どうして元の世界に帰りたかったんだっけ?

天草つづみ

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異世界の友人(3)

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「ごめん、待たせたね」
「いいえ、大丈夫ですよ」

 セレスタンが席に着きながら言った。
 サクラが慌てて首を振ると、彼は口元を緩める。
 目は見えなくても、彼の優しそうな雰囲気は伝わってくる。

 給仕の人が入って来て、食事を並べられた。
 彼らは所作こそ洗礼されているが、決してセレスタンの顔を見ない。
 サクラが使用人たちの態度を不思議がっていると、以前「それだけ僕の目は忌避されるんだよ」とセレスタンは寂しそうに言っていた。

「じゃあ、食べようか」
「はい。いただきます」

 サクラは手を合わせてから、ナイフとフォークを手に取った。
 始めはセレスタンがサクラの挨拶を興味深そうに見ていたが、今ではもう日常の一部になっている。
 それだけ、サクラがここに馴染んでいるということだった。

「あの……セレスタン様」
「なあに?」

 ちなみに、様づけもしなくていいと言われたが、そこだけは首を縦に振らなかった。

「その……ただでさえ面倒を見ていただいているのに、申し訳ないのですが……もしよろしければ、わたしに文字の先生をつけることはできますか?」
「……どうして? 僕が代わりに読んであげるよ?」
「えっと……毎回はお仕事の邪魔になっちゃうでしょうし……」

 セレスタンは、サクラがいなくなったらまた一人になってしまう。
 そう思うと言いづらかったが、これについては、はっきりさせておくべきだろう。
 サクラはいつまでもここにいるつもりはない。

「元の世界について調べるのも、セレスタン様ばかりに任せていたらご負担でしょうし、自分でも調べられたらなと……」

 食事に顔を向けながら、ちらちらとセレスタンの様子を窺う。
 こういうとき、目を隠されていることで彼の感情の機微が分かり難くて、不安も大きい。

「……ここは、居心地悪い?」

 ぽつりと言ったセレスタンに、サクラは慌てて首を振った。

「い、いえ! ご飯もおいしいですし、セレスタン様優しくしてくださってますし、とっても助かってます! ただ、やっぱりわたしのいるべき場所は向こうっていうか……。やり残したこともありますし、家族もいますし……」
「それって、親御さん? もしかして、結婚してた?」
「親もそうですし……えっと……結婚はまだなんですが、婚約者が……」

 嘘をつく理由もないので、正直に言った。
 それに婚約者がいるとなれば、サクラが帰りたいという気持ちを理解してくれると思ったのだ。

「あー……そっか……うん、そうだよね……」

 セレスタンが力の抜けた様子で言うので、サクラは首を傾げた。
 そんなに、帰って欲しくないのだろうか。
 一人が寂しいのも分かるが、セレスタンも、サクラの事情を分かってくれるはず……。

 そう思っていると、セレスタンが目隠しの布を外したので、びっくりした。
 給仕をしていた使用人たちが慌てた様子で部屋を出て行く。サクラの視界の端には、その様子が映っていた。
 けれど彼女は、そちらに目を向けることはできなかった。
 セレスタンとばっちり目が合って、逸らすことができない。

 セレスタンの瞳は、綺麗な紫色だった。
 瞳孔の周りには細かい不思議な模様があって、キラキラしていて、万華鏡のようだった。
 こんなに綺麗な瞳が忌み嫌われるものだなんて、信じられない。
 あまりの美しさに吸い込まれるようで――サクラの瞳から、光が失われる。

 彼女が彼女自身の意識を保てたのは、それまでだった。
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