白き結婚という条件で新興国の王太子に嫁いだのですが、眠っている間に妊娠させられていました

天草つづみ

文字の大きさ
上 下
6 / 52
本編

5.王太子とその家族

しおりを挟む
「何よあの人!」

 エステファニアが部屋を出て行ってから少しして、シモンの妹であるリアナが憤慨した様子で声を上げた。
 それを嗜めるように、シモンの母親――王妃が口を開く。

「あなたがそんな格好をしているからよ。やはり皇女を迎えるには相応しくなかったわね」
「いつもより控えめにしたわよ! お母様だって、まあこれくらいなら……って許してくれたじゃない!」
「そうだけど……はあ、いえ、わたしが悪かったわ。甘かったわね」

 ため息をつく王妃に、国王は苦笑した。

「あのくらいの嫌味で済んで良かったよ。帝国と縁ができるのは嬉しいが、正直荷が重いな……これからやっていけるのかどうか……」
「わたしは無理! いくらなんでも、あんな言い方しなくても良いじゃない!」
「それはわたしもそう思うけれど、しょうがないでしょう。皇女様なんだから」
「でも、うちに嫁いでくるのよ! いつまでも帝国気分でいられても困るじゃない!」
「まあ、それもそうだが……」

 ヒラソルの皇女を持て余した様子の家族に、シモンはため息をついた。

「リアナ。お前はエステファニア様に怒っているが、そもそもお前が無礼を働かなければああはならなかったんだぞ。分かっているのか?」
「ふうん? お兄様はあの女の味方をするのね」
「敵か味方かじゃなくて、事実だ。心から人を迎えようとするのならば、自分を表現しようとするのではなく、その場に相応しい格好をするものだろう。それを、そんなドレスを着るから言われるんだ。ちゃんとしたものを着るように言ったよな?」
「だから、大人しめにしたわよ」
「大人しめではなく、大人しいものにしろと言ったんだ。そうやって我を出そうとする態度がエステファニア様の怒りを買ったんだろう。……お前だって、他国に嫁ぐかもしれない。その時にそんな態度では困るぞ」
「それは、そうだけど……でもここは、ロブレだし……」

 リアナも自分の非を分かっていながらも、素直に認められないのだろう。
 たしかにエステファニアの言い方はきつかったし、反発してしまう気持ちも理解できる。
 しかし先に礼を欠いたのはこちら側なのだから、仕様がないだろうに。
 感情を剥き出しにするリアナにシモンが内心うんざりしていると、彼女は意地の悪い顔をして言った。

「まあ、わたしはいいわよ。そのうちどっかに嫁いでおさらばだからね。問題は兄様じゃない? ずうっとあの女が隣にいる人生を送るのよ。あんなに猫被っちゃって、あれもどこまで持つのかしらね?」
「俺は猫など被っていないが」

 シモンが言うと、部屋にいる使用人のうち数人――主にシモンに付いている人々だ――が吹き出したので、睨んでおいた。
 国王と王妃は苦笑し、リアナは腹を抱えてげらげらと笑っている。
 前々から王女としては砕けすぎていると思っていたが、エステファニアを見たあとだと尚更だった。

――まあ、この天真爛漫さもこいつの良いところではあるが……。

 なんだかんだ、この飾らない雰囲気が国民に人気なのだ。

「あれで猫被ってないは無理あるわよ!」
「いつもあんなものだろうが」
「外ではね? でも、夫婦になるのよ。これからずっとああしているつもり? いつか耐えられなくなるわよ絶対」
「大丈夫だ。別に無理していたわけじゃないからな」
「あれで? いつもと全然違うじゃない!」
「そりゃ変わるだろう。好きな女の前だぞ」
「すっ…………は、はあ!?」

 リアナはあんぐりと口を開け、国王や王妃、使用人たちは目を見開く。
 表情を崩さないのは、シモンが幼い頃から付いている侍従だけだった。彼は知っていたのだ。

「本気で言ってんの!?」
「ああ」
「なんで!? どこが!? 見た目!?」
「まあ、そうだな。一目惚れだ」
「いや、たしかにあの人が綺麗なのは認めるけど……あんたが!? 一目惚れ!?」
「お兄様だろうが馬鹿」

 今まで女性に興味を持つ様子を見せずに生活してきたから、ここまで驚かれているのだろう。
 シモンは王太子として数多の令嬢から熱い視線を送られてきたし、縁談もあった。だが、大して国の利にならないからと全て蹴ってきたのだ。
 おかげでシモンは女に興味はなく野心に溢れる人物だと思われていたし、その方が都合が良いので放っていた。
 実際シモンにはある野望があったし、結婚する気はなかったからだ。
 そして帝国からの縁談にはすぐ飛び付いたので、周囲からのシモンへのそういった印象はさらに固くなった。
 ところがここにきて惚れた腫れたの話をし始めたので、余計に驚いたのだろう。

 そもそもシモンが今まで女性に靡かなかったのも、国を大きくしようと野心を燃やしていたのも、全てはいつかエステファニアと結ばれるためだったのだが……まあ、それはわざわざ言うことでもない。
 自分でも女々しい考えだとは思うが、口にすると、願いを叶える力が弱くなってしまうように思うのだ。

 まさかの神託により、一週間後にはシモンが望んだとおりにエステファニアが妻となるが……まだ、彼女を完全に手に入れたとはいえない。
 これだけでは、シモンは満足していなかった。

「いや、そりゃあ、綺麗よあの人! でもあの性格よ! 考え直しなよ!」
「リアナ。さっきも言ったが、そもそもお前がきちんとしていればあの方もあんなことを言わなかっただろうし、彼女はあれで良い。あの美貌だし、高貴な方だ。あのくらいがちょうど良いだろう」
「…………お兄様ってマゾなの?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。そんなことではない。というか考え直すも何も、俺とあの方は結婚するんだ。好意を持っている方がむしろ良いだろう」
「いや、うん……そうなんだろうけど……」

 よほど兄が一目惚れしたという事実が受け入れられないのか、リアナは意味の分からないことを言っていた。

「エステファニア様がどうかは分からないけれど、シモンが彼女を気に入っているなら良かったわ。義務感で妻として扱うより、上手く関係を築いていけるでしょう」

 そう王妃は言ったが、国王の方はシモンの本気が伝わったことで、むしろ渋い顔をしていた。
 普通なら想いを伴う結婚で夫婦仲睦まじい姿を見せるのが国民にも良いのだろうが、今回の結婚においては、その想いはむしろ危険だった。
 手を出してはいけないのに、シモンには彼女を求める気持ちがあることになる。

「まあ、何にせよお前なら大丈夫だと思うが……上手く付き合っていってくれ」

 父に釘を刺され、シモンはにっこりと笑った。

「ええ、もちろん」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...