭さが目につくし、話題も、なんというかエステファニアが楽しめる知識を持っている者が少ないのだ。
芸術も学問も最先端だった帝国の人々と比べてしまうのも酷だとは思うが、実際つまらないのだから仕様がない。
けれどシモンがいれば夫婦の時間を邪魔するような者はいないだろうし、もし話しかけられたとしてもシモンに任せておけば良い。
それにシモンは、ロブレにおいてはやはりもっとも尊い王族の血だ。
王族とはいえ、歴史の浅い王家だと見下す気持ちはある。
だが彼を帝国貴族の中でもやっていけそうだと評価していることから分かるとおり、結局はこの国で一番エステファニアと話が合う人間だった。
「ええ、いいですわよ。よろしくお願いしますわ」
そう返事をすると、シモンはいつも浮かべている笑みを更に深くした。
「嬉しいです。では、わたくしは早めに寝ることにしますね」
シモンはそう言うと立ち上がり、ベッドに入った。
今ではエステファニアもあのベッドで寝ているが、流石に一緒に入ってはいない。シモンが眠りについてから、そっと潜り込むのだ。
エステファニアはシモンの寝息が聞こえてくるまで、刺繍を続けた。
もっと側室のところへ行って欲しいと思うが、いずれできる子供をエステファニアとの子だと偽る以上、そうもいかないことも分かっていた。
周囲には、あくまで本命はエステファニアだと思ってもらった方が都合が良い。
エステファニアが寝室のソファで寝るのはもう当たり前のことになっていたが、やはりベッドでの睡眠を味わってしまうと、疲れが残って仕様がなかった。
シモンが続けて三日もこちらの部屋で寝た夜、ついにエステファニアはベッドに入った。
もうシモンも側室と楽しんでいるから性欲も発散されているだろうし、相も変わらずエステファニアの煽りにも反応しない精神力を保っている。
九割ほどはもう、彼を警戒する必要はないだろうと思っていた。
わざわざエステファニアに手を出して不興を買うような馬鹿でも、そこまで性欲にまみれてもいないだろうとの判断だ。
とはいえやはり緊張したが、シモンがいつもどおりにハーブティーを飲んで眠ってしばらくしてから、エステファニアはそっと、シモンとは反対側の端で横になった。
せっかくベッドに入っているのになかなか眠れなかったが、いつの間にか意識を失っていた。
「エステファニア様」
シモンの声に、エステファニアは瞼を開けた。
「おはようございます、朝ですよ。カーテンを開けても?」
「……ええ」
エステファニアが頷くと、ベッドが揺れた。シモンが下りたのだ。
そして彼は、窓のカーテンを開けた。昇りはじめていた朝日が部屋を照らす。
エステファニアは起き上がって、ベッドの上や自分の身を確認した。やはり、おかしいところはない。
「わたくしは軍の方の仕事があるので、これにて。今日は向こうの方で寝るので、ゆっくりお休みください」
「ええ、分かりましたわ」
シモンが部屋を出て行くのを見送って、エステファニアは再びベッドに体を預けた。
何事もなかったことと、やはり何も言わなかったシモンに安堵の息を吐く。
この日を境に、エステファニアはシモンと同じベッドで寝るようになった。
*
「明日は、わたくしもエステファニア様も予定はありませんでしたよね」
「ええ、そうですわね」
ある日の夜、いつものようにハーブティーを飲むシモンの向かいに座って刺繍をしていると、そう話しかけられた。
シモンの予定は気にしていないが、少なくともエステファニアには仕事が入っていなかった。
頷くと、シモンはティーカップをゆっくりと置く。
「もしよろしければ、明日は二人で過ごしませんか? 庭を散策したり……エステファニア様はハープが得意だとお聞きしましたので、それを楽しむのはどうでしょう。こちらにきてから、触っていなかったでしょう?」
それは、魅力的な誘いだった。
今のエステファニアの余暇の過ごし方といったら、自室でできるようなことしかなかったからだ。
別に城や庭を歩いたり何かするのを制限されてはいないのだが、出歩くと、城内にいる貴族たちに話しかけられるのだ。
エステファニアに取り入りたいということは容易に想像できるし、貴族としては正しい行いだとは思うが、煩わしくて仕様がなかった。
ロブレの貴族たちと話したところで、どうも面白くない。
田舎臭さが目につくし、話題も、なんというかエステファニアが楽しめる知識を持っている者が少ないのだ。
芸術も学問も最先端だった帝国の人々と比べてしまうのも酷だとは思うが、実際つまらないのだから仕様がない。
けれどシモンがいれば夫婦の時間を邪魔するような者はいないだろうし、もし話しかけられたとしてもシモンに任せておけば良い。
それにシモンは、ロブレにおいてはやはりもっとも尊い王族の血だ。
王族とはいえ、歴史の浅い王家だと見下す気持ちはある。
だが彼を帝国貴族の中でもやっていけそうだと評価していることから分かるとおり、結局はこの国で一番エステファニアと話が合う人間だった。
「ええ、いいですわよ。よろしくお願いしますわ」
そう返事をすると、シモンはいつも浮かべている笑みを更に深くした。
「嬉しいです。では、わたくしは早めに寝ることにしますね」
シモンはそう言うと立ち上がり、ベッドに入った。
今ではエステファニアもあのベッドで寝ているが、流石に一緒に入ってはいない。シモンが眠りについてから、そっと潜り込むのだ。
エステファニアはシモンの寝息が聞こえてくるまで、刺繍を続けた。
186
お気に入りに追加
1,396
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる