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本編
1.皇女エステファニアの神託
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「ロブレ王国に嫁げですって!?」
皇帝の執務室に、女性の叫び声が響いた。
ヒラソル帝国唯一の皇女である、エステファニアだ。
たっぷりの赤い髪と、日に焼けていない白い肌のコントラストが眩しい。品のあるドレスに包まれた身体は華奢で、一見すると儚そうな雰囲気だった。
しかし目尻が少し上がった猫のような目と意志の強そうな緑色の瞳が、彼女の見た目に反した性格を表している。
彼女はわなわなと震えながら、父親のそばに駆け寄った。
「あんなところに嫁いだところで、何になるというのです!」
ロブレ王国は、ヒラソル帝国からひとつ他の国を挟んで南に存在しており、数百年前に建国されたまだ歴史の浅い国である。
南にあった大国が分裂してできた国の一つであり、軍事力と土地の豊かさから国力はある。
しかし最古の歴史と神の加護があるヒラソル帝国からすれば、格下も格下だった。
そんな国に嫁ぐなんてエステファニア個人としても嫌だし、皇女としてそれが帝国の利になるとも思えなかった。
そう思って反射的に叫んだエステファニアだったが、すぐに口を噤む。
皇女である自分に結婚の話をされる、ということは……。
「それがだな……神託がくだったのだ」
「っ…………!!」
やはり、神託だった。
そう言われてしまえば、エステファニアは何も言えない。
神託は、ヒラソル帝国では絶対なのだ。
帝国は神託のおかげで世界一の大国になり、それを永く維持し続け、神に愛された国と言われているのだ。神託を信じてきたからこそ、今の帝国がある。
だからヒラソル人は、皇族も含めて、神託には絶対に逆らわないのだ。
「そんな…………」
赤い髪を揺らし倒れそうになったエステファニアを、お付きの女騎士が支えた。
神託で言われてしまえば、従うしかない。
エステファニアは、神に愛されたヒラソル唯一の皇女だ。神の御心に従うよう言われてきたし、そうして生きていた。
そんな高貴な自分が、大した血筋でもないロブレに嫁いで、この身を穢されることになるなんて。
神は、どうしてわたくしをこんな目に。
絶対に口にしてはいけないことを思い、エメラルドの瞳に涙を浮かべた。
そんな娘を、皇帝も痛ましそうに見つめる。
「エステファニア……。神託なのだ。おまえにとっても、良い結果になる」
「…………」
そんなわけない、と言いたくても、言えなかった。
神託に背くような態度をとることも許されないのだ。
「何か……そうだな。おまえが望むことなら、できるだけ叶えよう。何を持っていきたい? 向こうも、帝国と繋がりができるのだ。こちらから持ちかけることとはいえ、頼みを無下にはできまい。なにかあれば伝えておこう」
「わ、わたくし…………」
エステファニアは、迷った。
これから自分が言おうとしていることは、神託に背くのかどうか、判断が難しかったのだ。
けれど……そうだ、これは確認だ。神託の内容の、確認。
「わ、わたくしは……子を、成さないといけないのでしょうか?」
「む……?」
「神託は、どのような内容だったのでしょう。神がわたくしにロブレへ嫁ぐようおっしゃられているのですから、喜んでいきましょう。ですが……わ、わたくしは、できれば……ロブレの王子などとは、交わりたくないのです!」
普通ならば、婚姻を結べば子供を作るだろう。
特にロブレとしては、ヒラソルの血を取り入れたいはずだ。
人の世の常識で考えれば婚姻と子を成すことは共にあるが、神託に従うという観点では、そうではない。
神託は、“そうしなければいけないこと”を教えてくれるだけであり、逆に神託にない部分は、どうしても良いのだ。
つまり、神託で“ロブレに嫁いで子供を成せ”まで言われていれば、絶対にそうしなければいけない。
だが、“ロブレに嫁げ”だけであれば、普通は子供を作るまでを解釈するのだろうが、厳密にはそこまでしなくても良いことになる。
神託に従い大切にしてきたこの身を、名ばかりの王族であるロブレの男なんかに穢されるなど、エステファニアには到底耐えられることではなかった。
「そうか…………。たしかに、子を成すことは言われていないな……。よし。お前の身を穢すことのないよう、条件をつけておこう。なに、ヒラソルと姻戚になれるだけ、向こうにとっては僥倖だろう」
「お父様……!」
エステファニアは笑みを浮かべ、涙を拭いた。
名ばかりの妻ならば、まだ耐えられる。子供は適当な側室とでも作ってもらえば良い。
こうして神託に従い、ヒラソル帝国からロブレ王国へと縁談を申し込むことになった。
これには帝国内の人々も、ロブレ王国も、他の国々も驚いた。
ロブレはこの機を逃すわけにはいかないと条件を飲み、すぐにエステファニアとロブレ王太子の結婚が決まった。
帝国とロブレが繋がれば、世界のパワーバランスはまた変化する。特に、ロブレ周囲の国々からしたら堪ったものではない。
彼らが奔走している間に、二人の結婚の準備は着々と進んでいた。
皇帝の執務室に、女性の叫び声が響いた。
ヒラソル帝国唯一の皇女である、エステファニアだ。
たっぷりの赤い髪と、日に焼けていない白い肌のコントラストが眩しい。品のあるドレスに包まれた身体は華奢で、一見すると儚そうな雰囲気だった。
しかし目尻が少し上がった猫のような目と意志の強そうな緑色の瞳が、彼女の見た目に反した性格を表している。
彼女はわなわなと震えながら、父親のそばに駆け寄った。
「あんなところに嫁いだところで、何になるというのです!」
ロブレ王国は、ヒラソル帝国からひとつ他の国を挟んで南に存在しており、数百年前に建国されたまだ歴史の浅い国である。
南にあった大国が分裂してできた国の一つであり、軍事力と土地の豊かさから国力はある。
しかし最古の歴史と神の加護があるヒラソル帝国からすれば、格下も格下だった。
そんな国に嫁ぐなんてエステファニア個人としても嫌だし、皇女としてそれが帝国の利になるとも思えなかった。
そう思って反射的に叫んだエステファニアだったが、すぐに口を噤む。
皇女である自分に結婚の話をされる、ということは……。
「それがだな……神託がくだったのだ」
「っ…………!!」
やはり、神託だった。
そう言われてしまえば、エステファニアは何も言えない。
神託は、ヒラソル帝国では絶対なのだ。
帝国は神託のおかげで世界一の大国になり、それを永く維持し続け、神に愛された国と言われているのだ。神託を信じてきたからこそ、今の帝国がある。
だからヒラソル人は、皇族も含めて、神託には絶対に逆らわないのだ。
「そんな…………」
赤い髪を揺らし倒れそうになったエステファニアを、お付きの女騎士が支えた。
神託で言われてしまえば、従うしかない。
エステファニアは、神に愛されたヒラソル唯一の皇女だ。神の御心に従うよう言われてきたし、そうして生きていた。
そんな高貴な自分が、大した血筋でもないロブレに嫁いで、この身を穢されることになるなんて。
神は、どうしてわたくしをこんな目に。
絶対に口にしてはいけないことを思い、エメラルドの瞳に涙を浮かべた。
そんな娘を、皇帝も痛ましそうに見つめる。
「エステファニア……。神託なのだ。おまえにとっても、良い結果になる」
「…………」
そんなわけない、と言いたくても、言えなかった。
神託に背くような態度をとることも許されないのだ。
「何か……そうだな。おまえが望むことなら、できるだけ叶えよう。何を持っていきたい? 向こうも、帝国と繋がりができるのだ。こちらから持ちかけることとはいえ、頼みを無下にはできまい。なにかあれば伝えておこう」
「わ、わたくし…………」
エステファニアは、迷った。
これから自分が言おうとしていることは、神託に背くのかどうか、判断が難しかったのだ。
けれど……そうだ、これは確認だ。神託の内容の、確認。
「わ、わたくしは……子を、成さないといけないのでしょうか?」
「む……?」
「神託は、どのような内容だったのでしょう。神がわたくしにロブレへ嫁ぐようおっしゃられているのですから、喜んでいきましょう。ですが……わ、わたくしは、できれば……ロブレの王子などとは、交わりたくないのです!」
普通ならば、婚姻を結べば子供を作るだろう。
特にロブレとしては、ヒラソルの血を取り入れたいはずだ。
人の世の常識で考えれば婚姻と子を成すことは共にあるが、神託に従うという観点では、そうではない。
神託は、“そうしなければいけないこと”を教えてくれるだけであり、逆に神託にない部分は、どうしても良いのだ。
つまり、神託で“ロブレに嫁いで子供を成せ”まで言われていれば、絶対にそうしなければいけない。
だが、“ロブレに嫁げ”だけであれば、普通は子供を作るまでを解釈するのだろうが、厳密にはそこまでしなくても良いことになる。
神託に従い大切にしてきたこの身を、名ばかりの王族であるロブレの男なんかに穢されるなど、エステファニアには到底耐えられることではなかった。
「そうか…………。たしかに、子を成すことは言われていないな……。よし。お前の身を穢すことのないよう、条件をつけておこう。なに、ヒラソルと姻戚になれるだけ、向こうにとっては僥倖だろう」
「お父様……!」
エステファニアは笑みを浮かべ、涙を拭いた。
名ばかりの妻ならば、まだ耐えられる。子供は適当な側室とでも作ってもらえば良い。
こうして神託に従い、ヒラソル帝国からロブレ王国へと縁談を申し込むことになった。
これには帝国内の人々も、ロブレ王国も、他の国々も驚いた。
ロブレはこの機を逃すわけにはいかないと条件を飲み、すぐにエステファニアとロブレ王太子の結婚が決まった。
帝国とロブレが繋がれば、世界のパワーバランスはまた変化する。特に、ロブレ周囲の国々からしたら堪ったものではない。
彼らが奔走している間に、二人の結婚の準備は着々と進んでいた。
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