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本編
4.初対面(2)
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「実は……婚姻の条件について、詳しくお話しさせていただきたいと思っておりまして」
「……ええ。何でございましょう?」
何を言われるのかと身構えた。
エステファニアが嫁ぐにあたり、帝国はいくつかロブレ王家に言い付けたことがあった。
エステファニアを不当に扱わないようにとか、貿易や軍事の面で互いに協力しようとか、そういう姻戚関係になるにあたって当たり前のものが多い。
やはり突っ込まれる事柄としては、白き結婚を望んでいることだろう。
その条件を撤回しろと言われても絶対に頷かないと思いながら、国王の言葉を待った。
「その、シモンとあなた様が清い関係で居続けるということですが……」
エステファニアが眉を顰めると、国王は慌てたように続けた。
「皇帝陛下からそれが婚姻の条件だとお話しがあり、承諾いたしました。その結果、あなた様をこうして迎えられているのですから、それを撤回しようとは、まったく思っておりません。ただ……このことを、他の者には伏せたいのです」
「…………なるほど、お話は分かりましたわ」
つまり、二人が白い結婚であるということはここにいる三人やエステファニアの家族、両国の重鎮のみが知る情報であり、対外的には、二人の間に夫婦の営みがあると思わせたいということだ。
おそらく、シモンと他の女の間に産まれた子供を、公式にはエステファニアの――ヒラソル帝国皇族の血を引いた子供としたい、ということだろう。
ヒラソルの血が入れば、ロブレ王家の格は間違いなく上がる。事実がどうであれ、ヒラソルの血が入ったと思われればそれで良い、ということだ。
正直、シモンと交わっている女と思われるのすら嫌だが――それは仕様のないことだろう。
そもそも二人に関係がないことをわざわざ言いふらすのもおかしいし、結婚の神託がくだった時点で、それは覚悟していたことだ。
ロブレ王家はヒラソルの権威が欲しいし、エステファニアは神託に従わなければいけない。
これは、政略結婚なのだ。
ヒラソルの皇族が神託によって婚姻相手を決めているというのは、誰もが知っていることだった。
あまりにも向こうの利益を削ったことで万が一断られれば、神託に反することになり、こちらだって困ることになる。
無論、ロブレという小国がヒラソルと姻戚になる機会を逃すとは思えないが……それでも、エステファニアは頷いた。
これは、こちらが譲歩してやるべきだろう。
実際にこの身がロブレなんぞの男に組み敷かれるという屈辱さえ回避できれば、それで良い。
「いいでしょう。このことは、以後誰にも口外しません」
「ありがとうございます」
国王はほっとしたように笑い、シモンは相変わらず笑みを浮かべたままエステファニアを見つめるだけだった。
内心気持ちが悪いと思いながら笑い返すと、国王が口を開く。
「式の日程ですが、あらかじめ書簡で決めていた予定どおり、一週間後になります。ドレスなどはもうご用意ができておりますが、細かい直しがないか確認させていただきたいと思っております。これからでも、よろしいでしょうか?」
「ええ、分かりましたわ」
「長旅でお疲れのところありがとうございます。それでは、衣装部屋まで案内させます」
国王がテーブルの上のベルを鳴らすと、王妃と娘、使用人たちが戻ってきた。
エステファニアが席を立つと、なぜかシモンも立ち上がった。
どうしたのかと視線を向けると、笑みを浮かべた瞼の奥から熱い瞳を向けてくる。
「エステファニア様。お会いしたときにお伝えした、これ以上の幸せはないという言葉は嘘偽りのないわたくしの想いです。あなた様と夫婦になるという幸運を与えてくださった神と、こうして実際に私の前に来てくださったあなた様への感謝の念に堪えません。どうか、あなた様に不便がないよう尽くさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
そう言ったシモンに驚き、エステファニアはしばらく目を瞬きさせることしかできなかった。
その様子からは、彼にとってこれはただの政略結婚ではないのでは、と思わせるような熱意を感じたのだ。
ヒラソルの者にとっては、結婚とは全て神託によるもので、将来の帝国の利になる縁を結ぶためのものだ。
そこに、個人の感情は関係ない。
だから男は他の女を囲い、女は世継ぎをつくるという務めを果たすためだけに――場合によっては、世継ぎすら他の女が産んだ子供になることすらある――存在し、枯れていくだけなのだ。
そんな夫婦ばかり見てきたエステファニアにとって、結婚とはそういうもので、他の国でも程度の差はあれど同じものだと思っていた。
だから、シモンもエステファニアに興味はないと思っていたのだが……。
――もしかしてこの男、わたくしに気があるのかしら? でも、そんなはずないですわよね。今日会ったばかりですし……。
おそらく彼は野心に溢れていて、エステファニアに取り入ることで帝国との結びつきを強くしようとしているのだろう。
そう結論付けて、エステファニアも笑った。
「まあ。ありがとうございます。わたくしこそ、夫となる方がそんなことまで言ってくださる殿方でとても嬉しいですわ。どうぞよろしくお願いしますね」
シモンはエステファニアの言葉に、目を見開いた。
ずっと笑っていたため、瞼に半分ほど隠されていた紫色の瞳が剥き出しになる。
仮面のように張り付いていた表情を崩せて、エステファニアは笑みを深くした。
先ほど動揺させられた仕返しができた、と気分を良くする。
「それではまた、ごきげんよう」
エステファニアは国王とその家族に笑いかけ、部屋を出て行った。
「……ええ。何でございましょう?」
何を言われるのかと身構えた。
エステファニアが嫁ぐにあたり、帝国はいくつかロブレ王家に言い付けたことがあった。
エステファニアを不当に扱わないようにとか、貿易や軍事の面で互いに協力しようとか、そういう姻戚関係になるにあたって当たり前のものが多い。
やはり突っ込まれる事柄としては、白き結婚を望んでいることだろう。
その条件を撤回しろと言われても絶対に頷かないと思いながら、国王の言葉を待った。
「その、シモンとあなた様が清い関係で居続けるということですが……」
エステファニアが眉を顰めると、国王は慌てたように続けた。
「皇帝陛下からそれが婚姻の条件だとお話しがあり、承諾いたしました。その結果、あなた様をこうして迎えられているのですから、それを撤回しようとは、まったく思っておりません。ただ……このことを、他の者には伏せたいのです」
「…………なるほど、お話は分かりましたわ」
つまり、二人が白い結婚であるということはここにいる三人やエステファニアの家族、両国の重鎮のみが知る情報であり、対外的には、二人の間に夫婦の営みがあると思わせたいということだ。
おそらく、シモンと他の女の間に産まれた子供を、公式にはエステファニアの――ヒラソル帝国皇族の血を引いた子供としたい、ということだろう。
ヒラソルの血が入れば、ロブレ王家の格は間違いなく上がる。事実がどうであれ、ヒラソルの血が入ったと思われればそれで良い、ということだ。
正直、シモンと交わっている女と思われるのすら嫌だが――それは仕様のないことだろう。
そもそも二人に関係がないことをわざわざ言いふらすのもおかしいし、結婚の神託がくだった時点で、それは覚悟していたことだ。
ロブレ王家はヒラソルの権威が欲しいし、エステファニアは神託に従わなければいけない。
これは、政略結婚なのだ。
ヒラソルの皇族が神託によって婚姻相手を決めているというのは、誰もが知っていることだった。
あまりにも向こうの利益を削ったことで万が一断られれば、神託に反することになり、こちらだって困ることになる。
無論、ロブレという小国がヒラソルと姻戚になる機会を逃すとは思えないが……それでも、エステファニアは頷いた。
これは、こちらが譲歩してやるべきだろう。
実際にこの身がロブレなんぞの男に組み敷かれるという屈辱さえ回避できれば、それで良い。
「いいでしょう。このことは、以後誰にも口外しません」
「ありがとうございます」
国王はほっとしたように笑い、シモンは相変わらず笑みを浮かべたままエステファニアを見つめるだけだった。
内心気持ちが悪いと思いながら笑い返すと、国王が口を開く。
「式の日程ですが、あらかじめ書簡で決めていた予定どおり、一週間後になります。ドレスなどはもうご用意ができておりますが、細かい直しがないか確認させていただきたいと思っております。これからでも、よろしいでしょうか?」
「ええ、分かりましたわ」
「長旅でお疲れのところありがとうございます。それでは、衣装部屋まで案内させます」
国王がテーブルの上のベルを鳴らすと、王妃と娘、使用人たちが戻ってきた。
エステファニアが席を立つと、なぜかシモンも立ち上がった。
どうしたのかと視線を向けると、笑みを浮かべた瞼の奥から熱い瞳を向けてくる。
「エステファニア様。お会いしたときにお伝えした、これ以上の幸せはないという言葉は嘘偽りのないわたくしの想いです。あなた様と夫婦になるという幸運を与えてくださった神と、こうして実際に私の前に来てくださったあなた様への感謝の念に堪えません。どうか、あなた様に不便がないよう尽くさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
そう言ったシモンに驚き、エステファニアはしばらく目を瞬きさせることしかできなかった。
その様子からは、彼にとってこれはただの政略結婚ではないのでは、と思わせるような熱意を感じたのだ。
ヒラソルの者にとっては、結婚とは全て神託によるもので、将来の帝国の利になる縁を結ぶためのものだ。
そこに、個人の感情は関係ない。
だから男は他の女を囲い、女は世継ぎをつくるという務めを果たすためだけに――場合によっては、世継ぎすら他の女が産んだ子供になることすらある――存在し、枯れていくだけなのだ。
そんな夫婦ばかり見てきたエステファニアにとって、結婚とはそういうもので、他の国でも程度の差はあれど同じものだと思っていた。
だから、シモンもエステファニアに興味はないと思っていたのだが……。
――もしかしてこの男、わたくしに気があるのかしら? でも、そんなはずないですわよね。今日会ったばかりですし……。
おそらく彼は野心に溢れていて、エステファニアに取り入ることで帝国との結びつきを強くしようとしているのだろう。
そう結論付けて、エステファニアも笑った。
「まあ。ありがとうございます。わたくしこそ、夫となる方がそんなことまで言ってくださる殿方でとても嬉しいですわ。どうぞよろしくお願いしますね」
シモンはエステファニアの言葉に、目を見開いた。
ずっと笑っていたため、瞼に半分ほど隠されていた紫色の瞳が剥き出しになる。
仮面のように張り付いていた表情を崩せて、エステファニアは笑みを深くした。
先ほど動揺させられた仕返しができた、と気分を良くする。
「それではまた、ごきげんよう」
エステファニアは国王とその家族に笑いかけ、部屋を出て行った。
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