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本編
3.初対面(1)
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「ようこそお越しくださいました。わたくしがロブレ王太子、シモンと申します」
馬車での長旅の末、ロブレの王宮に辿り着いた。
中へと案内されると、待っていたのはエステファニアの結婚相手であるシモンだった。
並んでいる使用人たちの前に立っていた彼はさらに一歩踏み出し、礼をする。
シモンは指通りの良さそうな銀髪で、背が高く、すらりとした印象の男だった。しかししっかりと見れば、白い軍服の上からでも筋肉がついているのが窺える。
エステファニアの長兄はシモンの体付きに問題があるような言い方をしていたが、王族としては充分に見えた。
むしろ長兄が筋骨隆々の暑苦しい見た目なので、それと比較すると細いというだけのように思う。
シモンは人の良さそうな笑みを浮かべていて、それを崩さずにエステファニアを見つめていた。
にこやか、と言えば聞こえはいいが、常に笑顔で固まった表情はなんだか胡散臭く見える。
弧を描くように笑った目からはアメシストの瞳が覗き、そのあまり見ない神秘的な色が、彼の持つ腹の底が知れない雰囲気を助長させていた。
「お出迎えいただきありがとうございます。ヒラソル帝国の皇女、エステファニアと申しますわ」
エステファニアが名乗ると、シモンは笑みを深くした。
「こんなに美しいヒラソルの姫君に妻になっていただけるなど……これ以上の幸せはございません。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」
眉が寄りそうなのを我慢して、手を差し出した。
シモンはエステファニアの前で跪き、恭しく手を取ってキスをする。
鳥肌を立てながらも、甘んじて受け入れた。
この程度の接触は仕様がないだろう。
シモンは客観的には見目は良く、身なりも立ち居振る舞いも悪くない。しかしエステファニアの目には、田舎者が背伸びをしているように見えた。
ただ、手の甲にキスをしたあと、本当に嬉しそうに笑いながら立ち上がったのは、そう悪くなかった。
元々、自分との結婚など望めないような男だ。そうやってこの幸運を思う存分にありがたがりなさいと思いながら、エステファニアはシモンを見上げた。
「それでは、こちらへどうぞ。家族も、あなた様にご挨拶をしたいとお待ちしておりました」
エステファニアはシモンが差し出した手を取り、歩き始めた。
案内されながら王宮の内装に目を走らせる。
この王宮は、建物自体はロブレ王国の建国よりも古い。
過去この一帯を治めていた別の王家が建てた城で、それを改築して使っているという話だ。
過去ヒラソルとも争っていた王家が建てた城なだけあってなかなかだが、飾られている絵画や花瓶などは微妙だった。
時折良いものもあるが、おそらくそれは元々ここにあったものだろう。
それに混ざっているこの城の内装にあまり合っていないものは、ロブレの趣味なのだろうと思った。
エステファニアが連れて来られたのは、応接間のようだった。
ロブレ国王と王妃、それから若い娘に迎えられる。
「ようこそいらっしゃいました、エステファニア様。わたしがロブレの国王で、彼女が妃です。そしてこちらが、娘になります」
「初めまして、エステファニアでございます。お会いできて嬉しいですわ」
そう言って微笑むと、国王は緊張した面持ちで奥のソファを勧めた。
エステファニアが座ってから、他の四人も腰を下ろす。
義理の娘になる女とはいえ、皇女として丁重に持てなそうとする姿勢にエステファニアは気分を良くした。
これで、王座にふんぞり返って迎えられたらどうにかなっていただろう。
シモンが隣に座ったことで少し沈んだソファの座面に不愉快になりながらも、表情には出さず、向かいに座った三人を見た。
国王と王妃は流石にそれなりに良い身なりをしていたので特に思うところはないのだが、問題は娘の方だった。
顔は王妃とシモンに似ていてそう悪くないのだが、彼女の着ている桃色のドレスはなんというか……品がなかった。
露出が激しいというわけではないのだが、やけに華美というか、可愛らしすぎるというか。
幼子が着ているのならまだ微笑ましく思えるが、たしかシモンには十八の妹がいるという話だったので、それが彼女なのだろう。
十八の女性の身嗜みとしては、どうかと思った。
「可愛らしいドレスですわね。こちらで流行りのものなのかしら?」
エステファニアがそう言うと、娘は頬を赤くした。
その表情は羞恥というよりも、喜びの色が強そうに見える。
「い、いえ! わ、わたくしの好みで、仕立てさせたものになります。いずれ、広まったら嬉しいとは思っておりますが……」
瞳を輝かせる将来の義妹に対し、エステファニアはにこやかな表情を浮かべながらも、その視線は冷ややかなものになった。
「あの、もしよろしければ、エステファニア様に似合うような……えっと、緑色のドレスがございまして……」
「まあ。あなたが言うのだからとても素敵なドレスなんでしょうけれども、年増のわたくしはもう着こなせないのでしょうね。残念ですわ」
その発言に、部屋の中の空気が凍りついた。
ちなみに、エステファニアも十八歳である。
「……リアナ。エステファニア様とお会いできてはしゃいでしまう気持ちは分かるが、落ち着きなさい」
「あ、えっと……は、はい。申し訳ございません」
シモンの言葉に、妹のリアナはしゅんとして口を噤んだ。
エステファニアは背筋を伸ばしたまま、俯く彼女から視線を逸らす。
――随分と……甘やかされて育ったようね。
帝国なら、姫があんなドレスを着ることも、それで客人を迎えることも許されなかっただろう。
――それとも、やはりその程度の家、ということかしら。先が思いやられますわ。
ふう、と息を吐き出すと、国王が苦笑して口を開いた。
「失礼いたしました。遠路遥々、このような田舎に来ていただきまして、本当にありがとうございます。まさかヒラソルの皇女様をお迎えできるなどと、思ったこともなく……。帝国と比べるのもおこがましいほどに小さな国です。不便なこともあるでしょうが、できる限り快適に過ごしていただけるよう、力を尽くす所存です。どうか末長く、シモンとよろしくお願いいたします」
「まあ。ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
エステファニアが笑うと、国王の笑みが少し安心したようなものになった。
「長旅の後で申し訳ないのですが、少しお話しさせていただきたいことがありまして……よろしいでしょうか」
「ええ、かまいませんわ」
「では……妻と娘は、一度下がらせていただきます」
「どうぞ」
王妃とリアナ、そして部屋の中にいた使用人たちは、国王の合図で部屋を出て行った。
エステファニアとシモン、国王のみが残る。
馬車での長旅の末、ロブレの王宮に辿り着いた。
中へと案内されると、待っていたのはエステファニアの結婚相手であるシモンだった。
並んでいる使用人たちの前に立っていた彼はさらに一歩踏み出し、礼をする。
シモンは指通りの良さそうな銀髪で、背が高く、すらりとした印象の男だった。しかししっかりと見れば、白い軍服の上からでも筋肉がついているのが窺える。
エステファニアの長兄はシモンの体付きに問題があるような言い方をしていたが、王族としては充分に見えた。
むしろ長兄が筋骨隆々の暑苦しい見た目なので、それと比較すると細いというだけのように思う。
シモンは人の良さそうな笑みを浮かべていて、それを崩さずにエステファニアを見つめていた。
にこやか、と言えば聞こえはいいが、常に笑顔で固まった表情はなんだか胡散臭く見える。
弧を描くように笑った目からはアメシストの瞳が覗き、そのあまり見ない神秘的な色が、彼の持つ腹の底が知れない雰囲気を助長させていた。
「お出迎えいただきありがとうございます。ヒラソル帝国の皇女、エステファニアと申しますわ」
エステファニアが名乗ると、シモンは笑みを深くした。
「こんなに美しいヒラソルの姫君に妻になっていただけるなど……これ以上の幸せはございません。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」
眉が寄りそうなのを我慢して、手を差し出した。
シモンはエステファニアの前で跪き、恭しく手を取ってキスをする。
鳥肌を立てながらも、甘んじて受け入れた。
この程度の接触は仕様がないだろう。
シモンは客観的には見目は良く、身なりも立ち居振る舞いも悪くない。しかしエステファニアの目には、田舎者が背伸びをしているように見えた。
ただ、手の甲にキスをしたあと、本当に嬉しそうに笑いながら立ち上がったのは、そう悪くなかった。
元々、自分との結婚など望めないような男だ。そうやってこの幸運を思う存分にありがたがりなさいと思いながら、エステファニアはシモンを見上げた。
「それでは、こちらへどうぞ。家族も、あなた様にご挨拶をしたいとお待ちしておりました」
エステファニアはシモンが差し出した手を取り、歩き始めた。
案内されながら王宮の内装に目を走らせる。
この王宮は、建物自体はロブレ王国の建国よりも古い。
過去この一帯を治めていた別の王家が建てた城で、それを改築して使っているという話だ。
過去ヒラソルとも争っていた王家が建てた城なだけあってなかなかだが、飾られている絵画や花瓶などは微妙だった。
時折良いものもあるが、おそらくそれは元々ここにあったものだろう。
それに混ざっているこの城の内装にあまり合っていないものは、ロブレの趣味なのだろうと思った。
エステファニアが連れて来られたのは、応接間のようだった。
ロブレ国王と王妃、それから若い娘に迎えられる。
「ようこそいらっしゃいました、エステファニア様。わたしがロブレの国王で、彼女が妃です。そしてこちらが、娘になります」
「初めまして、エステファニアでございます。お会いできて嬉しいですわ」
そう言って微笑むと、国王は緊張した面持ちで奥のソファを勧めた。
エステファニアが座ってから、他の四人も腰を下ろす。
義理の娘になる女とはいえ、皇女として丁重に持てなそうとする姿勢にエステファニアは気分を良くした。
これで、王座にふんぞり返って迎えられたらどうにかなっていただろう。
シモンが隣に座ったことで少し沈んだソファの座面に不愉快になりながらも、表情には出さず、向かいに座った三人を見た。
国王と王妃は流石にそれなりに良い身なりをしていたので特に思うところはないのだが、問題は娘の方だった。
顔は王妃とシモンに似ていてそう悪くないのだが、彼女の着ている桃色のドレスはなんというか……品がなかった。
露出が激しいというわけではないのだが、やけに華美というか、可愛らしすぎるというか。
幼子が着ているのならまだ微笑ましく思えるが、たしかシモンには十八の妹がいるという話だったので、それが彼女なのだろう。
十八の女性の身嗜みとしては、どうかと思った。
「可愛らしいドレスですわね。こちらで流行りのものなのかしら?」
エステファニアがそう言うと、娘は頬を赤くした。
その表情は羞恥というよりも、喜びの色が強そうに見える。
「い、いえ! わ、わたくしの好みで、仕立てさせたものになります。いずれ、広まったら嬉しいとは思っておりますが……」
瞳を輝かせる将来の義妹に対し、エステファニアはにこやかな表情を浮かべながらも、その視線は冷ややかなものになった。
「あの、もしよろしければ、エステファニア様に似合うような……えっと、緑色のドレスがございまして……」
「まあ。あなたが言うのだからとても素敵なドレスなんでしょうけれども、年増のわたくしはもう着こなせないのでしょうね。残念ですわ」
その発言に、部屋の中の空気が凍りついた。
ちなみに、エステファニアも十八歳である。
「……リアナ。エステファニア様とお会いできてはしゃいでしまう気持ちは分かるが、落ち着きなさい」
「あ、えっと……は、はい。申し訳ございません」
シモンの言葉に、妹のリアナはしゅんとして口を噤んだ。
エステファニアは背筋を伸ばしたまま、俯く彼女から視線を逸らす。
――随分と……甘やかされて育ったようね。
帝国なら、姫があんなドレスを着ることも、それで客人を迎えることも許されなかっただろう。
――それとも、やはりその程度の家、ということかしら。先が思いやられますわ。
ふう、と息を吐き出すと、国王が苦笑して口を開いた。
「失礼いたしました。遠路遥々、このような田舎に来ていただきまして、本当にありがとうございます。まさかヒラソルの皇女様をお迎えできるなどと、思ったこともなく……。帝国と比べるのもおこがましいほどに小さな国です。不便なこともあるでしょうが、できる限り快適に過ごしていただけるよう、力を尽くす所存です。どうか末長く、シモンとよろしくお願いいたします」
「まあ。ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
エステファニアが笑うと、国王の笑みが少し安心したようなものになった。
「長旅の後で申し訳ないのですが、少しお話しさせていただきたいことがありまして……よろしいでしょうか」
「ええ、かまいませんわ」
「では……妻と娘は、一度下がらせていただきます」
「どうぞ」
王妃とリアナ、そして部屋の中にいた使用人たちは、国王の合図で部屋を出て行った。
エステファニアとシモン、国王のみが残る。
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